齊藤 職域における認知機能障害についてうかがいます。
今、60歳で定年になっても、その後5年間、定年後再雇用で働ける時代になっていますし、これから70歳までいくという話もあって、こういう疾病を持つ職員も増えてくると思います。これまでのところ働いている人で認知症の可能性のある人は、どういった症状で外来にいらっしゃることが多いのでしょうか。
伊東 産業保健的に依頼をいただくのはやはり仕事上のミス、トラブルが増えてきて、会社から専門のもの忘れ外来を受診してくださいと勧められて受診されるケースが多いと思います。
齊藤 会社、あるいは上司や同僚が「ちょっと変じゃないですか」と気づく一方で、ご家族は気づきにくいのですか。
伊東 高齢者の認知症では、ご家族が認知症外来に一緒にいらっしゃって受診することが多いのですが、初期の軽度認知機能障害、初期の記憶障害等では、家庭内ではあまりトラブルにならず仕事場でトラブルになります。特に専門職やもともと重要なポジションについている方は軽度の記憶障害、認知機能の低下でも大きなトラブルになるので、早期に発見され、受診される方が多いと思います。
齊藤 本人は自覚していないことが多いですか。
伊東 認知症は病識がないケースもあるので、本人はあまり自覚はないのですが、仕事上のトラブルが多くあるので、本人は不安になっている、もしくは困っているケースがあります。
齊藤 65歳以下ですと、認知症の中でどういったものが多いのでしょうか。
伊東 疾患別ですと、一番多いのはアルツハイマー病で半分以上になります。次が脳血管性認知症、いわゆる脳卒中が原因になる認知症。そして、これは若年性の特徴なのですが、前頭側頭葉型認知症というものが3番目に多いといわれています。
齊藤 外来ではどういった診断過程になりますか。
伊東 まず本人から症状を聞き、あとは家族から症状を聞く場合があります。場合によっては産業医から手紙をいただいて、仕事上のトラブルを診療情報として提供いただき、それを参考にして問診を行います。その後、検査としては神経心理テストを行います。記憶・遂行機能、注意力、あとは言語を言葉の流暢性等の心理テストで検査し、また脳の構造のMRI、それから脳血流シンチグラフィというものを行って最終的な診断を行います。
齊藤 産業医も上司あるいは同僚から会社でのパフォーマンスをよく聞き出して、うまくまとめて情報提供するということですね。
伊東 そうです。非常に重要です。特にアルツハイマー病の特徴は、トラブルがあっても、言い訳をするみたいに本人が取りつくろうことがあるので、正確にパフォーマンスの低下を評価できないことが多々あります。会社の方、特に産業医からの情報は非常に重要です。
齊藤 画像診断でアミロイドPETというのを聞きますけれども、これはどういうものなのでしょうか。
伊東 認知症で一番多いのはアルツハイマー病なのですが、アルツハイマー病の原因は脳の中にアミロイドという蛋白質のごみが蓄積するのが最初の病気の出発点といわれています。そのアミロイドを画像化するのがアミロイドPETです。通常のMRIや脳血流シンチグラフィではアミロイドを検出することはできません。ですので、アミロイドPETが特にアルツハイマー病の研究、または治験では必須の検査になっています。
齊藤 まだ保険適用ではないのですね。
伊東 保険適用ではないです。
齊藤 髄液中のアミロイドを測ることもあるのですか。
伊東 そうです。腰椎穿刺をして髄液を取り、その中での毒性の高いアミロイドの比率を計算で出す方法があります。
齊藤 少し侵襲性があるので、血液中の測定が期待されますね。
伊東 今までは技術的なことから精度が低かったのですが、ここ数年で飛躍的に技術と正確性が上がってきました。アミロイドPETより安価で侵襲性も少ないことから非常に期待されている検査です。
齊藤 幾つかの企業で測定できるのですか。
伊東 はい。ただ、現在はもちろん研究レベルです。
齊藤 タウ蛋白も測定できますか。
伊東 アルツハイマー病では特異的に血液の中もリン酸化されているタウ蛋白が上昇することがわかっていますし、最近はタウ蛋白のPET検査もできるようになっています。
