ドクターサロン

 池脇 健康診断で偶然見つかった高 HDLあるいは低LDLはどうしたらいいのでしょうか。日本人は外国人に比べてHDLが高いので、3桁ぐらいの高 HDL血症は時々見かけるような印象を持っています。
 岡﨑 健康診断などですと、それなりの頻度でHDL 100㎎/dL以上や、質問いただいたレベルの120㎎/dL以上を見かけます。
 池脇 HDLは例えば運動で上がるとか、多少生活習慣の影響は受けますが、このレベルの例えば3桁、100以上というのは、遺伝的な背景などが多いのでしょうか。
 岡﨑 はい、たまに飲酒などの影響でけっこう上がる方もいますが、100 ㎎/dLや120㎎/dLを超えてくると遺伝的な割合が増えてくるかと思います。報告によると、HDLが80㎎/dL以上でCETP欠損症という遺伝病の患者さんが30%ぐらい、HDLが100㎎/dLを超えると60%ぐらいといわれていますので、それなりに遺伝的な背景の方は増えてくるかと思います。
 池脇 CETPとはどういう蛋白なのでしょうか。
 岡﨑 正式名称はコレステリルエステル転送蛋白で、主にHDLコレステロール、いわゆる善玉コレステロールの代謝に関わってくる蛋白です。HDLという粒子は動脈硬化の壁のコレステロールを引き抜いて、それを肝臓を介して体の外に排泄していく働きがあります。CETPは、HDLからLDLにコレステロールを受け渡しする蛋白で、CETPがあるとHDLからLDLを介して肝臓から体の外にコレステロールが出ていきます。
 池脇 それが遺伝的に欠損していると、HDL上のコレステロール、正確にはコレステリルエステルがLDLに移れなくて、HDL上に蓄積するので、結果的にHDLコレステロールが上昇するということですか。
 岡﨑 そういうことになります。
 池脇 これは日本で多い疾患なのですか。
 岡﨑 そうですね。比較的日本で多いといわれています。先ほどのような頻度でそれなりにいますので、健康診断で指摘される方もいます。多くはヘテロ接合体の患者さんで、ホモ接合体はまれにはなります。ホモ接合体の場合はHDLのレベルがさらに高く、150 ㎎/dL以上とか、人によっては250㎎/ dL近くになります。
 池脇 ヘテロ接合体の女性で、もともとHDLが高いところにヘテロ接合体が合わさることによってこのぐらいの数字になったり、男性のヘテロ接合体の方でお酒をけっこう召し上がってこのぐらいになるという可能性はありますか。
 岡﨑 あると思います。
 池脇 こういう高HDL血症の疫学をひもとくと、HDLと冠動脈疾患は負の相関ということで、高ければ高いほどいいのかと思ってしまうのですが、今はどう考えられているのでしょうか。
 岡﨑 基本的には、善玉コレステロールが多いと、先ほどのように動脈硬化壁から体の外へコレステロールが流れて、動脈硬化にはいいだろうと考えられます。ただ、CETP欠損の場合には、CETP欠損によってHDLが高いのが動脈硬化にいいのかどうかは実はけっこう議論のあるところになります。 CETPは先ほどのようなコレステロールの正常な流れを担っている蛋白ですので、それが欠損してHDLが高いとなると、肝臓から体の外へのコレステロールの生理的な排泄が妨げられてしまって、かえって体に悪い、動脈硬化を悪化させるのではないか、そういう懸念があり、それを示唆する疫学的な報告などもあったりします。
 池脇 一方でCETPを阻害する薬の開発が幾つかあり、介入試験の結果HDLは上げるけれども、必ずしもイベント抑制効果がないというあたりも、どうもCETPと動脈硬化の関係は複雑な感じがしますね。
 岡﨑 そうですね。CETP阻害薬の試験では必ずしもいい結果が得られませんでした。
 池脇 以前はいいと思われていた著明な高HDL血症でも、ひょっとすると動脈硬化が潜んでいる可能性は一応考えたほうがいいのでしょうか。
 岡﨑 そう思います。CETP欠損では、かえって動脈硬化が悪化しているかもしれないという報告もあったりします。CETP欠損を疑われる方を見かけた場合は、頸動脈エコーや動脈硬化のスクリーニングを行って、もし動脈 硬化リスクが高そうであれば、LDLを少なくとも通常の管理目標以下にしっかり下げたり、場合によってはよりしっかり目に下げたりというふうに診たりしています。
 池脇 そういう方に対して、必要であれば頸動脈エコー、画像の検査等を行うほかに、身体所見、家族歴は何かありますか。
 岡﨑 身体所見は目立ったものはそれほど多くありませんが、角膜輪の報告はあります。それから、高HDL-C血 症は、原発性胆汁性肝硬変や慢性閉塞性肺疾患、甲状腺機能低下症などに伴って起きる(続発性)こともありますので、そのような疾患や症状がないかどうかも大切になります(文献①~②)。
 池脇 LDL、低LDL血症、確かにこれも時々見ますが、これはどう考えられますか。
 岡﨑 LDLは低い分には動脈硬化にもなりにくくていいだろうとなりますが、まれに遺伝的な原因で極端に低いことがあり、そういった場合には、ちょっと注意が必要になります。
 池脇 例えば質問ではLDL 40㎎/dLと示されていますが、極端な例というのはこれよりもっと低い症例ですか。
