ドクターサロン

池田

黒澤先生、トリーチャーコリンズ症候群についての質問ですが、トリーチャーコリンズ症候群の疫学はわかっているのでしょうか。

黒澤

海外の調査ではおおよそ1万~5万出生に1例とされていますが、日本では正確な疫学調査がなされたことはないので、厳密にははっきりした頻度は出されていないと思います。ただ、人種差はおそらくないので、海外と同じ頻度だとは思います。

池田

数少ない難病というと、よく指定難病とか小児慢性特定疾病に指定されていますが、トリーチャーコリンズ症候群は指定があるのでしょうか。

黒澤

いえ、トリーチャーコリンズ症候群は現在のところ指定難病でもないし、小児慢性特定疾病にも上げられていません。

池田

あとでうかがいますが、それぞれの症状によって指定難病のようなかたちになるという考えでよいのでしょうか。

黒澤

そうですね。それぞれの医療費、乳児期の治療に関しては乳児医療なども当然得られるので、医療的な補助は適切になされていると思います。

池田

希少疾患ですが、原因はわかっているのでしょうか。

黒澤

トリーチャーコリンズ症候群の原因は遺伝子によるものです。最も多いのはTCOF1という遺伝子です。この遺伝子の異常によるトリーチャーコリンズ症候群がおおよそ8~9割ぐらいを占めます。ほかに原因遺伝子として挙げられているのがPOLR1C(ポルアールワンシー)、それからPOLR1D、ごく最近、POLR1BというRNA polymeraseに関わるサブユニットを構成する蛋白を作る遺伝子の異常によって、トリーチャーコリンズ症候群が発症することがわかっているので、現在、4つの遺伝子が知られています。

池田

RNA polymeraseの一群のもののどれかのサブユニットに変異が入っていて、機能がうまくいかない。それによって症状が出るのでしょうか。

黒澤

おっしゃるとおりです。

池田

胎生期の成長段階においてこういった酵素群が異常になって形態的・機能的機能異常が起こるかたちでしょうか。

黒澤

おっしゃるとおり、モデル動物、ゼブラフィッシュやマウスなど、実験動物を使った研究では確かにトリーチャーコリンズ症候群としての顎顔面の異常は観察、再現することはある程度できますが、なぜ顎顔面に限定するのかメカニズムの全貌はまだ解明されていません。

池田

この遺伝子が4つありますが、遺伝形式はどうなっているのでしょうか。

黒澤

遺伝子ごとに少し異なります。TCOF1も含めて多くの場合は常染色体優性遺伝病です。先ほど申し上げた遺伝子の幾つかの一部には常染色体劣性遺伝病というものもあります。したがって、遺伝子の検査がなぜ重要かというと、次のお子さんはどうでしょうかというときに、正確な遺伝、再発可能性の評価では遺伝子での確定が重要になってきます。優性遺伝病で親に症状がなければ、当然次のお子さんでの可能性は低くなり、新生突然変異を考えます。常染色体劣性遺伝病とすると、両親に異常がなくても、両親がそれぞれ遺伝子の異常を持っていて、それが子どもに伝わったということになれば、次の子どもでの発症確率は25%、1/4になります。

しかし、実際のトリーチャーコリンズ症候群の難しさは、ほとんど症状が軽すぎて、トリーチャーコリンズ症候群と認識できないぐらい軽い人から、明確にトリーチャーコリンズ症候群と診断できる方まで、家系内で同じ遺伝子の異常でも大きな幅があるという点です。結局一番信頼できる診断の確定は遺伝子に頼らざるをえません。遺伝カウンセリングのときに遺伝子の検査の結果は有用となります。

池田

家系内でもいろいろ多様性があるのですね。

黒澤

そうです。

池田

家系内でも多様性がある症状というのはどのような症状なのでしょうか。

黒澤

例えば?骨あるいは下顎骨の形成不全、それから外耳道の閉鎖、外耳の奇形、下眼瞼(下まぶた)の欠損、あるいはまつげが生えていない欠損、毛髪の位置異常、ちょうどもみあげの部分が少し変化している、そういった典型的なトリーチャーコリンズ症候群のお子さんもいれば、実はおじいさんは同じトリーチャーコリンズ症候群の遺伝子を持っていたけれども、ちょっと顎が後退しているというか低形成で、言われない限りはほとんどわからないという家系。そういうふうに同じ家系内でも大きく幅があることが診断の難しさになると思います。これは論文でも複数報告されていて、我々も実際臨床で経験しています。

