大西 佐渡先生が研究されているマインドフルネスについて教えていただきたいと思います。
まず初めに、マインドフルネスの意味から教えていただけますか。
佐渡 マインドフルネスには、様々な定義がありますが、一般的には注意のある特定の状態のことを指すと考えていただいていいと思います。具体的には、「今この瞬間に意図的に価値判断することなく注意を向けること」です。今この瞬間に注意を向けて、その状況をしっかりと認識して、まず受け入れる、こういう状況のことをいうと思います。
大西 この概念はいつ頃から広く行き渡るようになってきたのでしょうか。
佐渡 もともとは仏教の八正道という、お坊さんが修行する中で大事にされている8つの項目の中の一つですが、これを最初に医療の領域に取り入れてプログラム化して使うようになったのはジョン・カバット・ジンという人で、1970年代ぐらいのことだろうといわれています。
大西 実際のやり方、瞑想の方法を教えていただけますか。
佐渡 マインドフルネスの概念を取り入れたプログラムの中では幾つかの瞑想があります。呼吸に注意を集める瞑想、体の各部分、足やおなかや背中、肩、そういった各パーツに順番に注意を向けていく、ボティスキャンと呼ばれる瞑想、自分の考えや感情を観察する瞑想、自分や他者に優しさを向けていくコンパッションの瞑想が一般的なものかと思います。
大西 先生も毎日実践されているのでしょうか。
佐渡 私は朝起きたときや、電車の移動中につり革につかまりながら静かに目を閉じて呼吸に注意を向けたり、寝る前にやったりすることが多いです。
大西 よけいなことを考えないで、今の状況を見つめて、呼吸をしっかりゆっくり整えるということでしょうか。
佐渡 おっしゃるとおりです。一つはそういうかたちで呼吸に注意を向けて、呼吸から少し派生して、必ずしも何も考えないというわけではなくて、自分が今考えていることを少し客観的に見る、こういうこともマインドフルネスの瞑想の中に含まれます。
大西 呼吸の仕方にも何かコツはあるのでしょうか。
佐渡 これも瞑想の仕方、いろいろな瞑想の種類がありますが、マインドフルネスのプログラムで一般的にされる呼吸に関しては、特別に深くするような呼吸ではなくて、ごく自然にしている呼吸をそのまま観察する、そういったやり方でされることが多いと思います。
大西 呼吸に意識を向けるような感じでしょうか。
佐渡 そうですね。呼吸を自然にさせておいて、その様子をただ観察者のように観察する感じですね。
大西 住職の方などもやっているような話を聞くのですが、そういうところでも取り入れられているのでしょうか。
佐渡 もちろん、もともとこれは仏教のお坊さんが修行していく中でずっとされてきたものですから、当然僧侶などで実践されている方は多いと思います。
大西 海外でも広まってきているのでしょうか。
佐渡 マインドフルネスのブームはむしろ海外から起きて日本に逆輸入されました。
大西 マインドフルネスの効果は具体的にはどういったことが期待されるのでしょうか。
佐渡 マインドフルネス・ストレス低減法やマインドフルネス認知療法といわれているようなプログラムは主に医療の領域で使われていますが、1回2時間、毎週1回、合計8回実施することで、慢性疼痛や、うつ病の再発予防、不安症の方の不安の症状の軽減に効果が認められています。
大西 職場でもうつ傾向になったり、適応障害等で仕事ができづらい方も増えているように思うのですが、このマインドフルネスを職域の精神保健にどのように取り入れていったらよいでしょうか。
佐渡 大きく2つあると考えています。一つは実際にうつ病などで休職して復帰してこられた方は戻られた後、再発しないように元気にやっていただくことが大事ですが、このマインドフルネスのプログラムはうつ病の再発予防に効果があるとされているので、そういった方などに実施をしていただく方法があるかもしれません。
もう一つは、そういった病気などのない、いわゆる一般の方たちに対する活用です。マインドフルネスのプログラムでストレスが減る、well beingが高まるといったデータがあるので、健康な方により健康になっていただく、そういうかたちでの使い方もあると思います。
大西 実際に職域、企業等でそういうものを職場で取り入れているような事例はあるのでしょうか。
佐渡 企業の方々に研修を実施したケースも幾つかあります。また今研究段階ではありますが、少し短めにしたプログラムを企業の方々にご協力いただいて、その効果を検証することも実施しているので、そういった事例は私たちのところ以外にもあるかと思います。
大西 先ほどお話が出ました職場復帰ですが、対応が難しい場合があります。先生はどのようにしたらスムーズにいくとお考えでしょうか。
佐渡 うつ病などから復帰をされる方は、うつの症状がよくなっただけでは必ずしも十分ではなく、働くということになると、働けるための準備が整っている、例えば、生活リズムが安定しているとか、仕事の負荷にある程度耐えられる体調に戻っている、こういうことが必要だろうと思います。ですので生活リズムを確認したり、簡単な課題などがコンスタントにできるかなどの確認も必要だろうと思います。それらを踏まえて復帰の判断をしていくのが大事かもしれません。
大西 女性が職場で活躍されていますが、そういう方々は家に帰ってもいろいろ仕事があり、苦労されている方が多いように思います。そういう方へのアドバイスなどはありますか。
佐渡 必ずしも女性だけが家事をやるということではなく、今後、男性も含めて均等にやっていくようなかたちは必要だろうと思います。そのうえで、いろいろな仕事に巻き込まれて疲れ切った状態で、家事をやらないといけない状況はあると思います。そんなときに、ちょっと一息ついて、その状況の中で自分にできることは何だろうか、業務の整理や、家事の分担など、1回立ち止まって整理し直してまたやっていくようなスタンスは必要かもしれません。
大西 先生のお話をうかがいますと、マインドフルネスを毎日少しずつでも取り入れていったらいいのかなと思ったのですが、短時間でも毎日続けることで効果はあるのでしょうか。
佐渡 瞑想の時間をどれぐらいやればいいのかは、エビデンスという意味ではまだ明確にわかっていないところがあり、今いろいろなところで調べられています。しかし臨床的な感覚から言うと、たとえ短くてもそれを忘れないようにやるのがとても大事です。私は患者さんに、「忙しいときは一呼吸だけマインドフルに呼吸してください。1回、一呼吸だけで大丈夫です」。そんなことをお伝えしたりしています。
大西 そういう場合は目はつむったほうがよいのでしょうか。
佐渡 どちらでも結構ですが、一般的にはつむって情報を遮断したほうが集中しやすくてやりやすいと思います。
大西 目の前のことに集中するというのは、人によっていろいろあるかと思いますが、一つのことに意識を向けるという対象はどんなことでもよいのでしょうか。
佐渡 必ずしも限定されているわけではありません。ただ、あることに集中し過ぎて没入してしまうのとはちょっと異なります。むしろ広いところに注意をとどめて気づくというような感じです。ですのでゲームに熱中し過ぎて没入してしまうようなこととは、分けて考える必要があるかと思います。
大西 どうもありがとうございました。
職域精神保健の課題(Ⅲ)
マインドフルネス:セルフケアとして、創造性の源として
慶應義塾大学保健管理センター教授
佐渡 充洋 先生
(聞き手大西 真先生)