ドクターサロン

 山内 黒尾先生はこの領域の第一人者でいらっしゃいますが、このテーマに注目したきっかけや経緯を少しお話し願えますか。
 黒尾 私は基礎医学研究者なのですが、研究している過程で老化が加速したかのような症状を出す突然変異マウスを発見しました。その原因遺伝子を同定したところ、リン代謝に非常に重要な役割を果たす遺伝子であったということがわかったのが、リンとエイジングが結びつくきっかけとなりました。
 山内 どういった遺伝子なのでしょうか。
 黒尾 その原因遺伝子となった遺伝子に、私はクロトー遺伝子という名前をつけたのですが、これはFGF23というリン利尿ホルモンの受容体だということがわかったのです。このFGF23というホルモンは、リンを摂取したときに、それを何らかの機構で感知した骨細胞が分泌するホルモンで、それが腎臓に発現する受容体、クロトー蛋白に結合して尿中リン排泄量を増やす。つまり、リン摂取に応じて尿中リン排泄を増やすことで血中リン濃度を一定に保つ。こういったシステム、内分泌系が存在することが、今から15年ぐらい前に初めて明らかになったのです。
 山内 そのあたりのところと実際の臨床のデータから、少しずつそれを結びつけるような研究報告が出てきたと考えてよいでしょうか。
 黒尾 そうですね。このFGF23というのは実は慢性腎臓病のかなり早期から上昇してくるホルモンとして最近注目されています。FGF23が尿中リン排泄量を増やすメカニズムというのは、尿細管におけるリンの再吸収を抑制することでネフロン当たりのリン排泄量を増やす働きがあります。つまり、慢性腎臓病が少しずつ進んでネフロンの数が減ってきたときに、そのネフロン数の減少を代償するためにネフロン当たりのリン排泄量を増やすホルモンであるFGF23が上昇してくるというメカニズムです。つまり、残存ネフロン数に対してリンの摂取量が少し多すぎる場合に上がってくるホルモンと考えられると思います。
 山内 考えようによってはこれはリンに毒性があるために排泄している機構とも考えられますね。
 黒尾 そうですね。確かにリンが体にたまってしまう、あるいは血中リン濃度が上昇してしまうと全死亡率が上昇するし、心血管イベント、あるいは腎予後の不良といったような病気に結びついてくるので、血中リン濃度を一定に保つのはかなり重要な至上命令になるのです。そのためにFGF23が代償的に上昇し始め、本当に血中リン濃度が上昇してくるのは慢性腎臓病のかなり末期で、いよいよ摂取したリンが排泄しきれないほどネフロン数が減ったときに、初めて高リン血症が出現するのです。高リン血症が出現した段階では時すでに遅しといいますか、治療介入するのは、あるいはリン制限によって腎臓を保護するためには、もう少し早い時期から何らかのかたちのリン制限が臨床上は重要になってくると考えています。
 山内 リンが増加してきたときに起こる、これはエイジングというかたちになるのでしょうか。それとも、動脈硬化の促進ということになるのでしょうか。心臓に対する影響はどんなものなのでしょうか。
 黒尾 血中リン濃度が上がってくると、高リン血症は血管石灰化を主体とする動脈硬化の独立した危険因子として知られています。ただ、血中リン濃度が上がる前の段階、つまりFGF23が上がってきて、血中リン濃度は一応代償的に保たれている段階でも、今度はFGF23の血中レベルが心不全や心肥大の独立した危険因子として同定されます。というわけで、高リン血症も動脈硬化を介して、血管石灰化は粥状硬化と違って老化現象の一環としても起きますので、そういった血管石灰化のメカニズムに高リン血症が非常に重要な役割を果たしている。一方、FGF23というのはむしろ心不全とか心肥大を誘導しているのではないか。そういったことが最近の臨床研究でわかってきています。
 山内 このメカニズムはいかがなのでしょう。
 黒尾 血管石灰化のメカニズムとして私どもが考えているのは、リン酸イオンだけでは石灰化は起きない。つまり、カルシウムとリン酸が結びついて、不溶性のリン酸カルシウムになって石灰化が起きるのですが、実は最近の研究で血中にリン酸カルシウムのコロイド粒子が腎機能が低下してくると出現することもわかってきています。このコロイド粒子のことを、CPP(calciprotein particles)と呼んでいますが、このCPPが実は直接の血管石灰化の原因物質ではないかという考え方が最近出てきています。
 FGF23と心肥大、心不全が関係しているという点に関しては、どうもFGF23自体に心筋細胞に直接作用して肥大をもたらす作用が基礎研究で明らかになっていますので、そういった直接FGF23が心肥大をもたらしている可能性も指摘されています。
 山内 そうしますと、リン酸カルシウムが悪いことをする本体ではないかと考えているのですか。
 黒尾 そのとおりです。実際にまだ研究段階ですが、血中のCPPレベルを測定することが可能になっていて、血中のCPPレベルが血管石灰化とよく相関する。あるいは、CPP自体はあたかも病原体のように炎症反応を引き起こす活性もあるので、そういった非感染性慢性炎症を介して動脈硬化、ひいては老化を加速する原因物質ではないかという可能性も、最近は指摘されています。
 山内 結局、リンはそういったかたちで老化を促進することがありそうだということから、リンの過剰摂取をやめたほうがいいとなるのでしょうね。現状でリンの制限はいかがでしょうか。
 黒尾 現在のリン制限の考え方としては、リン含有量の多い食材をなるべく避けるという食事指導、栄養指導が行われていると思いますが、食品中のリン含有量と蛋白含有量は非常によく相関することが知られています。リン制限をしようと思うと必然的に蛋白制限をせざるをえなくなって、あまりやると栄養状態が悪くなって、かえって予後が悪化することが最近わかってきていますので、私どもは蛋白制限なきリン制限を提唱しているのです。
 具体的には、例えば食品添加物中にかなりリンが含まれていることがわかっています。特に加工食品などに含まれている食品添加物から、知らずに私どもが摂取しているリンの量はリン摂取量全体の半分近くを占めているという見積もりもあるぐらいで、決してばかにならない量です。そこをまずターゲットにリン摂取量を削減するのは理にかなっているだろうと思います。
 もう一つの方法としては、植物性の食品に含まれているリンは、動物性の食品に含まれているリンよりも吸収率が低いことがわかっていますので、蛋白源を動物性のものから植物性のものに、肉よりは大豆といったかたちで蛋白制限を避けつつリンを減らしていくという、新しいリン制限の考え方が重要ではないかと思っています。
 山内 添加物にリンが多い理由ですが、リンはどういった作用で使われているのでしょうか。
 黒尾 リンがよく使われているのはソーセージやハムなど、肉の結着剤といいますか、弾力を持たせるためによく使われています。あるいは、色を褪せさせないために使うとか、リン酸バッファの働きで食品のpHを一定に保つといったかたちで使われていることが多いです。食品ラベルを見ても、必ずしもリン酸が入っていることは書かれていない場合が多いので、なかなか消費者は知るすべがないというのがちょっと困った点ではありますが、少なくともリン酸塩という表示があるものは腎臓が気になる人は控えたほうがいいと思います。
 山内 現時点では、例えばサプリメントなどを含めて、リンの含有量制限はなされていないのでしょうか。
 黒尾 現在の考え方として、リンは栄養素の一つという考え方ですので、摂取制限といった概念は普及していないだろうと思います。実際にサプリメント、骨を強くするためにカルシウムとともにリンを含むサプリもあるようですので、そういったものは特に腎臓が気になる人は取らないほうがいいだろうと思います。
 山内 ありがとうございました。