齊藤 コロナ禍になって、もう2年半。職域でもいろいろな変化がありますが、メンタル面に与えた影響をどう考えたらいいでしょう。
白波瀬 今、職域ではリモートワークに代表されるように、様々な対策が取られていると思います。その一方で、私たちの心はそういう大きな変化に適応するのに時間がかかります。換言すると、新型コロナウイルス感染拡大から2年半が経っていますが、新しい働き方、生活の仕方に慣れるのに、私たちはまだまだ苦労していると思います。このことをまず認識いただくことが重要だと思います。
齊藤 大きなストレスの中でそれに対する対応をしているということですね。
白波瀬 まだまだ、その最中なのではないかと思います。
齊藤 そういった中で、在宅勤務が増えたということが目立ちますが、この辺の功罪はいかがでしょうか。
白波瀬 先生におっしゃっていただいたとおりで、功罪、よかった面と悪かった面の両方があると思います。よかった点は、通勤がなくなり、混雑した電車に乗るといったストレスがなくなりましたし、何より通勤時間がなくなりました。また、自分のペースで仕事ができて助かるとおっしゃる方もいます。育児と仕事の両立が以前よりもずっとしやすくなったという声もあります。他方、悪い点といえば、生活リズムにメリハリがなくなったということがあります。仕事とプライベートの切り替えができず、ダラダラ仕事をしてしまうとか、生活リズム自体が乱れてしまうという影響もあるようです。
それにも増してよく聞くのが、コミュニケーションの機会が極端に減ったことです。オフィシャルなコミュニケーションは保たれているのですが、非公式といいますか、雑談のようなコミュニケーションが極端に減っています。その結果、雑談の中でやりとりされる情報の重要性が再認識されて、それがなくなったことのしんどさを実感している方がとても多いようです。
齊藤 メンタル患者さんでリモートワークができてとてもよかったという人もいるのでしょうか。
白波瀬 少し話がずれますが、リモートワークになってメンタルヘルス不調になる方々のタイプが変わってきた印象を持っています。これまでは、対人関係にストレスを感じてメンタルヘルス不調になられる方が多かったのですが、そういう方々はリモートワークによって対人関係が減ってとても元気に仕事をしています。逆に、これまで人とコミュニケーションを積極的にとりながら仕事をしてこられた社員の場合は、リモートワークになってコミュニケーションが減ったことで、孤独感を覚えたりして体調を崩されることがあります。
齊藤 コロナにかかる、あるいは家族がかかった場合に、周りの人が怖がってしまうスティグマはどうでしょうか。
白波瀬 スティグマの問題はとても深刻だと思います。ただ、この点について一つ考えることがあります。今年になって第6波、オミクロン株の感染が広がったことで、「コロナは誰もがかかる病気」という認識が広がった側面があると思います。それによって、感染するのは感染対策を怠ったためとか、その人がだらしないからではないという認識が生まれたと考えます。私の印象だけですが、スティグマは少し緩和された側面もあるのではないかと考えます。
齊藤 もう一つ、ワクチンが嫌な人、ワクチン・ヘジタンシー、あるいはリフューザルといわれる人たちがいると思いますが、この辺についての考え方はいかがでしょう。
白波瀬 私自身は医療機関に勤務しています。そこは、コロナに感染する方が増えると途端に影響を受ける場所です。その影響の大きさをみて、できるだけコロナに感染してもらいたくないという気持ちになります。そういう人間の意見ですが、ワクチンの副反応は注意すべき問題だと考えますが、ただ効果は確認されています。その効果を活用いただきたいというのが正直な思いです。ただ、それは私の意見であって、否定的な考えを持たれる方もいらっしゃると思います。私自身は、その否定的な考えには賛同できません。その一方で、否定的な考えを持つことは一人ひとりの自由だと考えます。だから、そういう考えを持っていることでその人を攻撃することがあってはならないと考えます。否定的な考えを持っていることを認めた上で、できるだけ会話を行い、わかり合える部分を少しでも増やすことが重要だと考えます。
齊藤 何か見えないもの、何か怖いものに遭遇した場合に、それに対して強く反応しがちな人と、比較的軽く反応する人があるということでしょうか。
白波瀬 おっしゃるとおりです。ワクチンを否定的に考えたり、コロナをすごく怖がったり、あるいは差別をしたりすることは、実は特別なことではありません。私たちの心、もっといえば脳は、何かわからないものに出会うと、それを疑うようにできているところがあります。コロナが広がるまでは、電車の中で咳をしている人がいても全然気にならなかったのが、今では咳をしている人がいると私たちは「あの人はコロナじゃないか」と疑う気持ちや、あるいはマスクをしていない人がいると「信じられない」と批判する気持ちになったりします。極端な陰謀論を主張する人がいますが、それも今お話しした疑う気持ちや批判する気持ちの延長線上にあります。
齊藤 我々には、強弱はあるものの、そういった部分が皆あるということで、ワクチン問題についても、いろいろな成績あるいは副作用のことなどを繰り返し話し合っていくことが必要ということでしょうか。
白波瀬 話し合うことがとても大事だと思います。そのときに心がけていただきたいのが、何が正しいか、何が間違っているかは、今は誰もわからないということです。わからない中で、みんなで知恵を絞って、協力していくという前提を持って話し合うことがとても大切だと考えます。
齊藤 コロナ時代でメンタル不調に対しての予防策はどうでしょうか。
白波瀬 皆さんに知っていただきたいのは、異常な事態に対する正常な反応という言葉です。コロナに関連して、気分が沈んだりとても不安になったり、あるいは眠れなくなったり、いろいろ不調になる方がいます。でも、これは病気とか、その方の心が弱いからということではありません。異常なのは環境のほうです。その環境の中で、不調になるのはある意味正常な反応です。でも、正常な反応でも放っておくと、本当に具合が悪くなったりすることがあります。ですので、不調であることを積極的に周囲の人に伝えて、支援や治療を求めていただくことが大切だと考えます。
齊藤 そういった場合に、企業の中では産業医などに相談してみるということでしょうか。
白波瀬 以前対面で仕事をしていた頃なら、上司の方が部下の様子を見ていて、ちょっと心配だなと思うと声をかけていました。でも、リモートワークになって、部下の様子がつかみづらくなってきました。なので、産業医や会社が、社員の方々に「異常な事態に対する正常な反応」ということを伝えて、次のメッセージを発信していただくことがすごく大事だと思います。
1つめは、今具合が悪くなるのはおかしいことではないこと。2つめはリモートワークで周囲は気づきにくくなっていること。3つめは、だから軽い不調のうちに積極的に産業保健スタッフや産業医に申し出てほしいというメッセージです。
齊藤 こういった時代も、生活のリズムを保つことが重要でしょうか。
白波瀬 リモートワークでは、生活のメリハリがつけにくくなるという話をしました。それに加えて、いつもなら普通にできることができなくなっている側面があります。そういうときは生活リズムを崩しやすくなります。ぜひ睡眠や食事を決まった時間に取るということを意識して、規則正しい生活を心がけていただきたいと思います。
齊藤 どうもありがとうございました。
職域精神保健の課題(Ⅲ)
コロナ時代のメンタルヘルス1(予防)
東京都済生会中央病院健康デザインセンター長
白波瀬 丈一郎 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)