池脇
子宮頸がんは比較的若い女性に多く、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によることがわかっています。世界的にHPVに対するワクチン接種によって、子宮頸がんを予防しようという流れで、日本も2009年から当初は順調にワクチン接種が進んでいたのが、2013年に突然ストップしてしまったようです。何が起きたのでしょうか。
川名
当時、8割近い中学校で12~16歳の女の子たちが打ち始めていた時期でした。今から8年前です。そのときに、思春期の女の子に起こりやすい自律神経障害というか、身体的な痛みに伴う不調が長く続いてしまった方々がいました。それはワクチンのせいではないことがその後の厚生労働省の研究班によって確認され、さらに名古屋市の大規模疫学調査などがあって、因果関係はないことがわかってきました。ですから、結果的には紛れ込みだったのですが、当時はそれがわからずにいったんワクチン接種が止まったのです。
池脇
この質問でワクチンの副反応とありますが、基本的には今先生がおっしゃったのは副反応ではなくて、自律神経障害の多様な症状なのですね。基本的にワクチンと関係がないことを証明するのは難しいのでしょうか。
川名
これは悪魔の証明になるので難しいですね。
池脇
そういう点で時間がかかって、ようやくまたスタートする状況になってきているのでしょうか。
川名
正確に言いますと、定期接種は2013年に始まってから8年間続いていますが、厚生労働省はそこをお勧めはしないという微妙な表現にしていました。昨年の秋にやっとそれを「やっぱりお勧めします」と方向を変え、厚生労働省が勧めるのだったら打ちましょうという人が最近増えてきて、接種率もやっと上がってきた状況になっています。
池脇
実は今、こういった子宮頸がんのワクチンや乳児のワクチン接種を新型コロナウイルスで親御さんが手控える傾向があるそうです。新型コロナウイルスは多少影響しているのでしょうか。
川名
新型コロナウイルスのワクチンの筋肉注射を多くの日本人が打ったということは、同じ筋肉注射という接種方法を使っているHPVのワクチンにはむしろ追い風だったと思います。HPVは筋肉注射が導入されたワクチンなので、その当時まだ筋肉注射に慣れていなかったという面があったと思いますが、今は新型コロナワクチンとともに、打たれるほうも打つほうも慣れていると思います。
池脇
当時、例えば起立性の調節障害などで、全国的に不安が起きて、親御さんも医療関係者も心配された方は少なからずいらっしゃると思うのですが。
川名
私もいろいろなところで講演して、やはりそういう意見をいただきました。予防接種は何でもそうなのですが、何かあったときに、健康な女の子が急にぐあいが悪くなるというそのギャップが気になるので、ちょっと避けたいという医師の声を多く耳にしました。しかし、それは実はワクチンのせいではありません。そして世界で打っていない国は日本だけだったので、世界100カ国以上で打っているワクチンをなぜ日本だけ打たないのか、むしろ不思議だといわれていたぐらいです。この8年間積み上げた結果、このワクチンの安全性が確認されたと言っていいと思います。
池脇
今ある3種類の頸がんワクチンの2価、4価、9価について、簡単に説明をお願いします。
川名
まず大事なのは、今、日本で導入されて、定期接種として打っていいのは2価と4価です。9価のワクチンは2年前に導入されたのですが、これはまだ定期接種ワクチンには入っていませんので、やるとしたら自費で打たなければいけないです。がんの原因となっているHPVはだいたい13~14種類ありますが、そのうち9価の場合は7種類をカバーしています。2価と4価の場合には2種類しかカバーしていないので当然9価のほうががんになる予防効果は高いのですが、今のところまだ新しいワクチンでもあって定期接種になっていませんので、打つ場合には2価と4価になります(表1)。
2価と4価はもちろん無料で接種できますが、2価と4価の違いは、がんの予防という意味では差はありません。4価の場合には尖圭コンジローマという性感染症のウイルスを含んだワクチンで、コンジローマを含んだことで男性にも打てるのです。4価のワクチンは日本でも男性に適用が通っているので、男性のコンジローマ、もしくは男性の肛門がんや陰茎がんのようなHPVによるがんの予防に接種できます。最近では咽頭がん、中咽頭がんはHPVが原因だとわかってきました。中咽頭がんは男性が圧倒的に多いがんですから、実は男性のがんの予防にもなっているということで4価は打てる状況になっています。池脇
