ドクターサロン

 池脇 この収録は2022年3月ですが新型コロナウイルスに対するmRNAのワクチンが、開発から1年未満というものすごい速さで実用化されました。まず、mRNA医薬は同じような言葉で遺伝子治療、あるいは核酸医薬というのでしょうか。その中でmRNAワクチンはどういう位置づけなのでしょうか。
 横田 なかなかこの分野はわかりにくい部分が多いと思います。今ご説明いただいたように、広い意味で遺伝子治療という枠組みにはなっているのですが、その中には狭い意味での遺伝子治療と、核酸医薬という、大きく分けて2つがあります。その中でこのmRNA医薬というのはそのちょうど真ん中ぐらいにあるのですが、どちらかというと核酸医薬寄りです。
 ちょっとわかりにくいかもしれないのですが、その発現のデリバリー形態で、遺伝子治療は多くの場合はウイルスベクターを用います。ですから、1回打つとずっと効いているのですが、核酸医薬の場合にはベクターは必ずしも必要なくて基本的にはRNAないしはDNAそのものが核酸としてなっていて、効果は一過性です。そういう意味で作用機序も効果も異なりますが、広い意味でmRNAを化学修飾するということに関しては変わりません。
 ただその一方で、皆さんご存じのように、DNAがmRNAになって蛋白になるので、mRNAを投与することで蛋白を作り出すという点においては遺伝子治療とmRNAは似ています。そういった位置関係になります。
 池脇 mRNAを使って体内に蛋白を作らせて、それによって何か治療として使おうという概念はおそらく以前からあったと思うのです。ですから、今回のmRNAの新型コロナウイルスワクチンが始まりというよりも、それ以前から開発されてきたと思いますが、mRNA医薬はどういう状況なのでしょう。
 横田 ファイザーはメガファーマですが、モデルナはもともとmRNAのベンチャー企業でした。ファイザーもそういうベンチャー企業を買い取って開発したという経緯があります。非常に新しいモダリティで、今回のワクチンはmRNAの医薬の中で初めての上市された薬になります。現在も、塩野義製薬など幾つかが治験していて、コロナウイルスだけで25の治験がありますし、それ以外の難治性ウイルスは17の治験があります。ほとんどウイルスのワクチンです。
 mRNA医薬というと本来は必ずしもワクチンではなかったわけで、ほとんどの対象はがんです。がんに対するmRNAを治すというのが幾つか走っているけれども、まだそれは非常にアーリーステージであって、先ほど言った同じmRNAを対象とするRNAである核酸医薬はもうすでに15種類が薬となって私たちの手に届いています。それはワクチンではなくて、いろいろな難病の治療薬で、この2~3年で、だいたい1年に3個ぐらいのペースで新しい薬がどんどん出てきています。広い意味で核酸医薬はmRNA医薬だけではなく、今、私どもの手に立て続けに届いているという状況です。
 池脇 mRNA医薬の一つの大きな分野はがんだということですが、この考え方というのは、がんに特異的な抗原をmRNAで作って、それに対する免疫を活性化させるというのが大きな流れなのでしょうか。
 横田 がんの場合は幾つかのストラテジーがあって、そういうワクチンの手法も一部ありますが、いわゆるオンコジーン、がん遺伝子やがん抑制遺伝子をモディフィケーションする。あるいは、サイトカイン系で、抗がん剤的なものをmRNAを介して作らせるといった複数のメカニズムがあります。
 池脇 新型コロナウイルスワクチン以外のmRNAも多少の期間をかけて開発されてきていて、現状ですと、そういったmRNAのワクチン医薬よりも、いわゆる核酸医薬のほうが臨床にだいぶ近い、あるいはすでに臨床にのっているのでしょうか。
