大西
神山先生、適応障害というテーマでお話をうかがいます。 私自身も長年産業医をやっていて、社員の方が職場の環境など、いろいろな原因で仕事が十分できなくなってきて、主治医から適応障害という診断書をいただき、調整に苦慮することもあります。この適応障害という概念といいますか、病態から教えていただけますか。
神山
ICD-10で出ていますが、適応障害とは、本来は環境条件に不適応を起こした結果、心身の不調をきたす。環境との適応がまた回復すれば症状も回復する。このような定義になっています。
大西
テーマである職域ということですと、職場不適応症という概念もあるとうかがったのですが、それは適応障害の中の一つの概念ととらえてよいでしょうか。
神山
そうだと思います。
大西
そのあたりを詳しく教えていただけますか。
神山
職場で話題になるのは、職場の環境問題、つまり職場で起きるいろいろな話題が引き金となって、そこにいる従業員の方が不調になる、こういう展開が一番想定されていると思います。その場合に注意しておきたいことは、環境というのはどこまでを指しているかです。つまり、従業員の方は、今もコロナ禍でリモートとかいろいろありますが、基本的には職場の直接の業務の話題と、それからもう一つ、仕事を支えるうえでの自分の生活、この両方が相まって仕事が成立しています。環境といいますと、業務上の要因と業務外の要因である環境要因、それとさらに本人の個人要因という、この3つの要因をしっかりと踏まえて、そこで不都合があったときに職場不適応という診断、いわゆる適応が困難であるという診断をつけることだと思います。
大西
職場の環境要因ですと、相談を受けるのが人間関係の悩みというのも多いように思いますが、それが引き金になることも多いと考えてよいでしょうか。
神山
はい。私が長年、厚生労働省の研究班でこの辺を調査したところ、確かに職場の問題の一番は過重負担、長時間労働で、それから対人関係で特に最近のハラスメント、上司からいろいろと厳しく言われて不調になる、あるいは異動や転勤等で環境が変わって、そこにいろいろと厄介な事情があってなかなかうまく適応できない、このように業務上の要因もいろいろとあります。
大西
いろいろな原因があって、複雑な面もありますが、今の仕事が本来の自分に向いている仕事ではないというような相談もよく受けます。そういう場合の対応もなかなか難しいものもあるのですが、そのあたりはどうしたらいいですか。
神山
一つは不適応の問題、要するにどうして不適応になったのかで、一般的には職場側が本人に対して、本人の力量を上回る量のタスクを指示したり、あまり得意ではない問題をあてがわれて苦しむというような質的にもふさわしくない状態が続くと不適応になる、このようなメカニズムだと思います。
他方、当然のことながら、本人側もいろいろ適性がありますので、適性によっては、自分は本当はやりたいのだけれども、適性があまりないという、自分の矛盾をけっこう抱えていることが時々あります。大西
この2年余りコロナが席巻して職場の環境もなかなかたいへんなようなのですが、特に最近、1年目、2年目の若い社員が、業務量が多すぎるとか、自分の能力を超えていろいろ仕事が指示される。それでけっこう悩んで休まれる方がこの1~2年多いような印象を持っているのですが、いかがでしょうか。
神山
これは両方といいますか、職場側と個人要因の両方から見ていく必要があると思います。業務上の要因というのは、先生がご指摘のように、コロナの問題や、技術革新などの話題があって、だんだん要求水準が高くなっているというか、複雑になっています。ですので、新入社員は当然、昔からいわれている五月病的な、適応が困難な場面がどうしても出やすいのですが、実際のところ、例えば小中学生、高校生でも不登校とか、学校での集団生活で今まで非常に苦労されてきた方も大勢いらっしゃる。例えば大学のいわゆる教育相談センターはいつも満員であふれている状態です。だから、大学の先生方もメンタルヘルス問題はたいへん身近な問題で苦労されている。それが今度は会社で展開される。このような事情があるので、双方が適応ということに対して非常に難しい要件を備えていると思います。
大西
部署異動希望などもいわれることが多いのですが、そう簡単にいかない場合もあります。そのあたりの対応はどうしたらいいですか。
神山
特に今はいろいろな要因がありますが、人間関係の問題、例えば非常に内気で、しゃべるのが苦手で、もともとちょっと適性が弱い方もいる中で、例えばとても優しくて、とても面倒見のいい上司に会えて、うまくサポートされるようなことがあればこれは非常に大事な最後のポイントです。それがない場合が不適応になりやすい。
こういうことがあるので、職場側が普段からそういうサポートを非常に意識的に取り組む時代に今入ってきていると思います。産業医からも職場に対して、単に仕事を与える、あるいはさせる、あるいは仕事の成果を求めるだけではなく、サポートしながら仕事の結果を出していく。そこには得意、不得意なども十分考慮していただく。こんなような柔軟な対応がとても大事だと思います。大西
中には症状が重くて出社できないという方もいますが、そういう場合はきちんと休ませて、必要だったら何らかの治療を受けるというようにしたほうがよいのでしょうか。
神山
5回ルールというのを作っていまして、これは実は定義はないのですけれども、いわゆる不安定就労といって、4週間で5回以上勤怠が乱れた場合、会社としてはちょっと厳しいということから休業を働きかけなければならない事態になります。したがって、この場合には早めに、本人が納得して自分から診断書を取ってきて出してくだされば、それはそれで一つの解決です。そういう不安定でありながらも、ちょっと病院に行くのは嫌だとか、休むのは嫌だという方も中にはいる。こういう場合には1カ月様子を見て、今言った5回ルールを超えなければいいというような、1カ月ぐらいモラトリアムで判断を先送りするやり方があると思います。
大西
元気だったらできるときに出てきなさいというのは何か中途半端で、あまりよくないのかなという気もするのですが。
神山
おっしゃるとおりです。休養ともう一つ大事なのは、やはり専門家と一緒にどうして不適応になってしまったかを冷静に振り返っていただくことです。そのときに本人が現実を病気がらみに認識することがあるのです。つまり、自分の要求が満たされなかったと、被害的になって非常に職場に対して批判的になったり、不信感を持っている。
大西
ありますね、そういうことは。
神山
これは主治医も、本人の言うとおりにうのみにして判断するのはちょっとどうかなと思うのです。主治医はまったく職場のことがわかりませんので、一つのやり方としては、主治医と産業医の連携というテーマがあります。ここで情報を両者が共有して、双方が一致点を見いだす。これがとても大事です。
ここに実は病態が入っていることがあります。つまり、適応障害でスタートするのだけれども、実はもうちょっと違う病気が入っている可能性があり、そこが主治医の課題かと思います。大西
ありがとうございました。