池田 慢性骨髄性白血病の検査のBCR-ABL-ISについて質問です。慢性骨髄性白血病とはどのような疾患なのでしょうか。
伊豆津 慢性骨髄性白血病は造血幹細胞の血液がんで、成熟した白血球、主に好中球や好塩基球、それから血小板などが増える病気です。
池田 患者さんにまったく症状がない場合、どのような契機で見つかるのでしょうか。
伊豆津 今は慢性骨髄性白血病の患者さんが見つかるのは、健康診断のときの採血や、ほかの病気でたまたま採血をして白血球増加症を指摘されて、精査の結果、診断されることが一番多いです。
池田 現在、健康診断も含めて採血の機会が多いですよね。そういうときはだいたい血液像も調べられるのでしょうか。
伊豆津 通常は血算のみで、白血球増加症として診断され、二次的に白血球分画を見て好中球が多いことがわかると慢性骨髄性白血病の精密検査に進むという流れになります。
池田 一般の白血球数などでも、どのくらい上がると疑われるのでしょうか。
伊豆津 白血球数は、9,000ぐらいから異常値になります。当然急性炎症、感染症などでは白血球が増えるので、一過性に白血球が上がる人は別ですが、慢性的に白血球数が1万を超えているような方では慢性骨髄性白血病の可能性があると思います。
池田 質問の症例は、81歳・女性、22年前に慢性骨髄性白血病と診断されています。私のイメージでは高齢者に起こるものかと思っていたのですが、若い方でも罹患するのですか。
伊豆津 慢性骨髄性白血病は、若い方でも発症Fすることがあります。
池田 治療としてイマチニブ内服とありますが、ガイドライン上ではどのような治療がされるのでしょうか。
伊豆津 慢性骨髄性白血病の多くの患者さんは慢性期という状態で診断されます。そういった方では、いわゆる抗がん剤、殺細胞性の抗がん剤は使わないで、チロシンキナーゼ阻害薬という内服薬を使います。代表的なものが第1世代のイマチニブで、これを継続的に服用する治療になります。
池田 質問のモニタリングに用いられているBCR-ABL-ISとは何なのでしょうか。
伊豆津 BCR-ABL1というのは、慢性骨髄性白血病に特徴的に見られるフィラデルフィア染色体を遺伝子レベルで見たもので、BCR-ABL1は融合遺伝子です。これがあることが慢性骨髄性白血病のほぼ定義のようなものです。ISというのは、定量的にこれを見る定量PCRのインターナショナルスケールを意味しています。いろいろな検査法がありますが、異なる検査法を用いても結果の比較ができるように国際的なスケールが定義されています。
池田 フィラデルフィア染色体というと、染色体の相互の転座が起こるのですが、このBCR-ABLというのはその転座によって発生した融合遺伝子を見ているのでしょうか。
伊豆津 そうですね。よりミクロのレベルで見ているものです。染色体検査は骨髄検査をやらないと結果が出ないのですが、BCR-ABLの融合遺伝子を見る定量PCRは血液検体で可能という利点もあります。
池田 骨髄穿刺はかなり侵襲がありますね。
伊豆津 はい、患者さんにとっては痛みを伴う検査です。
池田 血液検体ならやりやすいということですね。BCR-ABLというのは、先ほどのイマチニブが効くような、チロシンキナーゼをコードするものなのでしょうか。
伊豆津 そうです。BCR-ABLは正常な人にはありません。ABLというのがチロシンキナーゼで、ABLを抑える特異的な阻害薬がイマチニブになります。
池田 新しくできたものを抑えるのですから、生体にとっては別に問題ないですね。
伊豆津 全く副作用がないわけではないのですが、正常な細胞に対して慢性骨髄性白血病の細胞はイマチニブの効果が非常に高いということになります。
池田 イマチニブの次に開発されたようなニロチニブやダサチニブというものがありますし、イマチニブが第1世代とすると、第2世代、第3世代とありますが、これらはどのように使われるのでしょうか。
伊豆津 最近は第2世代のチロシンキナーゼ阻害薬のほうが早く治療効果が出るということから、第1世代のイマチニブよりも優先的に使われる傾向にあります。ただ、薬価が高く、様々なチロシンキナーゼに対するオフターゲットの副作用があることから、第1世代の治療薬もまだ使われることがあります。第1世代のイマチニブを使っていて治療効果が不十分になったときにはBCR-ABLの遺伝子変異が入っていることが時々あって、その変異の結果を見ながら第2世代に変更する、というような使われ方もしています。
池田 やはり抗がん剤ですと、高いものが多いですから、イマチニブのようにジェネリックがあるものも使われているのでしょうか。
伊豆津 そうです。
池田 チロシンキナーゼ阻害薬の治療の最終目標はどこにあるのでしょうか。
