ドクターサロン

 大西 職域産業保健スタッフの役割ということで、現場ならではのお話をうかがいたいと思います。
 私自身もある企業の産業医を長年やっていますが、特にメンタルヘルス関係はなかなか苦労することも多く、特にコロナが蔓延している影響もあって、そういう方もちょっと増えているような印象があり、現場で様々な課題に直面しております。矢内さんは大企業の保健師として活動されているのですね。
 矢内 はい。
 大西 現場ならではのアドバイスなどがありましたら、ぜひお聞かせください。 まず初めに産業保健スタッフのメンタルヘルスへの関わりについて、どのようなことをされているかお話をいただけますか。
 矢内 メンタルヘルスへの関わりとしては、企業の中の産業保健スタッフとして、情報をたくさん得ることで丁寧な対応を行っています。メンタルヘルスの場合は生活習慣病などと違って働く環境や職場風土、仕事の具体的な内容や人間関係、そういったものの影響が非常に大きいので、現場で情報を得ることができるのは大きなメリットだと思っています。
 もう一つは、社員の身近な存在として最初に相談の窓口になることが多く、そういった接点を持つという意味では連携や対応の出発点になる役割のようなものを果たしていると考えています。
 大西 様々な医療スタッフも関わっていると思うのですが、特に保健師としての関わり方の特徴や理念はありますか。
 矢内 先ほどもお伝えしましたが、職場や社員から身近に相談がありますので、医療スタッフとして相談の緊急度の判断をしたり、必要な情報をどう入手すればいいか、誰と連携を取ればいいかといった、支援の出発点として非常に深く関わることができると思っています。
 大西 次に具体的な話に移りたいと思います。まずメンタルに不調な方が出た場合、どうやって休まれて、休んでいる間にどのような対応をするとか、あるいは復職に向けてどのようなことをやったらいいかとか、一般的なスムーズにいく場合のケースを教えていただけたらと思います。
 矢内 休復職は非常に大きな課題だと思っています。一番気をつけていることは、以前は休復職というと復職のところにポイントを置いた関わりだったのですが、今は休業の開始時点が復職支援の始まりだと思っています。休業開始時に皆でいかに情報を集めて対応のベクトルを合わせられるかという点が非常に重要だと感じています。特に休業開始時には安心して休んでいただける環境をつくることをポイントに、関係者や本人とミーティングをしながら復職までのステップを確認します。また会社の制度を説明したり、いろいろな手続きのサポートも初期の段階で対応することが多いです。
 大西 休職中にいろいろ連絡も取られると思いますが、今コロナでなかなか面と向かって会うことも難しいかと思います。何か工夫されていますか。
 矢内 休職中のフォローに関しては、最初に役割分担を決めて、人事と職場と健康支援室で誰がどういう役割を担うかを決めます。そこで連絡窓口を決定します。主には職場の上司にお願いするのですが、ケースによっては上司との関係性で不調になった方などもあり、健康支援室が対応することもありますし、非常に病状が重くて、ご家族としか連絡が取れないようなケースは人事が窓口になることもあります。そういう個々の連絡窓口や役割を決めるという点が工夫の一つです。
 休職中の状況確認は、以前は電話やメールなどを使っていたのですが、今は休業報告書というフォーマットを作り、月に1回、定期的に出していただく形を取っています。
 大西 メンタルで少し不調になられた方は、メンタルクリニックに通院されている方も多いように思うのですが、主治医との連絡はどのようにされているのですか。
 矢内 主治医とは、本人の了解を得てから、「病状照会状」を使って産業医と主治医がレターで情報交換をするケースがあります。弊社の場合は同行受診を行うことも非常に多く、上司や人事とともに直接主治医のところに行き、「会社としてサポートをしたいのだけれども、一緒に協力して対応できないか」という連携への働きかけを行います。
 大西 調子も戻ってきて、復職に向けては、いきなり今までどおりの仕事も難しいかと思うのですが、復職に向けてどのような準備をされますか。
 矢内 休業中から復職に向けた支援を開始するのですが、療養中心の期間が過ぎたら、少しずつ自己リハビリを開始していただくような形でサポートします。そういったプロセスの中に産業医面談や、主治医との連携が入ってきます。最終的にはある程度復職の判断が見えた段階で通勤訓練を行って、ステップを踏んでの復職となります。企業によってはプレ出社といった形で職場での訓練を行うケースもありますが、弊社の場合は労務の提供をしないという前提で、通勤を含めた体調の確認をすることと、日中は本人が図書館などを使ってリハビリをしていただくという形で復職の確認をしています。
 大西 それでスムーズにいくケースが多いとは思いますが、少し難しいケースの場合、どのように工夫されていますか。
 矢内 難しいケースとしては、例えば復職をすごく焦られるケースがあります。そういう方に関しては、病状が安定しているのかをまず確認し、主治医との連携を強化することがあります。また、本人と面談をして丁寧に状況を聞くことをします。例えば復職がゴールになっていて、ゴールを目指して焦っているような方であれば、復職がゴールではなくて、その先の安定就労が大事だというような話をしたりします。少し時間軸を延ばして、「安定して働ける」ことをゴールに本人が少し振り返りができるような場面をつくる、そういう支援を心がけています。
 大西 次に、産業医との連携や支援は具体的にはどのようにされていますか。
 矢内 産業医は、専属の産業医と精神科等の嘱託の産業医がいますが、圧倒的に産業医の人数は少ないです。産業医しかできない重要な判断や意見を述べてもらうために職場や社員の身近にいる私たちが必要な情報を正しく集めて、医師にタイムリーに伝えていくことを連携の大事なポイントとしています。
 大西 最終的に産業医の権限というか、何かちょっとはっきりしないこともあって、私もアドバイスはするものの、その先どうなるかなと悩むこともあるのですが、その辺はどのように調整されていますか。人事の考え方もありますし、保健師の考え方もありますし、産業医もいろいろな考え方があるかと思うのですが、いかがでしょうか。
 矢内 関係者でのミーティングを開いて、人事、産業医、保健師、また必要時は職場も参加する形で意見調整を行うことが非常に多いです。相談件数を今カウントしているのですが、10年前と比べると関係者ミーティングの割合が非常に大きくなっていて、支援のベクトルを合わせていくことが効果的だと思っています。
 あとは、人事の方が産業医の意見をそのまま最終判断として求めるようなこともありますが、産業医は医学的な判断を会社に伝えること、その判断を聞いた会社が最終的には復職など様々な判断をするという、立て付けを意識して交通整理のような対応を取ることも多いと思います。
 大西 そうしますと、職場あるいは上司、部署の環境の調整が最終的には非常に重要になってくると思うのですが、そのあたりはどのようにされていますか。別の部署に異動したいというご希望を受けたりとか、いろいろなケースがあるかと思うのですが。
 矢内 厚生労働省の指針に書かれているように、原則は現職復帰を目指して支援を行っています。ただ、休業中のフォローの中で休職に至る職場での様々な要因が見えてきたり、本人の適性などを関係者で丁寧に見立てていく中で、職場は変わらないまでも、仕事の内容や、レポートラインを変えてもらうというような働きかけをしたり、必要に応じてその方に適する職場への配置転換を考えていくケースもあります。
 大西 いろいろ具体的なお話をいただいて、どうもありがとうございました。