ドクターサロン

 池田 キーンという短時間の耳鳴りはよく経験しますが、先生方のところに耳鳴りで来られる方は、耳鳴りだけなのでしょうか。そのほか何か苦痛を感じていて来るのでしょうか。
 神﨑 重症の患者さんは、耳鳴りがあって、さらに耳鳴りによって精神的な症状、例えばうつや不安、あるいは睡眠障害といったものが出ている方が多く、そういう方は重症化しやすいといわれており、そういう方を中心に拝見しています。
 池田 短い時間ちょっと鳴るのではなくて、ずっと一日中鳴っていて、それによって睡眠が妨げられたり、気分がおっくうになってしまったりとか、そういう方なのですね。
 神﨑 はい。短時間の耳鳴り、数秒とか数分の耳鳴りはほとんどの方が経験されているもので、私もそういう経験がありますが、そういった耳鳴りは臨床的には問題にならないと思います。実際には先生が今おっしゃられた長時間耳鳴りがあって、寝る前にもかなり大きく耳鳴りを感じて眠れなくなってしまい、様々な障害が出てしまう方が、耳鳴りの症状として対応すべき患者さんです。
 池田 耳鳴りは自覚的なものですから、診断の際にどのように診断していくのか。例えば、どんな音が鳴っていて、どのくらいの大きさでとか、そういったものを調べることはできるのでしょうか。
 神﨑 そういった検査は可能です。患者さんの耳に耳鳴りに近い音を提示し、この音でこの大きさだというような検査があります。具体的にはピッチマッチ検査とラウドネス検査という名前がついています。ピッチマッチ検査というのは耳鳴りの周波数、音の高さが患者さんの耳鳴りと類似のものを提示して、「この音に近いです」とおっしゃられたところをその高さの音だと判定します。「これぐらいの大きさの耳鳴りですね」ということを示してあげて、患者さん側と実体の見えない耳鳴りを、音の大きさがこれで、周波数はこれでというように具現化して、患者さんの耳の中でこういう音が鳴っているということを示すだけでも安心される方もいます。
 池田 イメージとしては、よく聴力検査でやるヘッドホンをつけてやるようなものなのでしょうか。
 神﨑 いわゆる聴力検査で使うヘッドホンを使って行います。検査の機器としてはハイスペックな機器になりますが、耳鳴り検査用のモードが備わっている検査機器があり、それを使って行っています。
 池田 耳鳴りの原因には、どのような状態が推定されているのでしょうか。
 神﨑 基本的にはまず難聴があって、そのうえで耳鳴りが起こるということが考えられています。動物実験で内耳、いわゆる音を電気に変える機構のセンサーに障害が起こると、あるいは聴神経を切断すると、それより中枢側の脳幹や脳、聴覚野などの神経が興奮するといわれています。また同時に、聴覚野を含め脳の中で難聴が起きた後、脳のネットワークがいろいろ変わるといわれています。そういったことが耳鳴りの発症に関係していると考えられています。
 池田 内耳からのシグナルが来なくなってくると脳のほうが興奮してしまうのですね。
 神﨑 はい。そういう現象が報告されていて、その結果、耳鳴りが起こるのだろうと考えられています。
 池田 難聴の方が多いということは、やはり高齢者に多いということでしょうか。
 神﨑 はい。加齢性難聴、老人性難聴ともいいますが、耳は40代初めから加齢が始まり、結果的に老人性難聴に耳鳴りが伴いやすくなります。
 池田 年齢的なことですね。
 神﨑 そうです。
 池田 質問の治療の変遷と最新の知見ということですが、従来どのような治療をされていたのでしょうか。
 神﨑 かつてはマスカー療法という数時間、耳鳴りよりも大きい音を聞かせると、その後、数時間、耳鳴りが消えるという現象を使って、数時間の耳鳴りの消失のために少し大きい音を聞いていただくという治療がもっぱらでした。しかし、現在ではむしろ逆の発想で、耳鳴りよりも小さい音を聞くほうがいいのではないかと治療の内容が変遷してきました。
 この耳鳴りよりも小さい音を聞くのは、耳鳴りよりも小さい音に注意を向けていただく()ことで、言い換えれば耳鳴りの音には注意を払わず、聞かないようにしていただくのです。耳鳴りの音を聞かないように、耳鳴りを気にしないようにとアドバイスしますと、逆に耳鳴りの音を聞きにいってしまうことになりがちなので、むしろ逆に耳鳴り以外の音を聞いていただいて、耳鳴りの音を結果的に聞かないようにする、といった環境を作ることが治療としては効果的ではないかということがわかってきました。耳鳴りよりも小さい音を聞いて耳鳴りに慣れていただくという方法を音響療法と呼んでいます。