伊豆津 以前はチロシンキナーゼは、使い始めたら生涯使い続ける必要がある。それで慢性骨髄性白血病を抑えていく必要があるだろうと、いわれていました。ただ、最近はチロシンキナーゼは少なくとも一部の患者さんはやめられるのではないかということがわかってきて、今はチロシンキナーゼ阻害薬を使わなくても慢性骨髄性白血病なしの状態を目指すというのが治療目標と考えられるようになってきています。
池田 チロシンキナーゼ阻害薬を使って、例えば1年間PCR検査で細胞が検出されなければ、薬をやめることは実際に可能なのでしょうか。
伊豆津 現在の日本のガイドラインでは必ずしもチロシンキナーゼ阻害薬の中止を推奨しているものではないのですが、欧米のガイドラインではそういったことも一つの選択肢に挙げられています。具体的には慢性骨髄性白血病に対してチロシンキナーゼ阻害薬を開始したら、定期的に血液でBCR-ABLISを調べていくことが勧められていて、十分BCR-ABLの定量PCR値が下がり切った状態が少なくとも一定期間以上維持された患者さんを中心に、いったんチロシンキナーゼ阻害薬を中止してみるということが一つのやり方として推奨されています。
池田 質問の患者さんは、22年前に診断されて、イマチニブ内服で治療して、その後、再発がないので、逆紹介で返ってきたということです。先ほどの一定期間たったらという話ですが、これは22年もたっているので、十分やめられる状態にあるということですね。
伊豆津 長い間、チロシンキナーゼ阻害薬を使われて、十分定量値が下がり切った状態だろうと想像されます。
池田 地方によってはなかなか血液内科の専門医がいないこともありますので、一般内科医も担当されることが多いと思いますが、この検査自体はいわゆる検査会社でできるのでしょうか。
伊豆津 検査会社で可能です。おそらく数日後、1週間以内程度に結果が返却されてくると思います。
池田 担当される医師も心配なのが再発ですが、それは検査の数値で返ってくるのでしょうか。
伊豆津 検出感度未満であれば検出感度未満で、何らかの定量値が検出される場合には数値として返ってきます。
池田 検出感度未満であればそのまま検査を続けていく。「あれっ」という数値があると専門医にまた診ていただくということですね。
伊豆津 そうですね。専門的にはISの値で0.1%以上の場合にはチロシンキナーゼ阻害薬の再開が必要といわれているのですが、0.1%という数字は我々でもなかなか覚えていられませんので、紹介された医師からの診療情報提供書に書かれていれば、そういうものを参考にされるといいと思います。
池田 その数字をよく見ておくということですね。
伊豆津 はい。
池田 この質問では年に1~2回という指示ですが、理想的には何回ぐらいなのでしょうか。
伊豆津 欧米のガイドラインでは3カ月に1回程度、定期的に調べることを生涯続けるよう推奨しているものが多いです。
池田 では年4回というパターンですね。
伊豆津 はい。
池田 もし陽性と判断されたら、血液内科の医師にもう一回診ていただきますよね。そうすると、どのような治療が行われるのでしょうか。
伊豆津 多くの場合は分子遺伝学的な再発、すなわち白血球数が増えるより前にIS値が増えてきたところで再発が見つかって、速やかにもともとのんでいたチロシンキナーゼ阻害薬を再開することで、また分子遺伝学的にIS値が低下することが期待できるとされています。残念ながら、非常にまれなのですが、チロシンキナーゼ阻害薬を再開しても、それが奏効しないで、急性転化等の不幸な転帰をたどる方もいらっしゃるようです。
池田 それは確率的には低いのですね。
伊豆津 はい、そうです。
池田 いったん消失したものがもう一回出てきた場合に、何か遺伝子変異が入っていて、前に使っていた、例えばイマチニブが効きにくいとか、そういうことはあるのでしょうか。
伊豆津 はい。それが分子遺伝学的な再発から次のチロシンキナーゼ阻害薬の再開までの期間が長くかかると、その間に新しい変異が入ると考えられています。なので、IS値が増えてきたら直ちにチロシンキナーゼ阻害薬を再開することが大事になります。
池田 検査値がちょっと引っかかったら、直ちに血液内科医にまたお願いすることが大切ですね。
伊豆津 そうですね。
池田 どうもありがとうございました。
慢性骨髄性白血病のBCR-ABL-IS
国立がん研究センター中央病院血液腫瘍科長
伊豆津 宏二 先生
(聞き手池田 志斈先生)
慢性骨髄性白血病の診断補助やモニタリングに用いられているBCR-ABL-IS(PCR法)についてご教示ください。
81歳女性。22年前に血液内科で上記疾患と診断されイマチニブ内服で治療されました。その後、無投薬でも血液検査上、上記検査で再発や増悪がなく、治癒したものとされました。今般、当方へ逆紹介され今後も上記検査を1年に1、2回行うよう指示されました。
大阪府開業医