齊藤 ASD、ADHD等の発達障害を中心にうかがいます。発達障害はわりと世間に知られてきて、会社で仕事がうまくできない、遅い、ミスも多い、あるいは時間が長いことかかるということがあると上司が、そういった職員を「発達障害じゃないか」と言って産業医に相談に来ることがあります。発達障害を皆さんが認識しだしたのはいつ頃からなのでしょうか。
岩波 かつて発達障害は児童や思春期の疾患であると考えられてきたのですが、欧米では1980年代、90年代から少しずつ、日本においてはおそらく2000年代になってから、発達障害の問題は成人における仕事上でも、あるいは学校でも重要であることがだんだん認識され始めてきたと思います。
齊藤 今は発達障害の時代ということなのでしょうか。
岩波 実は有病率で見ると、特にADHDは高いことがわかってきていて、実際、我々の周辺にもかなり発達障害の特性を持つ方がいると考えていいと思います。
齊藤 では実際、「産業医に会うように」のような話があった場合、あとにつなげる点から産業医としてはどういったポイントでその人と話すのがよいのでしょうか。
岩波 産業精神保健の問題としては、かつてはうつ病を中心とした気分障害の問題がかなり大きかったのですが、この10年、15年、特に最近はそれに加えて発達障害の問題が大きくなっています。先生方に認識していただきたいのは、発達障害というのはあくまでも総称であり、その中にいろいろな疾患が含まれていることです。成人の場合、特に問題になるのがASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動性障害)の2つです。また、これは日本だけの事情なのかもしれませんが、日本で発達障害というと、特に小児科部門では、どちらかというとASDに偏った研究や診療がなされてきました。ですから、いまだに発達障害というとASDのイメージをお持ちの医師が多いようですが、実はADHDのほうがはるかに有病率が高く、一般社会の中にもかなりいるのです。我々も含めた世代は成人期の発達障害は医学教育であまりされていないのですが、実はかなり多くの患者さんがいるので、そのあたりに興味を持って接していただければと思います。
齊藤 ASDとADHDはどのように鑑別するのでしょうか。
岩波 ASDは、成人期の場合、かつてのアスペルガー症候群が中心になるのですが、主な症状が2つあります。1つ目が対人関係、コミュニケーションの障害です。社会の中でかなり孤立している。友人もほとんどいない。それから、ノンバーバルなコミュニケーションが非常に下手であるために、いわゆる空気が読めないようなことが多々あります。それから2つ目の症状が、これがけっこう見落とされてしまうのですが、いろいろなことに対するこだわりが強いことです。マニアックに物を収集したり、自分の行動パターン、例えば歩き方とか食べ方とか、マイルールのようなものが非常に強くある。考え方にも非常にこだわりが強い場合があったりするので、評価はなかなか難しいのですが、対人関係の問題とこだわりの強さが主な症状ですね。
一方、ADHDは、病名どおりなのですが、不注意さ、集中力の障害が1つ目の症状です。もう一つは多動・衝動性ですが、多動というと、教室内でうろうろ歩き回るようなイメージをお持ちの方が多いのですが、実はそこまでの人はあまりいないのです。さらに、大人になると、じっと座っているときに貧乏ゆすりを繰り返してしまうとか、私のある患者さんは手を動かしていると落ち着くというので、米粒か何かをいつも持っていて、それを手で触れていると言っていましたが、多動の名残程度です。多動そのものが問題になることはなくて、やはり注意、集中の問題が、社会生活に影響することが一番多いと思います。
齊藤 両方が合併している人もいるのでしょうか。
岩波 生来、両方の特徴がある方はいるのですが、臨床的に見ますと、ADHDの方はもともとは比較的フレンドリーで友人も多いのですが、思春期ぐらいからいろいろマイナスの体験をすることで、ASDに似たような対人関係の問題や、引きこもりが生じることがたびたびあります。しかも、ADHDの方は衝動的な行動パターンがあり、ちょっと変わり者と思われている場合が多いので、本質的にはADHDですが、表面的にASDに似ているところから誤って診断されている例を実臨床で様々見かけます。
齊藤 治療が違うのでしょうか。
岩波 外来で投薬が可能なのはADHDで、ADHDの症状そのものに効果のある治療薬があります。一方、ASDに対しては2つの症状そのものに効く薬は今のところありません。ただ、両者とも二次的にうつ病になったり、不眠症になったりすることが多いので、何らかの向精神薬を使うことはしばしばあります。
齊藤 ADHDの薬は今どの程度使っているのでしょうか。
岩波 ADHDの治療薬は今、成人では3種類認可されていますが、実は私どもの臨床の感覚で言うと、非常に手ごたえがある場合が多いです。もちろん薬なので合わない方もいるし、効果のない方もいますが、本人の話だと、本当に見違えるようによくなった、あるいは、年収が数百万円上がったとおっしゃる方もいるので、注意、集中の問題で困っている方、あるいは一部衝動性の問題もありますが、本人が希望する場合は投薬を中心に治療をすることが一般的になっています。
齊藤 かなり効果もあって、飲み出すと目に見えてよくなる感じなのですか。
岩波 会社でかなり叱責されて、いつも上司に怒られていた下位10%、20%ぐらいのパフォーマンスだった人が、トップランクとまではいかないまでも、中間ぐらいまでに回復するような場合はしばしば見かけます。
齊藤 集団カウンセリングはどうでしょうか。
岩波 私どもの施設ではASDとADHD、それぞれ別々なのですが、グループで行う集団精神療法と言ったらいいのでしょうか、それぞれの特性に応じて、特にASDでは対人関係の問題をどのようにクリアしていけばいいかを中心に、半年ぐらいの期間、毎月2回ぐらい、1回3時間グループセッションを行っていて認知行動療法的なものも取り入れています。ADHDの方は皆さん症状が非常に似ているので、例えば不注意を対象にして、どういう問題で不注意が生じているか、それにどういう対応をしているかというようなことを、スタッフを交えながらディスカッションしています。患者さんの感想を聞きますと、どちらのグループでも自分と同じようなことで困っている方と実際に話をすることで非常に実感が湧き、どのような対応策を皆さんが取っているか参考になったとおっしゃる方が多いです。
齊藤 支援事業についてはどうですか。
岩波 今、制度的によく利用しているのは就労移行支援事業というもので、発達障害だけを対象にしているわけではありませんが、現在無職の方や転職を繰り返している方に、もう一回仕事の訓練的なことや企業実習などを組み合わせて社会復帰、特に障害者雇用に結びつけようとする制度です。そういう事業所が都内には多いので、実際、我々の患者さんも数多く利用されて、そこから就職に結びついている方もたくさんいます。
齊藤 有病率がそれなりに多く、会社にもいるという、今のような流れがあることを産業医は知って、それを会社の人事、あるいは上司と共有しながら専門医へとつなげていくような動きになるのでしょうか。
岩波 まず産業医はASDやADHDについて興味を持ってください。現在の産業精神医学の中で、うつ病も重要ですが、これらも重要な柱になっていることを認識していただいて、そのうえで会社の人事と相談してください。本人の環境調整は会社内でもできることがあります。例えば感覚過敏があり音に過敏な方などもいるので、少し机を離れたところに置くとか、あるいは常時ヘッドホンみたいなものをするのを許してもらうとか、個々に対応していくのはたいへんありがたいことだと思います。
齊藤 ありがとうございました。
職域精神保健の課題(Ⅱ)
自閉スペクトラム症とADHD
昭和大学医学部精神医学講座教授
岩波 明 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)