 横田 私は核酸医薬学会会長でもあるのでそちらのほうをご説明しますと、いわゆる核酸医薬にはmRNA以外にアンチセンス核酸という核酸とsiRNAと大きく分けて2つあります。アンチセンス核酸は1本鎖DNAですし、siRNAは短い2本鎖RNAで、mRNAは長い1本鎖RNAといった、1本、2本、そしてDNA、RNAで違うのですが、今の核酸医薬のアンチセンス核酸とsiRNAを合わせて15種類の薬が上市されています。そのうち9個がアンチセンスで4つがsiRNAなのですが、特に最近アンチセンス核酸のほうは2017年に上市されたヌシネルセンという脊髄性筋萎縮症に対する薬で筋萎縮性側索硬化症というのを聞いたことがあるかもしれません。これらは神経難病の仲間みたいな疾患で、新生児から大人まで、重症度はいろいろあります。特に新生児の場合はだいたい1歳半までにほぼ95%死亡してしまうという、フロッピーインファントという症候群で、ウェルドニッヒ・ホフマン病という、神経難病に対するヌシネルセンという治療薬が認められ治療が早いとほぼ治るようになりました。目覚ましい効果で、私も最初それを見たときは自分の目を疑いましたが、今まで治らなかった神経難病が治る時代が来たという大きなブレイクスルーになりました。
 池脇 アンチセンスもsiRNAも、ターゲットに対して、それを発現しないようにするという治療なのですね。
 横田 そのとおりなのですが、ヌシネルセンは少々複雑で、足りない遺伝子を別の遺伝子で補うことを向上させるという、そういう意味ではmRNAに近いのです。しかし足りないものを補うという点では同じなのです。実はその後に遺伝子治療でオナセムノゲンアベパルボベクというAAVがやはり同じ脊髄性の筋萎縮症でできて、それも同じような効果になりました。今は神経難病である脊髄性筋萎縮症には核酸医薬であるヌシネルセンと遺伝子治療であるオナセムノゲンアベパルボベクの両方の治療ができたということになります。
 池脇 これは1回打って、ある程度効果に持続性があるのでしょうか。
 横田 核酸医薬はだいたい4カ月から半年に1回、腰椎穿刺をしなければいけないのです。遺伝子治療は1回打てば一生効くので、普通に考えれば遺伝子治療のほうが1回で済むわけですからいいのですが、長期の副作用について、10年後どうなのかがわからないので、遺伝子治療のいいところであり、悪いところは1回打つと副作用があっても作用を止められないのです。あと、抗体ができてしまうので薬量が足りないときに2回目が打てないのです。だから、打って副作用が出たとき戻れない、薬量の調節がきかないという意味では、まだまだ本当にどっちがいいかはこれからということになると思います。
 池脇 今先生がいわれたのは、頻度の低い難病に対してということで、核酸医薬とはcommon diseaseよりも、どちらかというと希少な病気に対していいツールなのでしょうか。
 横田 おっしゃるとおりで、やはりcommon diseaseの治療薬にしては薬価が高いという医療経済の面もありますが、今度のコロナがそうであるように、核酸医薬、mRNAのいいところは、標的の遺伝子情報さえわかればすぐできる。本当にデザインは3日ぐらいでできてしまうので、非常にスピードが速いということと、個別医療ができるということがあります。特に最近米国では希少疾病の患者さん一人に対して、その人だけのための核酸医薬を合成して治療するのが大きなトレンドになっています。
 希少疾病といっても、その種類は何万種類とありますから、一つひとつの病気の患者数は少なくても、患者さんの全体の数は非常に多いのです。テーラーメイド医療で一人ひとりの患者さんに薬を届けるというのは、核酸医薬は得意中の得意で、しかも非常に短い期間、だいたい標的遺伝子が見つかってから1年以内に実際に治療が一人ひとりで始められるという、ものすごく速いスピードでできるのです。今後、日本でもそういうものが広まるように私どもは今やっているところです。
 池脇 従来の小分子化合物による治療というのはもちろん今後も必要とされてくるけれども、一人ひとりのテーラーメイド医療はそういったものではとうてい対応できない。そこにこの核酸医療はアドバンテージがあるということですね。
 横田 おっしゃるとおりです。このスピードは今回、ファイザー、モデルナが開発したmRNAワクチンでその威力が証明されたことから、ますます今後加速していくと思います。
 池脇 今後に期待したいと思います。ありがとうございました。