ドクターサロン

 山内 土谷先生、囊胞腎という言葉と、もう一つ腎囊胞という言葉がありますが、まずこの違いから教えていただけますか。
 土谷 囊胞腎という場合は通常は全身性に病態が起こり、主に遺伝性の病気、今回の多発性囊胞腎(ADPKD)といわれるものがイメージされます。単なる腎囊胞というのは、ある程度の年齢の方はかなりの頻度で持たれている、腎臓に単発、もしくは複数ある囊胞になります。基本的にこの病態は全く異なっているので、これを最初に見極めていただくのがいいかと思います。
 山内 基本的な違いとして、腎囊胞のほうは例えば腎臓障害を起こさないとか、そういったものはありますか。
 土谷 そうですね。ほとんど単純なもので、腎臓の機能が下がるということはあまりないと思います。囊胞腎の場合はかなり進行性に進んでいく病気なので、そこは区別がつくと思います。
 山内 単に腎囊胞といえば数が少ないとか、大きいのが1~2個あるとか、そういうものでもないのですか。
 土谷 そういう事例が多いかとは思います。片方に何十個、何百個という方は少ないと思いますので、そういったかたちで区別はできると思います(図1)。
 山内 そうしますと、たくさん出てきたりし始めると、最近は超音波などで診断ないし疑診は比較的容易と考えてよいのですね。
 土谷 最近は囊胞腎という病気自体の知名度も上がりましたので、健診などのレベルである程度これらしいという場合は専門医を受診してもらうという指示が出るように、判定基準が新しくなり、最近は見つかる可能性も随分増えてきました(図2)。
 山内 囊胞腎の場合は大方が最近話題になっている遺伝性のものと考えてよいのでしょうか。
 土谷 はい、遺伝性が認められない孤発例というのも10%ぐらいはあるといわれていますが、ほかはだいたい家族性と考えていいと思います。
 山内 遺伝性のADPKDとはどういったものか簡単に説明していただけますか。
 土谷 腎臓にある尿の通り道である尿細管という細胞の蛋白質の機能障害が、遺伝子障害によって惹起されます。そうすると、細胞が増殖して、しかも分泌機能が高まる。それがいろいろな尿細管で起こってきて囊胞を形成し、だんだん数と大きさを増していきます。非常に長い時間をかけてそれが起こってくるので、だんだん腎臓の実質が減ってきて、次第に腎機能が下がっていくという病態です。加えてその蛋白質の異常がけっこう全身に影響を及ぼす可能性があり、肝臓や膵臓などにも囊胞ができます。有名なのは血管の構築異常から頭の動脈瘤ができる、その合併率が高いともいわれています。このため、単純に腎臓だけではなく、全身を見ていただく必要があるので、一度専門医を受診させるのはとてもいいことだと思います(図3)。
 山内 一般的に健診のエコーでも、腎臓に囊胞がある方は肝臓にも囊胞がある方が多い印象がありますが、これとはまた別ですか。
 土谷 基本的には病態は全く異なっているので、偶然肝臓にも腎臓にもあったというだけのことで、それでその患者さんが何か腎臓機能障害、肝機能障害になっていくことはないと思います。
 山内 日本人でこのADPKDの頻度はどの程度のものなのでしょうか。
 土谷 今わかっているだけでも3万以上といわれていますので、2,000~3,000人に1人ぐらいの頻度ではないかと考えられていて、難病に指定されています。
 山内 ただ、エコーだと腎囊胞、肝囊胞、肝腎囊胞などと一言でいわれますが、非常に多くの方によく出てくるので、ほとんどは単純性と思ってよいですね。
 土谷 おっしゃるとおりです。その方々をすべて調べる必要性はないかと思います。
 山内 肝囊胞も、致死的になりうるということは考えなくてよいのでしょうか。
 土谷 肝臓の場合は実質がある程度保たれるので、肝不全にはほとんどなりません。ただ、すごくサイズが大きくなっていくので、おなかを圧排してしまって、最後は食事も入らないということになったりします。患者数はそれほど多くはありませんが、これが一番肝臓では困った状態と考えられています。
 山内 囊胞腎の進展にはかなり個人差があると聞きますが、いかがですか。
 土谷 おっしゃるとおりで、20歳代からかなりの大きさになる方もいます。原因遺伝子は2つあるのですが、片方の遺伝子(PKD2)は比較的良性といわれていて、そのまま一生、透析もしないで済む方もいますので、非常に進展に差が出ています。
 山内 その差の原因はよくわかっていないのですか。
 土谷 変異を起こす頻度が多かったとか、遺伝子変異のタイプなどが差になるのではないかといわれています。実際、同じ遺伝の病気なのに、例えば親は軽症で、子のほうが早く悪くなるとか、そういうような進展には家族性があまりないというのも特徴です。
 山内 進展を追跡するにあたり、どこかで専門医におうかがいを立てたほうがよいでしょうね。
