ドクターサロン

 中村 白波瀬先生にこの企画の意図や狙いをお教えいただければと思います。
 白波瀬 職域のメンタルヘルスというのはこれまで長い歴史があって、先人の方々が随分いろいろと積み重ねてきました。新型コロナウイルス感染拡大で、これまでのやり方を一から作り直すような状況が生まれています。今一度ここで、新たな気持ちで職域のメンタルヘルスというものを考え直してみるにはとてもいい機会ではないかと、このような企画を考えました。
 中村 働き方改革のようなものも入ってくるのですね。
 白波瀬 おっしゃるとおりだと思います。
 中村 私どもは1日の収入を得るためにどうしても働かないといけない状況にあり、その働いた結果として収入を得、楽しく生きていくと思います。その基礎になる職域、働く人の意欲、性格、持っている疾病、いろいろな条件がこれに絡んでくると思うのですが、この辺はどうお考えでしょうか。
 白波瀬 一つは、先生がおっしゃったとおり、働くのは何かしらたいへんなことで、たいへんなことだから対価が得られ、我々はその対価をもっていろいろ楽しむという生活をしている。それによっていわば精神的な健康を保つ。こういう側面があると思います。もう一つWHOは、肉体的にも精神的にも社会的にも、すべてwell beingな状態であることを健康の定義としています。この「社会的にもすべてが満たされる」という中には、働ける、社会に参加している、社会に貢献できるということが含まれ、実は精神的な健康にとても重要な部分ではないかと思っています。
 確かに働くことはたいへんストレスがあって、辛いものでもある一方、そこから我々は健康であったり、ある種の成長のようなものを手に入れているところがあります。働くうえでのストレスのようなものを減らしていかなければならないと思う一方で、いかに働くことから達成感や充実感を見つけ出してもらえるようにするかも、職域のメンタルヘルスに関わっている者の役割の一つではないかと考える次第です。
 中村 その人にとって励みになっていくのですね。
 白波瀬 おっしゃるとおりだと思います。あるいは、働くことが励みになるということをいかにお伝えするかもすごく大事かと思います。
 中村 そうなりますと、職域で働いている人たちの今までの経験もさることながら、持っている性格や、何か病気を抱えているとか、そういったものといろいろ絡んでくるのですね。
 白波瀬 はい。そちらから言うと、確かにこれからは、こういう働き方をせねばならないと一つに限るのではなくて、こういう性格の人、あるいはこういう病を持った人にはこんなふうな働き方がある、そういう多様性を雇用する側も考えていかなければならない時代ではないかと考えます。
 中村 その間に産業医という職域があるのですが、産業医がその調節をするのでしょうか。
 白波瀬 精神保健とか、産業保健、そこがまさに産業医に働いていただく現場だと思うのですが、ここはある意味、無人地帯、no-man’s landといって、戦争で陣地取りをする際の、真ん中にある両軍誰も踏み込めないような場所のように、産業保健や産業精神保健というところはいわゆる専門家がおらず、私が全部知っているとはならないのです。産業医は医学的な経験を持っていると同時に、この誰も専門家がいない場所に、会社の人や、医師など、いろいろな人を呼び入れて、例えばこの労働者にはどのような対応をすると会社にとっても、労働者本人にとっても一番幸せな選択であるのかをコーディネートするような役割がすごく求められてくると考えます。
 中村 そうしますと、産業医も随分勉強しなければいけないですね。
 白波瀬 確かにこれまで医学の勉強をしてこられた方が多いと思うのですが、会社の考え方などを勉強していただくことはすごく大事です。それこそ就業規則をしっかり読み込んだり、私は会社にお願いしてフレッシュマンと一緒に春の新人研修で話を聞いたりして、その企業で働くことがどのようなことなのかを知るようにしています。
 中村 いいお話ですね。産業医も勉強しなければいけないわけですから。
 白波瀬 勉強というか、そこに興味を持っていただくことが産業医にとってすごく大事だと思います。
 中村 産業医も含めてそういう立場で働いていると、ストレスをどうしても受けなければいけない。ある程度私どもにとって励みになるストレスもあると思うのです。すべてネガティブな方向にばかりいくわけではないと思うのですが、その辺はいかがでしょうか。
 白波瀬 それは大賛成です。今の産業保健の世界では、ストレスというととかく悪者扱いなのですが、そもそもストレス学説を提唱したハンス・セリエは、「ストレスは人生のスパイスである」という言葉を残しています。スパイスが強すぎれば刺激が強すぎて食べられないけれども、少ないとやはり味気なくておいしくないという意味で、ストレスは人が生きていくうえでなくてはならないもので、人が成長するためにはストレスがなければいけないともいわれています。
 中村 私も全く同感です。そうなると、受け取る側のほう、先ほど先生にご指摘いただいたダイバーシティに絡むのでしょうが、人それぞれですから、ストレスをいい方向へ持っていってもらうような指導もしなければいけないということでしょうか。
 白波瀬 いわゆるダイバーシティ、あるいは合理的配慮と最近、障害者差別をなくそうという法律の中でいわれていますが、そういう会社あるいは雇用者側ができる配慮は十分しなければいけない。一方で、何が何でも全部合わせていると、これもまた成長にならないので、ここまでは配慮するけれども、君たちもここは頑張ってねという、メリハリを会社が持てるようになることがすごく大事ではないかと考えます。
 中村 そうすると、雇用側もかなり勉強してもらわないといけませんね。
 白波瀬 そうですね。誰かが答えを知っているではなくて、みんなでこの辺がどうも落としどころかなというのを話し合える、そんな体制作りがとても大事になってくると考えます。
 中村 これから長丁場になりますが、先生を含めてご専門の立場でいろいろな領域をカバーしていただくことになります。どうもありがとうございました。