私は国際医療福祉大学大学院「医療通訳・国際医療マネジメント分野」の分野責任者として医療通訳者の養成も行っておりますが、日本の医療機関で英語医療通訳の需要が高い診療科として「産婦人科」があります。
「産科」の英語はobstetricsであり、「婦人科」の英語はgynecologyとなります。このobstetricは「助産師」を意味するmidwifeを意味する言葉なのですが、このmidwifeという用語も「wife(女性)に付き添う人」というのがその語源です。ですから日本には存在しない「男性の助産師」のことを英語圏ではmidhusbandではなく、male midwifeと表現するのです。
日本語の文脈では「ギネコロジー」と発音されるgynecologyですが、英語では「ガィネコロジー」のように発音されます。そして「産婦人科」はこのobstetricsとgynecologyを合わせてObGyn(「オー・ビー・ジー・ワイ・エヌ」のように発音)と表現します。ただ英語圏ではこのObGynという診療科をWomen's Healthのようにも表現します。
産科の中でも「周産期医療」はperinatologyやmaternal-fetal medicine(MFM)と呼ばれ、その専門医はperinatologistやMFM specialistなどと呼ばれます。また「新生児医療」はneonatologyとなり、「新生児集中治療室」を意味するNeonatal Intensive Care Unitの略語であるNICUは「ニキュー」のように発音されます。
「妊娠している」を表す表現としては、皆さんご存知のpregnantのほかにも様々な慣用表現が存在します。形容詞としてはpreggers/expecting/knocked up/up the duffなどがあります。特にknocked upとup the duffは「できちゃった」というニュアンスのかなりカジュアルな表現です。このほかにもhaving a bun in the oven(「オーブンにパンが入った状態」=「妊娠している」)や、eating for two(「自分と胎児の2人分食べている」=「妊娠している」)のような表現もあります。
患者さんに「ご懐妊ですよ」と伝えたい場合には“You are pregnant.”という直接的な表現のほかにも“You have a baby on the way.”のような間接的な表現もあります。また妊婦さんに「今回出産をご希望されますか?」と尋ねたい場合には、“Are you happy with this?”のような直接的な表現よりも“Has this pregnancy come at a good time for you?”という間接的な表現の方が良い印象を与えます。また、「ご主人は協力的ですか?」のような質問をする際には少し注意が必要です。英語の医療面接ではNo judgementとNo assumptionが原則です。妊婦さんは必ずしも結婚をしていたり、彼氏がいるというわけではありません。ですから“Is your partner supportive of this pregnancy?”のようにpartnerという表現を使うことをお勧めします。
日本では妊娠週数のほかに妊娠月数を使うことが一般的ですが、英語圏では妊娠週数に加え、「3カ月」を意味するtrimesterという表現が広く使われています。日本では「学期」という意味だと思われているsemesterですが、これは「6カ月」を意味する言葉ですので、前後期制の大学でしか使えません。ですから「3学期」と言いたい場合にはthird termのように表現する必要があります。日本では「十月十日」という表現が定着していますが、英語圏では妊娠期間である40 weeksを9 monthsと捉え、それを3分割してfirst trimester(Week 1-12),second trimester(Week 13-27),and third trimester(Week 28-40)と呼んでいます。
最初の3カ月であるfirst trimesterでは実に多彩な症状が現れますが、その中でも代表的な症状である「つわり」は英語でmorning sicknessとなります。特に強いつわりは「妊娠悪阻」hyperemesis gravidarumと呼ばれ、この略語であるHGは一般の方にも知られています。またこの時期は特定の食べ物に対して食欲が異常に亢進したり、逆に特定の食べ物を見るだけで気持ちが悪くなったりもします。前者はfood cravingsと呼ばれ、後者はfood aversionsと呼ばれます。そしてこの時期はホルモンのバランスの乱れにより、「情緒不安定」が顕著となりますが、英語ではこれをmood swingsと表現します。
妊娠中期であるsecond trimesterでは、first trimesterで見られた不快な症状がなくなり、妊娠の喜びを実感できることが多いため、英語では“golden period”とも呼ばれます。この時期にはお腹が大きくなって「お腹の張り」も生じてきますが、それが子宮の収縮によるものであればcrampingと、そしてそれが子宮を支えている円靭帯が引っ張られることによるものであればround ligament painsと表現されます。この時期から「腹帯」も使われますが、これは英語ではmaternity beltやpre gnancy support beltなどと呼ばれます。そしてこの時期には「胎動」も感じますが、これにはfetal movementsのほか、「初めての胎動」としてquickeningという呼び名があります。ただ一般的にはbaby's movementsやbaby's kicksといった表現の方がよく使われます。
妊娠後期であるthird trimesterでは「妊娠高血圧症」pregnancy-induced hypertension(PIH)が重要になりますが、英語圏ではこれをgestational hypertensionとも呼びます。英語のgestationは「妊娠」を意味するので、黄体ホルモンであるprogesteroneは「妊娠(gestation)を支える(pro-)」という意味になります。ちなみにestrogenは「発情(ester-)の元(-gen)」という意味です。ですからこのestrogenが低下する「月経前症候群」premenstrual syndromeの略語であるPMSは動詞として“She is PMSing.”「彼女、生理前で機嫌悪いんだよね」のようにも使われるのです。
またこのPIHで蛋白尿を伴うものを日本では「妊娠高血圧腎症」と呼びますが、英語圏ではeclampsia「子癇」の前に起こる症状群としてのpre-eclampsia「子癇前症」という表現が広く使われています。先ほど述べたPIHは英語圏では医療者の間でもあまり使われておらず、日本で言うPIHとしてはこのpreeclampsiaが医療者にも使われています。
「陣痛」は英語ではlabor contractionsですが、「前駆陣痛」であるfalse labor contractionsは固有名詞を使ったBraxton-Hicks contractionsとも呼ばれています。これは専門用語ではありますが、英語圏では妊婦さんへの説明にも普通に使われている用語です。
英語圏では日本よりもpainless delivery「無痛分娩」が一般的ですが、その場合にはepidural anesthesia「硬膜外麻酔」が必要になり、英語圏では患者さんもこれをepiduralと呼んでいます。そしてこのepiduralを行う際に、日本ではよく「エビのように背中を丸めてください」のような指示をしますが、これを英語で表現する際には注意が必要です。日本では背中が丸まった動物として「エビ」を例にするのですが、英語圏の人にshrimp/prawnと表現しても「エビは丸まっていないよ」という印象を持たれます。百歩譲ってcooked shrimp「茹でたエビ」と表現しても「丸まっているのは背中じゃなくて尻尾でしょ」という印象になります。英語圏ではもっとシンプルに“Please take a fetal position.”「胎児のような格好をしてください」と表現します。
このように妊娠や出産に関しては日本の医療者にはあまり馴染みのない面白い英語表現がたくさん存在します。もし英語医療通訳者と協働される機会がある場合には、是非色々な英語表現を医療通訳者に尋ねて学んでみてください。