池田

簡単に言えば上顎、下顎から耳にかけて、そこの作りがちょっと変わってくる、そんなイメージなのでしょうか。

黒澤

そうです。

池田

そういった典型的な例もあると思いますし、ほとんどわからない方もいらっしゃいますので、診断の際には鑑別診断が重要になってくるかと思うのですが、どのような疾患がありますか。

黒澤

おっしゃるとおりで、顎顔面ではほとんどトリーチャーコリンズ症候群と見分けがつかなくても、これに手足の症状、特に指の症状などが加わってくるとNager症候群、手と足の指なども症状として加わってくるとMiller症候群、さらに頭蓋の低形成とかが入ってくるとmandibulofacialdysostosis with mi crocephaly(小頭症を伴う下顎顔面異骨症)という疾患にもなります。我々としてもトリーチャーコリンズ症候群というつもりで遺伝子解析を行ったら、今言ったような症候群の遺伝子の異常が見つかったということが実はかなりあります。なので、鑑別として今申し上げたようなことを念頭に置いておかないと、次のお子さんの話や管理の話などで間違ってしまうことがあるので、やはり遺伝子は鑑別の際には重要な検査になると思います。

池田

遺伝子診断に際しては、よく幾つかの遺伝子の解析がパネル化されていて、トリーチャーコリンズ症候群およびその鑑別疾患でオーダーを出すと、それを含めて全部調べてもらえるというイメージなのでしょうか。

黒澤

いえ、トリーチャーコリンズ症候群専用のパネル検査は日本にはありません。実際には遺伝学的検査のコストも随分下がってきたので、メンデル遺伝病全体のパネル検査による数千遺伝子解析とか、あるいはいっそのこと全鑑別を含めた全遺伝子のエクソーム解析とか、コスト的にも見合う方法で解析を進めることが多くなっています。

池田

エクソーム解析まで行ったほうがコスト的にもいいのですね。

黒澤

早くて安くてということになります。

池田

常染色体優性も劣性もあるということですので、ご両親も一緒に検査するということでよいでしょうか。

黒澤

もちろん親御さんの気持ちを聞いていただきながら、強制するわけではないのですが、参考として必要になると思います。

池田

そして治療になりますが、経済的な事情もあるし、おそらく外耳道の閉塞等の治療も多岐にわたってくると思います。最も重要な合併症とその治療とはどうなりますか。

黒澤

最も重要なのは生命に直接関わることなので、出生後、すぐ呼吸ができるか。新生児期の呼吸管理に重要な気道閉塞の有無、重症度が第一になります。気道閉塞が重度の場合に、つまり下顎の低形成が著明な場合にはまず医療管理として出生後すぐに気管切開あるいは呼吸管理になると思います。そうなると、今度は栄養管理ですが、当然経口摂取がすぐにはできないので、栄養チューブによる栄養管理なども必要になると思います。

顎顔面に関してはもう少しその後になりますが、口蓋裂の修復術、それから顎顔面の修復術に徐々に移行します。しかも複数回必要になると思います。修復形成術ということでは今申し上げたような複数回の気管、耳、顎顔面という領域になろうかと思いますが、実際さらに年長になればコスメティックな問題や歯の矯正の問題もあります。それから、外耳道閉鎖では言葉への影響があるので、早期の言語治療、その前に骨伝導補聴器の装着、こういうかたちでの総合的な治療態勢が乳幼児期から必要になると思います。

池田

長期にわたる多岐の治療法が必要で、一番の生命予後を決定するのが出生時の気道閉塞、そしてその治療ということですね。

黒澤

はい。

池田

そこをうまく脱出できると一般的な生命予後は特に問題ないのでしょうか。

黒澤

基本的にはご指摘のとおりで、生命予後は比較的良好というのが教科書的な記述です。これは知的な影響も少ない、あるいはほとんどないということですが、今申し上げたような厳重な医療管理を複数要するようなお子さんでは、やはり発達への影響がないわけではないと思われます。

思春期以降は自我の確立が進む時期でもあります。トリーチャーコリンズ症候群に限りませんが、顎顔面に特徴を有する先天異常症候群では本人への説明や理解を促すこと、心理的サポートも重要です。さらに、ここに遺伝に関する次世代への影響の問題も入ってきます。なので、継続的な支援というのは様々な理由から必要になります。

自我の確立の時期は顎顔面の修復時期とも重なります。さらに、この時期は進路決定の時期とも重なります。顎顔面の専門家、遺伝医療の専門家、心理サポートの専門家、多くの医療スタッフが乳幼児期から成人期にかけてサポートできる総合的な態勢が、おそらく医療には大事なのだと思います。

池田

ありがとうございました。