日本でも普及してきた感のあるLGBTという表現ですが、英語圏ではLGBTQ+という表現の方が一般的です。またSOGIEという表現も英語圏では一般的になってきていますが、日本ではまだあまり普及していない印象です。
日本語の文脈ではまだあまり区別されていませんが、英語圏では性に関して下記の4つの概念が使われています。
1つ目がassigned sex at birthです。日本の一般的な医療現場では「女性」か「男性」かのいずれかという概念しかありませんが、このassigned sex at birthはfemale,male,or intersexと通常3つで区分します。このassigned sex at birthには「性染色体」sex chromosomesや「性器」genitals、そして「性ホルモン」sex hormonesなどが因子となっており、以前はbiological sexと呼ばれていましたが、現在ではこのassigned sex at birthという表現が推奨されています。
2つ目がsexual orientationであり、LGBTQ+のうちLGBがこれに該当します。LGBTQ+はLesbian,Gay,Bi-sex ual,Transgender,Queer/Questioning,and Othersの略語です。このうちlesbianはa woman who is sexually attracted to other womenを意味し、gayはa man who is sexually attracted to other menを意味します。ただlesbianもgayも会話の中では名詞ではなく、形容詞として使われるのが一般的です。ですから"I am a gay."ではなく"I am gay."と表現します。またgayという単語は英語ではlesbianも含めて使われる"umbrella term"です。ですからlesbianの方も"I'm gay."のようにgayという単語を使いますし、女性同士の結婚もlesbian marriageではなくgay marriageやsame-sex marriageのように表現されます。またsexual relationshipに無関心の方のsexual orientationはasexualと表現されます。こういったsexual orientationは日本語では「性的指向」と翻訳されます。このsexual orientationはinnate「先天的」なものであり、個人の選択によるものではありません。ですからsexual orientationを「性的嗜好」のように翻訳することは明確な誤訳となるので注意してください。
3つ目がgender identityであり、LGBTQ+のうちTがこれに該当します。自分のgender identity「性自認」がassigned sex at birthと「同じ」場合は、「同側」を表すcis-を使ってcisgenderと表現され、それが「異なる」場合は「反対側」を表すtrans-を使ってtransgenderと表現されます。以前はこのtransgenderのうち「 assigned sext at birthが女性だがgender identityは男性」という方はfemale to male(FTM)と、そして「assigned sext at birthが男性だがgender identityは女性」という方はmale to female(MTF)と表現され、日本語でも「エフ・ティー・エム」や「エム・ティー・エフ」という発音で普及しましたが、現在では「性自認がある特定の時期を境に変わるわけではない」という理由から、これらは英語圏ではもう使われなくなっています。現在ではFTMにはtransgender manが、そしてMTFにはtransgender womanという表現が推奨されています。また自分のgender identityに基づいて行動していくことをgender affirmationと総称し、それに伴う手術をgender affirming surgery(GAS)と呼びます。現在でもこのgender affirming surgeryをthe opのように呼称したり、術前や術後の方にpre-opやpost-opのような形容詞を使う方がいらっしゃいますが、「性自認が手術を境に変わるわけではない」という理由から、このような表現は極めて配慮を欠く表現と見なされますので十分に注意してください。またgender identityとして「自分の性自認は男性か女性かの2択には当てはまらない」という場合、日本語では「X(エックス)ジェンダー」と表現されますが、英語ではnon-binaryと表現されます。このbinaryとは「排他的な2択」という意味で、gen der identityではfemaleかmaleかの2択という意味になります。この他にもgender fluidという表現もありますが、これはgender identityが状況や心理状態などで流動的に変化するという意味となります。
4つ目がgender expressionです。いわゆる「女性的」な服装や言動はfeminineと、そして「男性的」な服装や言動はmasculineと表現されますが、この2つ以外にも実に多様な表現があります。
最近普及してきたSOGIEという表現は、このSexual Orientation,Gender Identity and Gender Expressionの略語で、上記のような性の概念を表現するものとして使われています。
さてLGBTQ+の用語の中で、日本語の文脈であまり理解されていないのがQと+(plus)ではないでしょうか?
このQにはqueerとquestioningという2つの意味が内包されています。queerには元々「奇妙な」という意味があり、以前は性的少数者の方への差別用語として使われていました。しかし現在では性的少数者の方がこのqueerという表現を自分達の呼称として肯定的に使うようになったのです。つまり現在では「たとえ自分のsexual orientationやgender identityが所属する社会の規範では肯定されていなくても、自分の性のあり方を肯定的に表現する人」のようなニュアンスでこのqueerが使われているのです。またquestioningは自分のsexual orientationやgender identityが定まっていない、もしくは決めたくないという場合に使われる表現です。
+はplusと発音し、前述したLGBTQのいずれにも当てはまらないsexual orientationやgender identityなどを意味します。ですからQと+(plus)はLGBTQ+の中ではSOGIE全般に関わる言葉とも言えます。
昔は日本の医学教育でも「女性を見たら妊娠を疑え」という教え方が当たり前のように行われていましたが、現在はこのような教え方は数多くの理由で不適切な指導となります。この他にも米国の医学教育では医療面接でshe/herやhe/him、そして単数形としても使うthey/themといったpronouns「代名詞」を患者さんが望む形で使うように"May I ask which pronouns you use?"と尋ねるような指導が始まっています。
もちろんこういった知識や用語を全て理解し、医療現場で実践することは容易なことではありません。人間誰しも自分が持つstereotypeやbiasに自覚的になることは難しいと言えます。ただ知識の有無にかかわらず、多様な背景を患者さんに対してその背景を尊重する姿勢を持つことは可能です。多様な背景を持つ患者さんに対してno judgementとno assumptionという2つの姿勢を徹底すれば、その医療現場はどのような患者さんにとっても居心地の良い場所になるのだと私は確信しています。
知って楽しい「
第8回 LGBTQに関する英語表現
国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター准教授
国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」分野責任者
日本医学英語教育学会理事
押味 貴之 先生