ドクターサロン

 齊藤 職場復帰支援についてうかがいます。先生は無人地帯という表現をされていますが、それは後ほどうかがいます。疾患で休んでいる方がそろそろ職場に戻るというときに、産業医が面談する機会もありますが、その場合のポイントはなんですか。
 白波瀬 ポイントとしては、職場復帰準備性と再発予防の2つです。職場復帰準備性は、職場に戻る準備が整っているかどうかですが、これは、病気の回復具合、生活リズム、そして活動性と作業能力という3つの側面から、本人が仕事に戻る準備が整っているかどうかを評価します。
 齊藤 もう一つが再発予防策ですね。
 白波瀬 はい。
 齊藤 まず最初の、復帰できるかどうかということで、病気の状態は主治医に基本的にはお任せだと思うのですが、メンタル疾患ですと、SSRI、睡眠薬、あるいは抗不安薬といった多くの薬をのんでいる方と、薬がだいぶ少なくなっている方がいますが、その辺は精神科の産業医はどのように評価しますか。
 白波瀬 少し意外に思われるかもしれませんが、病気や薬の詳しい種類にはあまり踏み込みません。言葉が適切ではないかもしれませんが、ある種「素人目線」で、「この人、働けそうだな」という病気の状態なのか、「いやいや、まだ病気の具合が悪そうだ」なのか、そういう大づかみな印象を大切にします。
 齊藤 基本的には主治医の判断を尊重していくのですね。
 白波瀬 はい。
 齊藤 生活リズムについては生活記録をしてもらって、見ていくのでしょうか。
 白波瀬 おっしゃるとおりです。生活活動記録表をつけていただいて、それを一緒に確認するという作業を行います。
 齊藤 活動性とか作業能力の評価について、具体的にはどのようにしますか。
 白波瀬 これは産業医にもぜひ活用していただきたい方法で、我々は「新聞課題」と呼んでいます。新聞といっても、ネットの記事でもいいのですが、400字程度の記事をまず見つけて、それを手書きで写すという作業をしていただきます。次に、その記事についての感想を800字程度に書いていただきます。感想ということが大事で、まとめ・要約にならないようにと強調します。この一連の作業を1時間で行うのを目標にして、1日2セット行っていただきます。
 この課題には幾つかの狙いがあります。一つは、記事を選ぶということです。この選ぶというのが実はけっこうハードルが高いのです。迷ってなかなか決められないことがしばしばあります。その意味で、判断力を見ることができると思います。次に手書きということです。これは集中力を見ることができると思います。注意力が途切れると誤字や書き損じに表れます。そして、最後が感想です。その記事の内容をご自身なりにそしゃくして、自分の意見としてまとめあげる、そういう作業能力が整っているかどうかを確認します。
 ただし、「新聞課題」はいわゆるデスクワークをしている方々向けの課題です。いわゆる製造業などに携わっている方々には、また違う課題を行っていただく必要があると思います。私が関わっている企業が、デスクワーク系の業務が中心であるため、この課題を行っています。
 齊藤 手書きということがポイントですか。
 白波瀬 おっしゃるとおりです。いつもはパソコンを使っている方に、あえて慣れない手書きをお願いしています。そうすることで、集中力に加えて、ある種の負荷にどのくらい対応できるかを見ています。
 齊藤 例えば政治問題、経済、あるいはスポーツとか、いろいろ移り変わってもらうのでしょうか。それとも、同じようなポイントでずっと行ってもらうのでしょうか。
 白波瀬 私たちは、ご自身で好きな記事を選んでいただいてよいですよと伝えています。そうすることで、作業能力だけでなく、人となりといいますか、どんなことに興味がある方なのかがわかります。それ自体は、復帰判断にはあまり関係しませんが、信頼関係を作るという意味では大切だと考えます。「あなたは、こういうことが好きで興味があるのですね」というやり取りをすることで、社員の方も安心したり、信頼してくださったりという効果があると思います。
 齊藤 再発予防についてはどういうことがポイントになりますか。
 白波瀬 これはあまり難しく考えていただかないのがよいと思います。本人が考える再発予防が、ご自身の課題と環境の課題とがどのくらいバランスが取れているか。自分だけが悪かったと一方的に責任を負うのでもなく、とにかく全部会社が悪いと責めるのでもなく、バランスが取れているかを見ます。また、職場の方に話を聞ける場合は、本人が調子を崩した理由、課題は何だと思いますかということを尋ねます。本人の考えと、職場の方の考えがどのくらい一致しているかも、とても重要だと思います。
 齊藤 本人が自分のことを客観的に見ていけるかがポイントなのでしょうか。
 白波瀬 おっしゃるとおりです。
 齊藤 復職できたとして、その後のフォローはどうなりますか。
 白波瀬 職場復帰は、ある意味仕事に戻ってからが本番だと思います。その方が、本来果たしてほしいと期待されている役割を再び担えるようになるのを目標に、段階的に業務負荷を上げていきます。このプロセスをだいたい6カ月をめどに進めていきます。
 齊藤 本人との面談で、どのぐらいできているかということと、もう一つは職場の方ともコミュニケーションすることになりますか。
 白波瀬 おっしゃるとおりです。職場の方から見えている状態と、本人が認識している状態に違いがないかを確認します。表現を変えると、この2つが一致するように、私たちは本人の支援を行っていきます。本人は「やれている」と思っていても、職場の方は「どうも仕事がはかどらない様子だ」と感じていることがある。そういうときは、「あなたはできていると感じているようですが、職場からみるともう少し頑張る必要があるらしい。どうでしょう、もう少し頑張れそうですか。それとも、ちょっと荷が重いですか」といった具合に、すり合わせを行います。本人が頑張るとおっしゃる場合は、期限を決めて、例えば「じゃあ、あと1カ月経過をみて、その結果でまた相談しましょう」という対応をします。
 齊藤 その中で、本人の調子がいま一つ上がらないというときに、なかなか1カ月では戻らないという場合、もう1回仕切り直しという判断にもなりますか。
 白波瀬 そういう場合は、やはり本人に率直にお話ししなくてはいけないと思います。「あなたはしっかり仕事ができているとおっしゃるけれども、周りからみると必ずしも本調子にはみえないようです。このまま働きながら立て直しを図るか、あるいは一度休んで仕切り直しをするか、その辺りを相談しましょう」という提案をします。
 齊藤 最後に、タイトルで無人地帯と表現されていますが、どういうことでしょうか。
 白波瀬 職場復帰支援は、主治医だけでも、産業医だけでも、職場の方々だけでも、そして人事の方々だけでもうまくはいきません。みんなが協力していく必要があります。ところが、主治医の中には企業と関わることに警戒心を持っておられる医師もいます。また、職場の方にしても人事の方にしても、下手に関わって本人が調子を崩してしまったりしたら責任を問われるのではという不安があったりして、なかなか協力が得られなかったりします。用心して尻込みしてしまう、その状況を表す意味で「無人地帯」という言葉を使っています。
 齊藤 知恵を絞ってやっていく。その中で産業医がコーディネートするということになるのでしょうか。
 白波瀬 おっしゃるとおりです。産業医にはぜひその役割を担っていただきたいと思います。
 齊藤 ありがとうございました