ドクターサロン

 池田 浜田先生、まず石灰性腱炎とはどのような疾患なのでしょうか。
 浜田 肩関節に腱板というものがあり、この腱板に炭酸アパタイト結晶、つまり石灰が沈着する病気です。この沈着した石灰により肩関節の炎症や、機械的刺激による肩関節痛を起こす疾患です。
 池田 石灰沈着症の一つなのですね。
 浜田 はい、そうです。
 池田 肩に多いというのは何か理由はわかっているのでしょうか。
 浜田 その理由はわかっていません。発生部位に関する研究論文はありません。
 池田 では、なぜ石灰沈着が起こるのかという原因もわかっていないのでしょうか。
 浜田 それはかなりわかってきてます。肝臓で作られるフェチュインAという物質があり、これは石灰化を防ぐ物質です。局所でこのフェチュインAが不足するためにアルブミン、アポリポ蛋白、フェチュインAが結合し石灰の一番のもとになります。そして次第に自己増殖的に増え、目に見えるような大きさの石灰化を起こすと考えられています。
 池田 肝臓で作られたフェチュインAが末梢循環に乗って腱のところまで行くのですね。
 浜田 そうです。
 池田 それが行っていないか、あるいは働かないか、そのような状態で石灰が沈着してしまうのでしょうか。
 浜田 そのように推測されます。
 池田 このフェチュインAというのは例えば遺伝子多型があって、そのせいで起きやすい人、起きにくい人があるのでしょうか。
 浜田 きっとそれはあるでしょう。人口の2.7~7.5%の方に石灰沈着があると報告されています。でも、人口の2.7~7.5%となると、石灰沈着性腱板炎は高頻度に起こって、糖尿病程度に外来にたくさん患者さんが来るかもしれませんが、それほど多くないということは、無症状のために気がつかず経過する方がかなり多いと推測されます。
 池田 多少沈着しても、炎症が起こらなければわからないのですね。
 浜田 そうです。
 池田 起こしやすい年齢や性別はあるのでしょうか。
 浜田 あります。発症年齢は40~50歳代です。平均52歳で、女性が男性の4倍ですから、明らかに中年の女性に起こりやすい病気といえます。
 池田 どうして女性なのかの何か情報はあるのでしょうか。
 浜田 それに対してはきちんとしたデータはありません。ですから、私自身も「なぜか」と問われると、よくわからないと答えます。
 池田 中年女性ですから、ホルモンバランスのことでしょうか。
 浜田 女性は45歳以降エストロジェン分泌が減少しますので、エストロジェン量と関係している可能性はあります。では男性はどうして発症するのかとなりますが、そこを質問されると、また答えられません。
 池田 質問の症例は64歳・男性ですね。ですから、多くはないのでしょうが、男性でも生じるのですね。
 浜田 そのとおりです。
 池田 多分痛みで受診されるのだと思われますが、どのような症状が起きるのでしょうか。
 浜田 例えば、最も多いのが足の母趾に起こる痛風の発作、それから膝に好発する偽痛風の発作、そして肩の石灰沈着性腱板炎の急性の激しい痛みで、全く手を上げられなくなる症状が多いです。
 池田 今まで何ともなかったのがいきなり激痛で肩を動かせないので、先生のところに来るのですか。
 浜田 そうです。激痛で全く肩が動かなくなったという中年の女性が来た場合に、最初に考える疾患は石灰沈着性腱板炎です。
 池田 急性期はそうなのでしょうが、それから何回か繰り返していく場合はありますか。
 浜田 例えば、3カ月ごとに、何度も発作を繰り返す症例もあります。それは亜急性期といって、症例の7%を占めます。それから、沈着した石灰物質が意外と大きくて、手を上げる際に肩の上にある肩峰に当たり、機械的刺激で痛みを起こす慢性期があります。あと、拘縮のため肩が動かない拘縮タイプというように本疾患を幾つかのタイプに分けることができます。
 池田 それから症状がない方もいらっしゃるでしょうね。
 浜田 はい。おおよそ10%ぐらいは外来でレントゲンを撮って、石灰はあるけれども、石灰が原因の肩関節痛と診断できない症例になります。
 池田 単純に石灰が沈着しているからこの疾患だということでもないのですね。
 浜田 石灰を見つけたらすぐ肩石灰性腱炎だと診断せず、そうではないかもしれないと考え診察することが本疾患の診断のポイントです。
 池田 単純なものではないということですね。