 岡﨑 そうですね。LDLが15㎎/dL以下であるとか、LDLにはアポBという構成蛋白がありますが、アポBも15 ㎎/dL以下であるなどの場合には遺伝的な原因での低LDL血症の可能性があり、精査が必要です(文献③~⑥)。
 池脇 そういった、患者さんと言っていいのかわかりませんが、そういう病態では何か支障や所見はあるのですか。
 岡﨑 はい、そのような遺伝的な原因による極端な低LDL-C血症の場合には、様々な合併症をきたす可能性があります。LDLはもともと肝臓からVLDLとして分泌されたものがLDLに代謝されていくのですが、そういう遺伝病の場合、VLDLの分泌に必要な蛋白(MTP [文献③])、アポB(文献④)が欠損しているために、肝臓からそもそもVLDLが分泌されなくなってしまいます。また、VLDLと同じようなメカニズムで、食事中の脂質が小腸から血中にカイロミクロンとして出てきますが、そういった患者さんではカイロミクロンも分泌されなくなってしまいます。そして、このようなVLDLやカイロミクロンの分泌障害のために、脂の代謝が滞って、肝臓では脂肪肝になったり、小腸では脂肪の吸収障害が起きたり、それに伴う栄養障害が起きたりします。 特に脂肪と一緒に吸収される脂溶性のビタミンが吸収されないせいで脂溶性ビタミンの欠乏による症状をきたします。具体的には、ビタミンA、E、D、Kの欠乏によって網膜色素変性症のような目の症状や、脊髄小脳変性症タイプの神経障害などの合併症が起こりえます(文献③~⑥)。
 池脇 そうすると、低LDLも極端な数字の場合には、いわゆる小腸や肝臓での正常な脂質代謝のどこかが障害されていて、小腸の吸収障害、あるいは肝臓なら脂肪肝という可能性があるから、例えば脂肪肝を見るのであれば腹 部の超音波等々が必要なこともあるのですね。
 岡﨑 そうですね。先ほどのような重度のケースは、基本的には非常に珍しく、ホモ接合体の遺伝病で、幼少時期に発症したり、栄養障害をきたしたり、脂溶性ビタミンの欠乏による症状をきたして診断されたりします。ただし、まれに成人発症のケース、健診で見つかってくるケースもあり、注意が必要です(文献⑤)。ヘテロ接合体の場合には基本的に無症状ですが、脂肪 肝に関してはヘテロ接合体のようなよりマイルドなLDLの低下の場合でも起きることがありますので、脂肪肝にはちょっと注意が必要かと思います。
 池脇 それほど頻度は多くなくても、健診で極端な低LDL血症が見つかった場合は遺伝的な疾患が背景に隠れている可能性があるので、専門の施設に紹介するのが妥当ですね。
 岡﨑 はい。もしLDLが15㎎/dL以下であるとか、アポB 15㎎/dL以下とか、そういう非常に極端な重度の低脂 血症の場合は合併症を伴う遺伝病の可能性がありますので、ぜひ専門外来に紹介いただければと思います(文献⑤)。
 池脇 そこまで極端ではないけれども、40㎎/dL前後ぐらいの場合、一般 的にそう詳しい検査等々は必要ないと考えてよいのでしょうか。
 岡﨑 40~70㎎/dLくらいの場合は、 遺伝的な関与があったとしても、アポBのヘテロ接合体の欠損などとなります(文献④~⑤)。アポBというのは、小腸や肝臓で脂を運ぶリポ蛋白(カイロミクロンやVLDL)を作るのに必要な遺伝子で、ホモ接合体の欠損だと先ほどのような重症な低LDL-C血症をきたし、ヘテロ接合体の欠損では、40~70㎎/dLとか、ちょうど正常な人の半分ぐらいのLDLレベルになります(文献⑤)。そういったヘテロ接合体の場合には、基本的にはビタミンの欠乏的な症状は起きず、起きるとしたら脂肪 肝になります。ですので、脂肪肝のチェックはどこかしらで時折見ておくといいかと思います。もしLDLが40~70 ㎎/dLなど低値で、脂肪肝も合併している場合は、ちょっと注意してフォローしたり、場合によっては脂質異常症の専門外来に相談いただけるといいかと思います。それから、低LDL-C血症を見た際には、甲状腺機能亢進症や栄養不良など続発性低脂血症をきたしうる疾患が原因となることもありますので、経過やこれらの疾患の症状にも注意が必要となります(文献⑥)。
 池脇 今日は高HDLと低LDL、とても参考になりました。ありがとうございました。
 文献
 ①日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予 防のための脂質異常症診療ガイド2018年版」
 ②寺本麻菜美 遠藤康弘 池脇克則「高 HDL血症『私の治療』」日本医事新報社 No.5004 P.45
 ③難病情報センター 無βリポタンパク血症(指定難病264)
 ④難病情報センター 家族性低βリポタンパク血症1(ホモ接合体)(指定難病 336)
 ⑤厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 「原発性脂質異常症に関する調査研究班」 (無βリポタンパク血症や家族性低βリポタンパク血症1についての総説など)
 ⑥日本動脈硬化学会「低脂血症の診断と治療」(続発性低脂血症の鑑別疾患リストなど)"