確かに海外では、これは9価でしたか、男女の性別なく今予防注射を行っていますよね。
川名
海外ではヨーロッパ、北米を中心に男の子に4価も9価もどちらも打てるように定期接種化されていて、むしろ今はそれが先進国では主流になってきています。
池脇
基本的な確認ですが、最近、ワクチンにはmRNAのワクチンやDNAワクチンなどいろいろありますが、子宮頸がんワクチンはどういうワクチンなのでしょう。
川名
このワクチンはウイルスの粒子が50ナノメーターですが遺伝子工学を用いて同じ立体構造を保った蛋白質を作ることができます(図1)。例えば4価だったら4つのウイルス様粒子をカクテルにしたようなワクチンで、9価は9種類のウイルス様粒子をカクテルにしたものです。蛋白質で、しかも立体構造なので、非常に抗原性が強く、100%免疫がつくことがわかっています。
池脇
そういう作りのワクチンなので安全性は問題なさそうな気がしますが、海外でも同じような問題は発生したのでしょうか。
川名
デンマークなどではHPVワクチンのせいだと言った接種者がいて、一時期問題になったのですが、デンマークではすぐにデンマーク王室の方々が、これは打たないと危ないから早く打ちなさいということをお話しされて、また元に戻りました。つい昨年もデンマークから子宮頸がんの予防効果が9割ぐらいというデータも出たほどですので、全く日本とは逆の動きをされていました。
池脇
これも基本的なことですが、接種は複数回行うのですね。
川名
このワクチンは今のところ添付文書上は0カ月、2カ月、6カ月とか、そんな感じの打ち方で3回接種になっています。ただ、どうやら中学生の子に打つ分には、免疫誘導能が高いので、2回でもいいということで、海外では14歳以下に関して2回接種が主流になっています。当然3回よりは2回のほうが痛みも少なく、より安全だと思いますので、日本もそうなればと思っています。
池脇
プロトコールどおりにワクチンを接種した後、効果はどのくらい続くのでしょうか。
川名
ワクチン接種者と非接種者の比較で、その予防効果は100%、少なくとも14~15年は効果が続いています。先ほどのウイルス粒子がワクチンの抗原ですから、そこの持続期間はとても長いです。最低14年ということがわかっています。
池脇
副反応は基本的に新型コロナワクチンと同じように局所の症状がほとんどでしょうか。
川名
おっしゃるとおりです。新型コロナワクチンと同じで、肩が上がらないとか、熱発する人がたまにいるぐらいで、これはほとんど自然に治っていきます。その後、寝たきりになるとか、そのようなことは基本的に起こっていない。それはたまたま機能性身体症状とか別の病気が出てしまったということに、今はなってきていると思います。
池脇
今でも少し心配な気持ちをお持ちの医師がいらっしゃると思うのですが、接種が進んでいる海外では、子宮頸がんの予防効果もデータが出始めたと聞いていますので、幾つか紹介いただけますか。
川名
先ほど少しデンマークのデータをお話ししましたが、最初にインパクトのあったデータが2020年の秋に出たスウェーデンのデータです(表2)。ご存じのように、スウェーデンはがん登録をしっかりしている国ですので、ワクチン接種者と非接種者の比較が非常にきれいにポピュレーションベースで出ています。それによると、16歳までにワクチンを打った女性の場合には子宮頸がんのリスクが0.12、打っていない人を1とした場合の0.12、つまり88%リスクが減ったという結果が出ています。17歳以降に打った場合にはちょっとそこが落ちます。それでも6~7割くらい有意に子宮頸がんが減ることがわかっているので、基本的には12~16歳のいわゆる定期接種の対象になっている女子に打つのがより確実であるということです。デンマークでも87%の予防効果だったので、ほぼ同じ結果が出ています。
池脇
しっかりしたエビデンスがあるので、今後、接種が進むことを期待しています。ありがとうございました。