 土谷 今、進展を遅らせる薬剤が出ていますので、専門医に一回紹介して診断を確定したうえで診ていくのが一番いいかと思います。30歳以下の若年で高血圧を合併してくる方は予後が悪いといわれていますので、本人は何ともなくても、血圧はどうかとか、そうしたことは診たほうがいいと思います。
 山内 通常、例えばエコーでそういったものが指摘される方は非常に多いので、片っ端から精査するのもなかなか難しいところでしょうから、エコーと同時に腎機能もモニターするのが次のポイントになりますか。
 土谷 そうですね。両側の腎臓に複数の囊胞が見られたり、肝臓にも多数の囊胞が見られる場合は比較的診断は容易です。時間とともに腎のサイズは大きくなってくるので、エコーやCTで、それを経時的に診ていくことは重要です。そうするうちに、だいたい中年以降で腎機能が下がってくるので、そこからはいわゆる慢性腎臓病(CKD)の側面も持ってきます(図4)。
 山内 腎機能のマーカーとしては通常のeGFRでかまわないのですか。
 土谷 それでけっこうです。
 山内 先ほど尿細管が絡むという話でしたが、尿細管のマーカーはあまり変化はしないのでしょうか。
 土谷 鋭いご指摘ですが、炎症とかではないのであまり変化しないのです。
 山内 あと、患者さんは皆さん気になると思いますが、がん化、これはいかがでしょう。
 土谷 見てくれはいかにも悪くなりそうなのですが、意外とそういう意味でのがんの合併は多くないといわれています。油断はできないのですが、鑑別と、どこにがんがあるかを見つけるのは難しいのです。ただ、著しくがん化が高いということはありません。
 山内 それは幸いですね。症状として血尿が有名ですが、やはりこれはありがちなものですか。
 土谷 ありがちですね。囊胞壁の細血管が切れ出血します。突然真っ赤な尿が出ますから、それまで診断がついていない患者さんはとても驚かれておいでになり、そのときに初めて診断が決まることもまま見られます。
 山内 あと感染も話題になりますか。
 土谷 囊胞は尿がうっ滞しているので、そこでの細菌感染のリスクは高いです。けっこう囊胞感染は難治で、血流障害から薬剤が患者に到達しにくいので、どうしても長引いてしまうことが多くあります。
 山内 それでまた腎障害が進むのですね。
 土谷 そうですね。繰り返したくないところですね。
 山内 さて、治療について、薬で最近話題のものがあるようですが。
 土谷 原因遺伝子の判明から、細胞内のサイクリックAMPの過剰産生がカルシウム濃度を低下させ、細胞増殖、過分泌が起こると考えられています。脳下垂体から分泌されるバゾプレシンというホルモンは、このサイクリックAMPを増加させます。バゾプレシンはご存じのように抗利尿ホルモンですので、その拮抗薬を利尿剤として製薬企業が開発していたのです。それが偶然といいますか、バゾプレシンを抑制することが囊胞腎の細胞の増殖抑制にも関わることから、通常の利尿剤で用いるよりもはるかに多い量を使うと特に効果がいいということで、トルバプタンが上市されて、2014年からこの病気の正式な治療薬として効能または効果が認められました。患者さんにとっては非常に朗報でした。
 山内 悪化をかなり食い止めることができるわけですね。
 土谷 完全に形態を元に戻すことはできませんが、少なくとも進展を5~10年ぐらいは遅らせてくれるだろうということで、今まで何一つ手立てがなかったので、非常に大きな意味を持っていると思います。
 山内 この方々の透析の予後はいかがでしょうか。
 土谷 透析自体は、糖尿病の合併症のようなものを持っていないことが多いので、比較的予後は良好です。移植の予後も良好といわれています。
 山内 それも何よりですね。最後に生活指導ですが、まず食事はいかがでしょうか。
 土谷 腎不全といいますと、皆さん、蛋白制限を想像すると思うのですが、蛋白自体の制限でこの囊胞の進展を抑えられるかどうかはまだエビデンスがありません。ただ、肥満がよくないということと、塩分がバゾプレシンを介することだと思うのですが、塩分を取り過ぎると血圧を上げるだけではなく、囊胞にもよくないということがいわれています。私どもは太り過ぎないことと、塩分は制限することをお願いしています。
 山内 あとはスポーツですね。運動療法は別として、スポーツをやると危ないという話もありますが、いかがでしょうか。
 土谷 難しいのですが、例えば格闘技など極端な運動、少なくともスポーツを職業にはしてほしくないと思っているのですが、通常の運動とかその辺はあまり制限をしていません。
 山内 体がぶつかってはじける、破れる、そういった代物ではないのですね。
 土谷 よほどおなかに突っ込んでこない限りは大丈夫だと思います。
 山内 ありがとうございました。