ドクターサロン

 齊藤 法律の専門家から見た職域の精神保健関連、その手続的理性ということでうかがいます。まず、メンタル疾患を含む私傷病者の救済が非常に重要であるという流れ()ができているということですが、そこからお話しください。
 三柴 日本の人口はご存じのとおりすごい勢いで減っています。それが政策作りにも反映されていて、以前であればアスベストに暴露して中皮腫にかかるのを防ぐとか、本当にかわいそうな人を救おうという政策が中心でしたが、今やメンタルヘルス対策のように、職場の問題か、本人の問題かわからないようなところにも公共政策が及んできている。
 それと足並みをそろえて裁判所も疾病障害者、とりわけ精神障害者にある意味優しくなってきています。具体的には健康配慮義務といいまして、素因を持っている方を働くことで発症させない、あるいは発症後に増悪させない義務であるとか、疾病障害があっても簡単に解雇しないようにする義務、あるいは障害があっても、それに応じた配慮、就労支援の手助けをなるべくしてあげる義務が、裁判所の当たり前になってきています。中でも特に強調したいのは精神障害者に対する手続きを求めるようになってきていることです。以前であれば精神障害で異常行動などが見られたら、解雇するなり休ませてかまわないとしていた裁判所が、最近はしかるべき手続き、専門医に診せたり、適材適所を探るなど、そこで最善を尽くさない限りは不利益措置は講じてはならないとなってきています。
 齊藤 そういった救済の動きがある半面、一方ではけじめ、規律も必要ということでしょうか。
 三柴 おっしゃるとおりで、法律論とは究極的には社会の秩序を作ったり、守ったりするという使命があります。職域においても疾病障害者への対応で社内でルールを設けて、病気でなかなか働けないとか、あるいは成績が悪い状態が続くということであれば、休職、降格、解雇等をすると書いておけば強制ができるということ。また、民法という基本的な法律でも働かざる者食うべからずということが書いてあるわけですし、また公務員法でも分限処分というのが書かれています。一定条件を満たす場合には、たいてい指定医の受診を求めますが、降任、免職、休職ができるとされています。兵庫教育大学事件というケースでは、問題行動が目立った公務員について、10年以上にわたって半ば塩漬けにするような措置を取ってきたことが、かえってけじめをつけず、まずかったといった判例もあります。
 齊藤 救済とけじめのバランスを取っていくということですが、産業医をやっていますと、仕事が遅い、できない、ミスが多い、注意すると聞いていないといった困った社員がいて、上司から「産業医と面談してこい」といわれて面談することが時々あります。そして、産業医はどういうことが職場で起こっているのかを本人の立場から聞くと思います。疾病性と事例性ですが、事例性について本人の言い分、上司等の言い分を併せて聞き、変えることができることがあれば変えていく、それが合理的配慮ということだと思います。その中でプライバシーについていつも問題になるのですが、この辺はいかがでしょうか。
 三柴 大前提、大原則として健康管理のほうがプライバシーよりも重いということを関係の方は銘記される必要があります。とはいえ、医療行為と同じで、本来まずい行為を行うには手順をもって解除をしていく必要があり、プライバシーを解除するためのポイントは3つです。1つ目は本人同意を取る努力をすること。2つ目はなるべく医療者が情報を扱うこと。3つ目はルールを作って、それに従った措置を取ることです。
 もう一つあえて言えば、情報を加工するということがありますが、この際にルールは縛りをかけるものというよりも、情報を扱いやすくするために使う、活用するという発想が必要かと思います。つまり、職場で健康情報はこのように扱うと書いておけば、これは縛りというよりも、逆に情報の扱い方、処方箋のようなものを示しているともいえるのです。
 齊藤 産業医が聞いて、本人が「これは言わないでくれ」ということになると、産業医の頭の中にあるだけでは話が一歩も進みませんから、とにかく本人に同意してもらって、そこを進めることをまず最優先するわけですが、今先生がおっしゃったようなかたちで事前にルールを作っておいて、ごたごたしないようにしていくのが望ましいですね。
 三柴 おっしゃるとおりで、例えばルールで産業医の面談を書いておくとか、関係者間の情報共有を書いておくというようにすると、必要な場合には本人同意、インフォームド・コンセントの努力はするものの、仮に取れなかったとしても、そのルールに基づいて取り扱うことができるのです。その際のポイントが先ほど申し上げた3点なり4点になるのです。
 齊藤 産業医の立場というのは、会社と契約して、会社に雇われている。目の前のメンタル疾患の職員と診療契約を行っているわけではないので、そういった立場からも先生が今おっしゃったようなことが言えるのですか。
 三柴 非常に乱暴な言い方をすると、臨床医に比べると産業医のほうが事業者に対して秘密を漏らしやすいといっていいと思います。というのは、結局、事業者に使われている存在なので、法的位置づけはその手足になるのです。ですので、手足と頭が情報連携できなかったら仕事にならない。医師としての守秘義務は基本的には負ってはいるのですが、正当な理由があれば漏らせるわけですし、その正当な理由を説明しやすい立場にあるという言い方もできると思います。
 齊藤 さて、こういうメンタル疾患の職員が安静加療で休む。その後、精神科主治医から復職可という診断書が出て持ってくる。復職面接をすることになると思うのですが、その場合に時に元の職場の人が「あの人に戻られるとたいへんだ」という反応をすることがあります。そういった場合に産業医としてはどういった動きが考えられるでしょうか。
 三柴 臨床医と違って産業医の仕事のエッセンスは働きかけではないかと思います。確かに不調者が働けるかどうかの就業判定は産業医にとって重要な業務で、検査に基づいて診断をするような作業とは違って、手続きを踏む中でおのずと答えが出てくるようにファシリテーションするということでないといけません。したがって、ハレーションを起こしやすいような場合には、あらかじめ周囲に対して、この人が働けるかを見分けるために、言い方は悪いですが、やめていただくためにも一度戻さなければいけないのだと。そのために、戻れるための準備を皆さんで話し合ってほしいと説得しなければいけない。本人に対しては、戻るための条件として、職場なのでこういうことがあるということを約束しないといけない。そこはインフォームド・コンセントしなければいけない。面倒くさいのですが、そのうえで戻して経過観察する手順が必要になってきます。ですから、産業保健の本質というのはおそらく手順と働きかけの2つに尽きるのではないかと思うことがよくあります。絶対の診断基準のようなものが立ちにくいからなのですが。
 齊藤 その辺が手続的理性だと思うのですが、主治医の力も借りて、例えばリワークをするとかもありうるのでしょうか。
 三柴 おっしゃるとおりで、職場だけでは用意できるポストが少ないということも往々にありますし、またメンタル不調者対応の専門性がないことも多いので、第三者機関に預けて就労能力を回復してもらう、また見極めてもらうのはいい方法だと思いますし、現にそのような方法が取られています。職場でリワーク的なことや、試し勤務をさせる例も多いのですけれども、賃金の問題とか労災の問題とかいろいろ複雑な問題も出てきますが、裁判所の考え方は、はっきりしていません。これらは海外でもデンマーク、オランダなどで取られている方法です。
 齊藤 どうもありがとうございました。