山内
無症候性高尿酸血症をどう扱うかは日本でもかねてから議論があり、少し整理してお話をうかがいたいと思います。まず、欧米ではガイドラインで無症候性高尿酸血症に対して薬物は推奨されていないはずですが、一方、日本では、尿酸値8.0以上で「認める」というややあいまいな表現です。このあたりの状況について解説願えますか。
谷口
ガイドラインでは高尿酸血症の治療方針のアルゴリズムがあって、無症候性高尿酸血症で腎障害とか高血圧、虚血性心疾患がある場合に、血清尿酸値が8.0以上であれば治療を考慮する。本文には「考慮する」と記載されています。少なくとも欧米に比べると無症候性高尿酸血症の治療に前向きであるととらえられると思います。
日常臨床でも、高血圧や心血管疾患、慢性腎臓病を持つ患者さんの中には無症候性高尿酸血症の方がよく見られます。この場合、尿酸がこれらに対して何らかの役割があるのかどうかが問題になると思います。細胞培養や動物モデルを用いた実験からは高尿酸血症がこれらの病態形成に関与している可能性が示されています。例えば細胞内では尿酸は酸化促進作用があって、このために一酸化窒素が減少して血管拡張が阻害される、あるいはレニン・アンジオテンシン系の活性化を通して血管内皮細胞を増殖させる、などです。一方、大規模疫学調査の結果を見てみますと、血清尿酸値が高い場合はその後の経過の中で、高血圧や慢性腎臓病、あるいは頸動脈エコーなどで示される動脈硬化が発症しやすいのです。統計学的には独立して高尿酸血症あるいは血清尿酸値が関係するということで、先ほどの実験結果と合わせて高尿酸血症が高血圧や慢性腎臓病の少なくとも予測因子であることは多くの医師が認めていると思います。
山内
一方でアルゴリズムがあいまいな表現にとどまっている。あるいは、欧米はそういったものに対してむしろ否定的な立場になっている。このあたりの齟齬はどうなのでしょうか。
谷口
先ほどの疫学調査は重要な結果を示していると思いますが、高尿酸血症が起こってから心血管疾患なり慢性腎臓病が発症するまでにはかなり長い時間が必要です。その間、血清尿酸値は変動しますし、心血管疾患や慢性腎臓病に関連する治療薬、あるいはこれらに関わる環境要因の変化などをすべて把握することは疫学調査の中では非常に難しいと思うのです。そうすると、前述の疫学調査の結果をもって、高尿酸血症が心血管疾患や慢性腎臓病を起こすとまでは言い切れない、ましてや薬物を用いる治療にまでは踏み込めない、ということになります。
山内
薬剤介入に至るだけのEBMスタディは今のところはないと見てよいのですね。
谷口
そうですね。高血圧の患者さんに尿酸降下薬を投与して効果を調べたランダム化試験は少数ですがあります。降圧効果が認められた、あるいは下肢の血流が改善したという結果も報告されています。これらの報告を重視すれば、高尿酸血症合併高血圧において一定以上の血清尿酸値であれば治療してもよいという意見も出てくるだろうとは思います。これが日本のガイドラインの立場といってよいと思います。
しかし、これらのランダム化試験は規模は大きくなく、結果は一定しません。ポジティブな関連が示された場合でも、薬の用量依存性がなかったりします。2020年のコクランレビューではデータ不十分と記載されています。したがって、無症候性高尿酸血症に対しては原則的に尿酸降下薬を投与すべきではないという考え方も当然あるわけで、これが欧米の立場だと思います。
山内
具体的な話になりますが、日本では、先ほどありました、尿酸値が8.0以上で尿酸降下薬使用を認めるということですが、この8.0という数字には根拠があるのでしょうか。
谷口
疫学調査などで尿酸値が高くなるとリスクが上がってきますので、そういう意味での根拠はあるのかもしれませんが、8.0で区切るべきであるということを示すEBMスタディはありません。それを示す根拠はないと私は考えています。
山内
そもそも尿酸値は変動しますから、これは当然平均して8~9以上と考えてよいのですね。
谷口
そうですね。ワンポイントだけでは決して判断しないということです。
山内
私自身は8ではまず薬を処方することはせずに、9、10あたりでというところですが、先生はいかがですか。
谷口
私も8ではまず処方することはありません。9でも経過を見たりして、できるだけ処方するのは控えています。
山内
あと、腎臓保護のために尿酸を下げるということ、これも弱く推奨とCKD診療ガイドラインで出ています。こちらも「弱く」なのですが、このあたりはいかがですか。
谷口
慢性腎臓病については、心血管関係とは異なって、しっかりとしたランダム化比較試験が4つ発表されています。日本からも報告されていますし、2020年にNEJM誌にも2報載っています。この4試験の中にはeGFRの改善効果を示した報告もありますが、改善効果が示されなかった報告もあります。個々の研究の質はいいと思うのですが、対象症例は異なっています。例えばeGFRの低下程度、CKDの原因疾患に違いがあります。対象症例に含まれる糖尿病の割合が違いますし、糖尿病でも1型であったり、2型であったりします。これら4試験以外の報告もありますが、エンドポイントが蛋白尿やアルブミン尿であったり、さらに結果も一致しません。ポジティブな結果を示す報告はあっても一貫性には乏しいと私はみています。
山内
現時点では少なくとも海外ではあまり使用しなくてもいいという感じでしょうか。
谷口
そうだと思います。ただ、高血圧と尿酸については、若年者では関係がよりはっきりしている。慢性腎臓病と尿酸についても、慢性腎臓病の早期で関連がより明らかなのではないかという意見があります。高血圧や慢性腎臓病の中の特定の一群には尿酸降下薬が効果がある、という可能性はあります。しかし、今のところは、この一群を明確にする証拠はそろっていないということだと思います。
山内
最後の質問ですが、フェブキソスタットに関して、非常に大きな波紋を投げかけたスタディがありますが、この解釈についてはいかがでしょうか。
谷口
2018年に発表されたCARES studyは心血管疾患リスクを持っている痛風患者さんを対象にして、フェブキソスタット、あるいはアロプリノール投与中の心血管疾患発生頻度が両群に違いがあるかどうかを見た大規模な研究でした。この試験では一次エンドポイントでは差はなかったのですが、心血管疾患による死亡、総死亡がフェブキソスタット群で有意に高かったという結果が出て、非常に衝撃を与えました。この結果をもとにアメリカ食品医薬品局(FDA)はフェブキソスタットに重篤な、あるいは生命に関わるリスクがあるとしてブラックボックス警告を出しています。
山内
これはその後どうなったのでしょうか。
谷口
ブラックボックス警告は今も続いていますが、当時からCARES studyは脱落者が多い、両群の投与方法が必ずしもイーブンではない、などの問題点が指摘されていました。イベントの多くが尿酸降下薬中止後に起こっていたため、当時ヨーロッパで行われていた同程度の規模の研究の結果が出るまでFDAは決定を待つべきだったという意見もありました。そのヨーロッパでの研究、FAST studyの結果が2020年にLancet誌に発表されました。方法はCARES studyと異なりますが、この研究ではフェブキソスタットとアロプリノールの間に心血管疾患の発生、心血管疾患による死亡、総死亡に差はなかったという結果でした。
山内
この両者のスタディ、1勝1敗みたいなところがありますので、まだこれから第3、第4のスタディが来ることを願っているところかと思います。ただ、どちらのスタディにしても、痛風の患者さんに対して行われたものであって、無症候性高尿酸血症に対してではないということですね。
谷口
そうです。
山内
どうもありがとうございました。