 池田 音響療法、耳鳴りより小さな音というのは、具体的には例えばピーッという高い音の人たちだったら少し低いピーッという音、そういう単純な音なのでしょうか。あるいは、普通の音楽でもいいのでしょうか。
 神﨑 どのような音でもいいとはいわれていますが、わりとストレスを抱えている患者さんが耳鳴りになる場合が多いので、リラックスするような音楽、クラシックや、あるいは軽いジャズのようなもの、あるいは自然の音というのでしょうか、川の流れの音や、森の中にいるような音、あるいは鳥のさえずりのような音を中心に聞いていただくようお勧めしています。
 池田 その方がリラックスできるような音ということでよいですね。
 神﨑 はい。なるべくそういった音を聞いていただいて、歌など人の声が入らないほうがいいという報告もあるので、なるべく音だけという感じに、と患者さんにはお伝えしています。
 池田 先ほど難聴の方がなりやすいということだったのですが、難聴の方は補聴器だけでもよいのでしょうか。
 神﨑 はい。難聴の方は、ある程度難聴が進んでしまうと、そういったCDの音楽や自然の音などは聞こえないことがありますので、そういう方の場合はまず補聴器をつけていただいて、外から音を入れてあげる。耳鳴り以外の音をもっと入れてあげることがまず行われ、そのうえでリラックスする必要がある、あるいは音を聞いていただいたほうがより効果的ではないかという場合には、今申し上げたような音を聞いていただいています。
 池田 例えば、仕事柄、なかなかそういう音をずっと流しながら仕事ができない方がいますよね。そういう方は何か特別な器械とかあるのでしょうか。
 神﨑 これも耳鳴り治療器といいまして、見た目は補聴器になってしまいますが、軽度難聴というか、あるいはほとんど難聴がない方でも、先ほど申し上げた自然の音とか、そういった音の代わりにメロディーのようなものを流したり、ちょっとノイズに近い音ですが、ザーッというような音を耳鳴りよりも小さい音に設定して耳に装着して聞いていただく方法もあります。その結果、外から見ると医療機器を使っているため、どんな音を聞いているとか、あまり外に音が漏れないことから使われている方も数多くいます。
 池田 仕事中にイヤホンとかヘッドホンをしていたら、「人の話、聞いてるのか」と言われてしまいますね。
 神﨑 そのとおりです。
 池田 この音響療法の期間はどのくらいなのでしょうか。
 神﨑 音響療法の期間は機器であればだいたい2年間をめどに使用していただきますし、自然の音を聞いていただく場合には1日、日中の時間のほとんどは聞いていただくようにお願いして、だいたい2年間お願いしています。
 池田 効果はどのくらいなのでしょうか。
 神﨑 完全に耳鳴りが消えるという方は残念ながら少ないのですが、治療開始前よりも耳鳴りが軽くなった、あるいは気にならなくなった、あるいは耳鳴りによる日常生活への悪影響、そういったものが減ったということを目安に評価して、だいたい80%ぐらいの方に効果があるといわれています。
 池田 いいですね、8割というのは。普通の薬物療法でも8割というのは得られない数字だと思うのですが、逆に薬物療法というのはないのでしょうか。
 神﨑 薬物療法で科学的なエビデンスがあるものは残念ながら今のところなくて、ほとんどの薬物がプラセボと同程度の効果しかないといわれています。
 池田 よくビタミンB12とか、血行をよくするトコフェロールとかを使う方もいるのですが、こういう方たちに対してはどのように説明されているのでしょうか。
 神﨑 本当にビタミンB12不足の方はビタミンB12の補充によって耳鳴りが軽減するという論文報告がありますが、ビタミンB12不足、欠乏の方がどこまでいるのか、なかなか把握できておりませんが、そんなにはいらっしゃらないのではないかと思います。ビタミンB12だけで耳鳴りが治るというか、軽減するのはなかなか難しいのではないかと思います。もちろん、プラセボ効果として内服して治る方もいるので、完全に無駄とは申しませんが、エビデンスとしては効果があるとはなっていません。
 池田 中には試してみたいという方がいると思うのですが、その方は1カ月やってみて変わらなければ、もう難しいということなのでしょうか。
 神﨑 そうですね。長い間使って効果がない場合は次の治療に切り替えていかないと、耳鳴りを放っておくことで先ほど申し上げたメンタルヘルス的な悪影響が出る方もいます。したがいまして、1カ月ぐらいをめどに、薬をのんであまり効果がないようであれば、音響療法をお試しいただくのがいいのではないかと考えています。
 池田 どうもありがとうございました。