 浜田 レントゲンで石灰を見つけても、それをうのみにして病名をつけないほうがよいと思います。ただ、急性期の激しい痛みの場合は、レントゲンで石灰を見つけたら、これは肩石灰性腱炎と診断します。
 池田 急性期、亜急性期などとありますが、1人の症例ですべてが見られるのですか。
 浜田 それは決してありません。しかしどれかの病期に分類することができます。
 池田 多彩ではないのですね。
 浜田 はい。基本的には1病期しか表現型はないです。
 池田 それもまたおもしろいところですね。
 浜田 そうですね。
 池田 病期に関しては、例えば石灰の沈着している部位や大きさなどと関係があるのでしょうか。
 浜田 部位は棘上筋腱が51%です。棘下筋が45%ですから、肩の上にあるこの2つの腱で96%を占めます。それ以外の小円筋腱、肩甲下筋腱は非常にまれです。
 池田 沈着する部位はだいたい決まっているのですね。
 浜田 決まっています。
 池田 沈着した石灰の大きさは症状と関係あるのでしょうか。
 浜田 影響すると思います。大きいサイズの石灰物質、もしくは複数箇所に沈着している石灰物質がある場合は発症しやすいでしょう。
 池田 1回石灰が沈着すると、ずっと大きくなっていくのでしょうか。それとも、ある程度までいくと止まってしまうのでしょうか。
 浜田 ある程度まで大きくなると止まると思います。腱の中で形成され少しずつ石灰のサイズが大きくなっていくと腱内圧が高まり、それ以上大きくなれない状況になるでしょう。最大な石灰物質は3×5㎝ぐらいでした。
 池田 そんなに大きいのですか。
 浜田 これは非常に大きかったです。
 池田 びっくりしますね。診断と鑑別診断はどうされるのでしょうか。
 浜田 急性期に関してはレントゲンで石灰化があり、激しい痛みがあれば、間違いなく肩石灰性腱炎と診断できます。あと、石灰があって、可動域制限がない。しかし、水平内転(反対側の肩に手で触る動き)とか、90度外転・外旋した肢位から、内旋したときに痛ければ、それも石灰性腱炎による痛みと理解してよいでしょう。
 池田 例えば五十肩や腱板断裂が鑑別にあると思うのですが、それとは所見が違うのでしょうか。
 浜田 全く違います。この方は60歳代の患者さんですので、五十肩、つまり凍結肩の炎症期や腱板断裂による症状の可能性が非常に高いのです。ですから、単純X線だけではなく、MRI、もしくはエコーを使い、腱板断裂の有無を評価しなくてはなりません。そして可動域制限の有無と程度をきちんと診察する。この2点がポイントになります。
 池田 この方は空手をやられる方ですので、そちらの可能性もかなり高いですね。
 浜田 空手の専門家ですので、腕・脚を非常に使います。それから、相手の攻撃を防ぐために肩にストレスがかかるので腱板断裂の可能性は高いでしょう。かつ、60歳代というのは腱板断裂の頻度が高くなる年齢ですので、腱板断裂があるかもしれないという視点は診察時に大切です。
 池田 鑑別の結果、肩石灰性腱炎の場合、どのような治療をされるのでしょうか。
 浜田 腱板の上には肩峰下滑液包という大きな袋がありますが、そこに局所麻酔薬とステロイドの注射をする。それで症状が改善した場合は肩石灰性腱炎の可能性が高い。最初の治療法はこの注射だと思います。
 池田 鑑別的治療にもなるということですね。
 浜田 そのとおりです。
 池田 その場合は石灰の大きさの影響はあるのでしょうか。
 浜田 影響します。石灰の大きさが1×1㎝以下であれば石灰沈着部に針を刺して石灰の大きさを小さくすることができますが、サイズが1×1㎝以上の石灰はそれはかなり困難ですので、外科的に摘出する手術治療を選択したほうが短期間で効率よく治せます。
 池田 最初に局所麻酔薬とステロイドを注射してよかったという患者さんでも、時間が空いてしまうとまた痛みが出てくるのでしょうか。
 浜田 1回の注射で完全に良くなる方もいますし、症状が再発して再診される方もいますので、それぞれの患者さんによっていろいろなバリエーションがあります。
 池田 石と聞くと、体外衝撃波のようなものを使われるのでしょうか。
 浜田 石灰に対しても体外衝撃波が使われます。体外衝撃波を使って石灰を治療した場合は、1年後に石灰像は86%の確率で消えます。
 池田 それほど好成績なのですね。
 浜田 好成績です。腎結石よりいいのかもしれません。
 池田 比較的石灰が大きい場合は体外衝撃波というのも一つの治療選択になるのですね。
 浜田 治療選択になると思います。
 池田 ありがとうございました。