ドクターサロン

 大西 「職域精神保健の課題」シリーズの一環として、企業はどこまで合理的な配慮をすべきであるかということでお話をうかがいます。
 私も長年、産業医活動にも関わっているのですが、今、新型コロナウイルスが流行していて、働き方も随分激変しているような状況で、私も産業医としていろいろな相談を受けています。メンタルヘルスの相談も多いと私自身は感じていますが、先生は、このコロナが流行している状況で、現在の状況に対してどのようにとらえていらっしゃるか、そのあたりからお考えをお聞かせください。
 三宅 都内にはIT系の企業が多いというのもあって、私もメンタルヘルスは以前から課題だったのですが、コロナ禍でちょっと質的に変わってきたというのがあります。IT系の企業はリモートワークの導入が容易であるため、コロナ禍で2年近くリモートワークしている方が増えているのです。そういう中で、リモートワークになった直後は出勤のストレスが減ったと皆さん快適に働けていたのですが、コミュニケーションの質が下がったり、マネージメントがしにくいということが出てきました。マネージャーや新入社員も入社以来ずっとリモートワークで、一度も会社の人とリアルに会ったことがないというような、俗にいうリモートうつのような、孤独とかコミュニケーションの不足から来る新しいタイプのメンタル不調が、この2年で増えてきたと感じています。
 大西 私もそういった社員の方と話してみると、最初はうるさい上司から離れて少しやりやすくなったという方もいる一方で、リモートばかりだと本当に人と関わらなくなってしまって、非常に孤独感が募ってしまうということをおっしゃる方がいます。特にまだ仕事に慣れていない1年目や2年目の方がかなりいろいろ問題を抱えているように感じるのですが、そのあたりはいかがですか。
 三宅 私はもともと産業医としてかなり社内で研修を行うタイプなのです。新入社員や管理職に、必ず研修を年に何回か行っています。若い方は学生時代からリモートに慣れているところも一部あって、若い人にとってはリモートワーク自体が問題ではなく、健康リテラシーがすごく低いことが問題になっています。出社していた頃は体調が悪ければ横の上司が気づいたのが、リモートワークだと気づかないようなかたちに当然なります。管理職も新入社員も含めて、基本的なことなのですが、食事と運動と睡眠とストレスケアの方法をしっかり教育して、自分で自分を見られるようにすることを意識づけています。それを行ってきたら比較的自分で不調になるのを防げたり、不調のときに早めに声をかけてくれる社員が増えてきて、こうした教育が浸透すると、リモートワークでも健康管理はできるのかなという気がします。
 大西 なかなかリアルでコミュニケーションが取りづらくなっているという声をよく聞きますが、そのあたりはどのような対策を取ったらいいでしょうか。
 三宅 1週間、すべてリモートワークの会社であれば、1週間に1回は業務外の話をする時間を作ってもらう。特に週末明けの月曜日の朝はメンタルの調子が悪い人にとって非常に起きにくいので、月曜の朝は業務ではない話を、カメラをONにして少しコミュニケーションする時間を取ることで、上長が気づきやすくなったり、そういうことを行っていただいています。
 大西 出勤されたときに何らかのコミュニケーションを積極的に取ることも大事なのでしょうか。
 三宅 そうですね。ただ出勤して働くのではなくて、せっかく出勤しているのであれば、その時間帯でしっかりコミュニケーションを取れるような時間をアジェンダの中に入れていく。家で働くか、会社で働くかの違いではなくて、会社はコミュニケーションの場のような意味づけを変えている会社も出てきています。
 大西 随分様子が変わってきている感じがしますね。以前から現場ではいろいろ相談を受けることがあり、上司との関係で悩んでいる方が多いのですが、その場合はどのように先生は指導されますか。
 三宅 ジェネレーションギャップやカルチャーギャップのようなものもあるので、昭和の上司に令和入社の方がどう伝えたら伝わりやすくなるとか、上長も困っていたりするので、それを踏まえて上長とも話をし、場合によっては上長と本人と産業医の三者面談をして、認識のずれを合わせていくようなことを行っています。
 大西 長時間労働とか過重労働の問題もあるといわれますが、どの会社も仕事量は多いかと思います。その辺の調整はどうされますか。
 三宅 IT系の企業だと時間的な負荷よりも質的な負荷が非常に高いのです。あと、夜型の人も多くて、フレキシブルな業務の体制を取っていたりすると、本当に深夜に働いてしまっている人もいて、違う課題がリモートワークだからこそ出てきているような気がします。
