齊藤 ストレスチェックと職場環境改善ということでうかがいます。
ストレスチェックはいつ頃から始まったのでしょうか。
堤 法律として実施され始めたのが平成27年の12月になりますから、約7年たったことになります。
齊藤 ストレスチェックはどの程度の人が受けているかのデータはあるのですか。
堤 最近調べられていると思います。基本、50人以上の事業場であれば義務となっていますので、ほとんどの事業場で行われていると思いますが、50人未満は努力義務です。
齊藤 実施すると、結果を労働基準監督署に報告するのですね。
堤 そうですね。
齊藤 ストレスチェックの中で高ストレスとなった職員に対する対応からうかがいます。まずは産業医は面談をすることになりますか。
堤 産業医には限らないのですが、本人の様子を聞いて必要な指導をするというステップに入っていきます。
齊藤 うつ的な状態があれば診療につなげるのでしょうか。
堤 医療的な介入が必要だという判断がなされたら、そういう紹介をすることもありますし、そこまではいかなくても、それなりにストレスを受けているということであれば、職場でどのようなことがあるのかをうかがいます。それをまた職場にフィードバックをすることで職場の状況を改善する。そういう資料を面接の中でいただくことになると思います。
齊藤 職場での状況をうかがい、その中で、うまくやっていけないだろうということになると、異動という話になりますが、産業医がそう判断しても、総合的な判断になりますね。患者さんと診療医が1対1で完結する診療とは違って、産業保健ではその他の関係者を巻き込んだ動きになりますから違いますね。
堤 病的な状況というのは、経験のある産業医だとある程度把握ができるかもしれませんが、職場でどういう問題が起こっているのかということになると、本人からの話だけではなくて、上司や周りの方の情報も総合しないとわかりません。そういう関係者の方からの情報収集が大切になってくると思います。
齊藤 その場合、産業医一人ではなかなか難しいので、産業保健スタッフや人事の方の力を借りるのでしょうか。
堤 本人の同意を得たうえになると思いますが、その他の方々からも情報をいただいて、その方にとって改善ができるのだったらそういう情報のためにいろいろな力を借りるかたちになると思います。
齊藤 本人の同意が重要になりますか。
堤 そうですね。その場ではクライアントと医師の関係の中でお話をしています。その後に、例えば、職場の環境を変えなければいけないときには、上司にお願いしなければならず、その方の情報をある程度上司の方にもわかっていただく必要があります。そういう情報の授受を含めて本人の同意があって職場の改善なり、極端ですが、異動のような配慮が発生すると思います。
齊藤 本人は自分の心の中のことがみんなに知られて嫌だという方もいると思うのですが、その後にポジティブに向けていくために必要ということで説明して同意していただくのでしょうか。
堤 そうだと思います。
齊藤 もう一つ、高ストレスの人がたくさん集まってしまうような職場がわかってきますね。
堤 そうですね。ストレスチェックの本来の意図はその辺にあります。ストレスチェックの質問票だけでそれほど病的な方がピックアップされるわけではなく、その職場でたいへんだとかいう情報が入ってきたものから、その職場の改善に結びつけるのが本来の趣旨だと思います。
齊藤 その場合にどのようなかたちでそれを促進するかだと思うのですが、短絡的に職場のトップのやり方が悪いみたいなことになってしまうとぐあいが悪いですね。
堤 そういうこともあるかもしれませんが、今、ストレスチェックで幾つかの概念が測定されるようになりました。その中でどういうところがこの職場はぐあいが悪いのかを探っていくようなかたちになると思います。そういったときに、職場のことをよくわかっている方、産業保健スタッフや、労働者が一番職場のことをわかっているので、彼らから情報をいただくと、「ああ、この職場はこういうような点を改善すると、ストレスチェックの点数、集団分析の結果が良くなるな、という目安をつけるために調査、検査をしている」という考え方が理解されやすいと思います。
齊藤 そうすると、職場の方々の思いをうまく酌み上げていくような動きが必要になりますか。
堤 そうですね。
齊藤 職場での自主的な点検でうまくいけば一番いいですね。
堤 やはり労働者が一番職場のことをご存じですので、労働者の方からうかがってもいいですし、進んでいるところでは労働者の方々がグループワークをして課題を見つけ、その課題を改善するためのアイデアを出していくようなかたちでストレスチェックをしているところもあります。
齊藤 そうやって職場の空気が良くなるといいのですが、こういった一連の動きに衛生委員会との関わりが出てきますか。
堤 とても大切です。ストレスチェック制度はきちんとした制度ですが、その運用は職場に合ったかたちになるので、それぞれに発生する決めごとを衛生委員会の中で審議しておき、例えば情報はこういう管理をしようとか、面接をされる方はこういうようなタイミングでしようということを決めたうえで、進めていただくのが大切かと思います。
齊藤 産業医は衛生委員会に出るので、そこで皆さんの合意を得ながらやっていくということでしょうか。
堤 そうですね。非常に大切です。その中で皆さんにストレスチェックの意味をわかっていただいて進めるのがとても大事かと思います。
齊藤 ストレスチェックが行われて、ある程度の実績が出てきていると思うのですが、これをやって良い方向に向かったという、エビデンスはありますか。
堤 ストレスチェックには面接指導の部分と集団分析から職場環境改善の部分があり、面接指導の有効性よりも職場環境改善のほうが実は歴史が古くて、多くの研究結果があります。ただ、ストレスチェックが行われ始めてから、その枠組みでされたスタディはまだまだ限られているので、もう少し研究が必要ですが、職場の環境改善をすることで労働者のメンタルヘルスが良くなるという研究はあります。
齊藤 そういった職場の問題、それからストレスチェックを受ける労働者の人たちのメンタルヘルスが良い方向に向かうことが望まれるわけですが、逆にストレスチェックで高ストレスだったけれども、うまく労働者本人とコミュニケーションできないで不幸なことが起こるというような事例もありうるのですね。
堤 非常にまれだとは思いますが、適切に対応することが必要だと思います。面接にできるだけ来て産業医の方と面談していただくというのも一つですが、それを拒むような方に関しては、例えばホームページ等にセルフケアをするような情報などがありますから、そういう情報をお伝えし、自己管理していただくというような方法を提供すると、そういう事故の確率なども減ってくるのではないかと思います。
齊藤 体の健康診断はあったのに、メンタルヘルスが重要になってきても、何もなかったですが、このストレスチェック制度ができて、そちらにも手がかりができたということからも、非常に重要な制度だということでしょうか。
堤 私はそう思います。心身両面で元気に働いていただくための一つのツールではないかなと思います。
齊藤 ありがとうございました。
職域精神保健の課題(Ⅰ)
ストレスチェックと職場環境改善
北里大学公衆衛生学教授
堤 明純 先生
(聞き手齊藤 郁夫先生)