齊藤 初期のアルツハイマー病といったり、MCIということもいいますね。その辺の区別はどうなりますか。
伊東 MCIと認知症の定義上の区別ですが、MCIは記憶障害等の認知機能の低下があるものの、日常生活、社会生活にトラブルが生じていない状態を軽度認知機能障害といいます。認知症の場合は、認知機能の低下に伴い、今までできていた日常生活、社会生活にトラブルが出てきたということになります。したがって、同じ認知機能低下の度合いでも、本人の現在の社会活動、日常生活によって診断が異なるのです。仕事をされている方、特に専門職、または非常に重要な仕事をされている方は、軽度の記憶障害、認知機能の低下でも重大なトラブルを引き起こしますので、早期から認知症という診断が下ることが多々あります。
齊藤 かなり疑わしい場合、仕事の継続等については専門医からどういったアドバイスをすることが多いですか。
伊東 まず本人と面談した場合は、病識がない場合もあります。また、認知症でもプライドは保たれますので、強く認知機能が落ちている、そういう否定的なことを言うと、かなり本人の機嫌を損ねてコミュニケーションがうまくできなくなるので、配慮は必要だと思います。ただ、アルツハイマー病、または前頭側頭葉型認知症、神経変性疾患というのは残念ながら根本治療はなく、確実に進行していきます。ですから、いずれ就労が困難になりますが、産業医、産業保健の立場としては、残された機能でできるだけ合う職場を考えて就業期間を延長するのに配慮することが一つ重要かと思っています。
齊藤 そういう場合、仕事をするうえで職場の上司あるいは同僚の理解が必要ですね。
伊東 それなしには厳しいと思います。
齊藤 そうなりますと、本人のプライバシーとバランスを取っていくのでしょうか。
伊東 そうですね。
齊藤 患者さんのプライドは保たれるというと、嫌なことはすごく敏感に感じて、しっかり覚えているようなことも言われます。告知がすごく難しいですね。
伊東 認知症の告知は、がんの告知に匹敵するぐらい非常にデリケートな問題だと思います。ただし、例えば仕事で車の運転、または非常に高度な専門職であり、軽微なミスが重大な事故につながるような場合は、認知症の専門医からきちんと告知する。厳しく告知しなくてはいけないケースは多々あります。
齊藤 最近の話題で、アデュカヌマブがアメリカで承認されましたが、これはどういうものなのでしょうか。
伊東 先ほど申し上げたアルツハイマー病の原因は、アミロイドという蛋白質のごみが脳の中にたまるのが最初の病理変化と考えられています。それを生物学的製剤である抗体で除去するのがアデュカヌマブという薬です。ただし、アメリカで迅速承認されましたが、効果が小さいことと、やはり副作用が強い、非常に高価ということで、物議を醸している薬であり、日本では現在は承認されず、継続審議となっています。
齊藤 初期の段階でそれを使って発症を遅らせるということでしょうか。
伊東 そうです。適応はアルツハイマー病病理のある軽度認知機能障害と初期のアルツハイマー病になっています。
齊藤 そうなると、将来は血中濃度測定を職場健診で行って、発症を抑えていくような話になるのでしょうか。
伊東 今の私どもの興味、もしくは研究の中心は、アミロイドの治療は早ければ早いほど効果があるだろうと考えられています。軽度認知機能障害の方、またはアミロイドは脳の中にたまっているが認知機能は正常の方、これを前臨床期アルツハイマー病といいますが、全く症状のない、いわゆる働き盛りの方でもこういったことを早期に見つけ出して、早い段階から抗アミロイド療法を行うことにより、アルツハイマー病に進展するのを抑えたり遅らせたり、もしくは予防できるのではないかと考えています。現在、研究の中心は前臨床期アルツハイマー病に傾きつつあるといわれています。
齊藤 ありがとうございました。
職域精神保健の課題(Ⅲ)
認知症(若年性、および定年延長、高齢者雇用時代を迎えて)
慶應義塾大学生理学/メモリーセンター特任教授
伊東 大介 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)