 大西 私も海外と関係のある企業の産業医をやっているのですが、夜中に海外とのWebの会議をやらなければならず、非常にたいへんだということを言っています。
 三宅 時差がありますからね。
 大西 それでけっこう過重労働になってしまっているというのがありますが、なかなかそのあたりは難しいですね。あと、よく1年目の方、2年目の方の相談を受けるのですが、例えば自分が大学で学んだこととは違う部署に配属されたとか、ちょっと自分には合わないとか、興味がない部署に配属されたという相談をよく受けます。私はいろいろな経験をしたらいいのではないかと伝えるのですが、そういうことで悩んでいる若い方もよくいます。先生はどうされますか。
 三宅 私は大学生のキャリア支援などもボランティアでやっているのですが、一つは成長曲線はそんなにすぐには来ないという話と、早め早めで移動してしまうと、ただ転職を繰り返している人になってしまい、人事としては採用しにくくなります。そういう履歴書に傷がつかないかたちで、合わないなら合わないで1年、2年やってみて、きちんと合わない理由を自分の中で腑に落ちるまで探る1年間として頑張ろう、みたいなことを伝えたりしています。
 大西 中には本当にうつ傾向になってしまって、自身で近くのメンタルクリニックに通院され、そこの診断書をお持ちになって、いろいろな治療を受けてそういう病で休職される方も多いです。クリニックとどう連携を取るかとか、人事とどう調整するか、ちょっと苦慮する場合も多いのですが、先生はそのあたりはどうされていますか。
 三宅 本人づてで主治医に手紙や診断書の依頼をかけてしまうと、主治医も会社のルールがわからない中で書いてしまうので、全然できないことを書いてしまったりするのです。なので、お休みするときに「しおり」というのを作っていて、この会社でできる配慮はこれとこれとこれですよと書いてあって、主治医として今必要なものにチェックをつけてもらうかたちにしています。そうすると、その中でどれが必要なのかを刷り合わせるコミュニケーションになるので、すれ違いが減るのではないかという気がします。
 大西 今ストレスチェックテストが義務づけられていて、その結果に基づいて面談をするケースがあるのですが、あれをうまく利用するようなコツは何かありますか。
 三宅 ストレスチェックの組織分析はすごく意味があるのです。悪い部門は原因があるのですが、そこを追及するかたちになると、そこのマネージャーがよけいストレスになってしまいます。私が行っている企業では、すごく悪いところよりも、すごくいいところのマネージャーにヒアリングをかけ、そこで行っているグッドプラクティスを悪い部門に「ぜひやるといいよ」というかたちで紹介すると、全体的にスコアが良くなってくる傾向があるように思います。
 大西 本当に病気になられて、かなり長期間休職されるケースがあって、そういう場合は会社の人事としては法的にあるところで区切りをつけたいという意向の相談を受けます。でも本人と会うと、もう少しやってみたいという。その狭間で判断を迷うこともあるのですが、なかなかそのあたり、どのようにしたらいいか、よくわからないこともあります。いかがですか。
 三宅 そもそもそれが労災なのか、私傷病なのかでも違うと思うのですが、基本的に私は傷病であれば就業規則の範囲の中でやっていくしかないと思います。時代的には両立支援だとか、障害がある方の合理的配慮だとか、そういうものが企業の中で義務化されてきているので、がんになっても、障害があっても働き続けられるという方向に向かっていかないと、人生100年時代といわれているのに、労働者がどんどん辞めていってしまうのではないかという気がします。
 大西 コロナ禍でかなり社会のあり方が変わりそうなのですが、今後どのような方向に向かっていくのがよいと思いますか。
 三宅 私が担当している企業がかなり大手のITなので、今回コロナで完全にリモートワークになったのです。そのような中で、住む場所も飛行機で来られる範囲までいい、みたいなかたちになってきました。そうなったときに正社員か、正社員ではないかという話ではなく、この会社で正社員として働くのか、一部の業務提携だけをするのか、副業で生活を成り立たせるなど、働き方がかなり多様化すると思うのです。そのときに産業医はどこまでの範疇を見るべきなのか、まだ法律が追いついていません。もしかしたら究極的には個人に対して産業医がつくという時代も来るのではないかという気がしています。
 大西 ありがとうございました。