ドクターサロン

 池脇 久保先生、小児の肥満に対して漢方、特に防風通聖散の効果についての質問をいただきました。 ただ、小児に薬というのはおそらく最後の手段ですので、一般的な小児の肥満への対処を、広い範囲でいただくようにお願いしたいと思います。 まず、最近の小児の肥満はどういう状況なのでしょうか。
 久保 はい。実は、1970年頃から2000年頃にかけて子どもの肥満は3倍ぐらいまで増えていたのです。ところが、ここ最近については世界的に見ても肥満児の出現率はプラトーになっているか、日本では少し減ってきているような状況です。
 池脇 その理由には何が考えられるのでしょうか。
 久保 一つは肥満のことが10年、20年ぐらい前からかなり警鐘を鳴らされていて、文部科学省なども含めていろいろ啓発なり、肥満減少のための取り組みが行われてきた成果が出てきたといわれています。日本だけではなく、外国も同様でいろいろな取り組みをしています。そういった影響でどんどん増えていた状況から今は落ち着いている状況になっています。
 池脇 いわゆる成人の肥満は、食べ過ぎや運動不足が原因だと思うのですが、小児の肥満も基本的には同じような原因なのでしょうか。
 久保 おっしゃるとおりです。子どもでも、ほとんどが食べた分だけ動かないことによるエネルギーの蓄積が原因で、9割近くが成人と同じ、いわゆる原発性肥満だろうと思います。
 池脇 そうはいっても、大人と違って子どもの場合には、それぞれの性格や家庭の環境、食事の影響や周りの環境など、単純にこれというのではなく、ケースによって様々なような気がしますが、どうでしょう。
 久保 おっしゃるとおりで、昔は単純性肥満と呼ばれていたのが原発性となったのは、原因が単純ではないということです。やはり遺伝的な素因もある程度ありますし、要するに家族性の肥満といいますか、家庭環境、生活環境もあります。原因は個々によって全然違います。
 池脇 小児といっても、乳児から思春期あたりも含むとすると、乳児の肥満と幼児の肥満、あるいは思春期の肥満の状況はちょっと違うような気がしますが、どうでしょうか。
 久保 乳幼児期の肥満が健康被害を起こすことはあまりないのですが、思春期ぐらいになってくると、それに伴う健康被害、いわゆる肥満症などを生じてくるケースが多いだろうと思います。
 池脇 どの時期に肥満になるかは別にしても、ある時期に肥満になり、それが持ち越されることで成人肥満につながり、最終的にいろいろな合併症を起こすという意味からすると、やはり早い時期であっても必要に応じて介入する、そういう考えでよいのでしょうか。
 久保 おっしゃるとおりで、現在はトラッキングというのが非常に問題になっています。本当はもっと早くてもいいのでしょうが、いきなりは無理なので、3歳ぐらいの幼児健診で引っかけて、幼児期から予防的なものを進めていこうという流れになっています。
 池脇 肥満症に定義はあるのでしょうか。
 久保 肥満症は健康障害と関連して医学的に減量したほうがいいというものであって、必ずしも肥満の程度が強いから肥満症というわけではありません。
 もちろん肥満児で、そこに例えば高血圧なり脂質異常症などのファクターが加わった場合に肥満症といいます。ただ、子どもの場合にはけっこう太っていても元気な肥満の子がそれなりの人数いますので、肥満症と肥満は必ずしもイコールではなく、その辺の区別は必要だろうと思います。
 池脇 小児科でも久保先生のように専門的に小児肥満の治療をされているところに来るお子さんに対して、どのような治療、介入をされているのでしょうか。
 久保 基本的に子どもの肥満の治療は一に食事療法、それから運動療法、最近では行動療法を加えていますが、食事療法は本人だけではなかなか無理なので、親御さんの教育からまず始めることになります。もちろん、ある程度大きい子になってきますと、食事指導も本人にわかるように説明するようにしています。
 池脇 なかなか小さい子に食事を制限するのは難しそうな気がするのですが、むしろ保護者にきちんと教育をして適正な食事をするのが重要なのでしょうか。
 久保 もちろんそうです。食事を制限する前に、まず食生活を正しくすることです。よく言われているのは早寝早起き朝ごはんで、3食をきちんと取る。夕食を早く取る。夕食の後、夜食を取らない。親御さんの晩酌と一緒に食べない。そのように食生活のパターンを是正して、次はおやつに適当なお菓子ではなくて、ある程度カロリーを考えたものを与えるようにします。小さい子に対してはそういった基本的なところからやります。どちらにしても、小さいお子さんには親御さんがその辺を考えてやるようにします。親が自分たちの生活習慣を改めていくことがまず第一だろうと考えています。
 池脇 確かにそうですね。家の中で子どもだけ食事に気を使って、親は今までどおりというわけにいかないですから、むしろ家族ぐるみで一緒に進めることによって、子どもさんも続けることができるのですね。
 久保 はい、そうです。
 池脇 運動療法とおっしゃいましたが、これはどのような効果を期待して、どのようにして進めているのでしょうか。
 久保 肥満のお子さんはもともと運動が嫌いな子が多いと思いますから、そこにいきなり運動しなさいといってもなかなかできない。これは笑い話にしてはいけないのですが、時々、親御さんが「運動させます」と、空手教室とか柔道教室につれて行く。もともと運動が苦手ですから動きもよくない。いきなりやって骨折して、かえって肥満が悪化したとか、そんなことも起こるのです。ですから、最初は肥満児の運動特性をよく理解して、危険性に留意しながら、ちょっとずつ、その子ができる範囲で、楽しい範囲から進めていくようにしています。
 うまく乗ってきたら1日1時間ぐらい、心拍数が120~140ぐらいの、いわゆる有酸素運動をやっていきますが、それでも運動が嫌いな子はいます。そういったお子さんには例えば食事が済んだら片付けを手伝ってもらうとか、あるいはテレビなどを見ているときでも座って壁にもたれながら見たりしていますので、そういったときはもたれるのをやめさせたり、日頃の生活の中で体をしっかり動かすように、しつけの一環として動かすようにしましょうという話をしています。
 池脇 運動だけではなくて、日常生活で動くようにという指導を先生はされていて、最後に行動療法とおっしゃいましたが、具体的にはどんな療法なのでしょう。
 久保 少し大きい子には、まずどのくらいの体重にしようという目標を設定します。それから運動など、自分でどういうものをやるかを選ばせます。 もう一つは、最近よく言われているセルフモニタリング、これは成人でも言われていると思いますが、体重測定を記録するのです。単純そうに見えて、これはけっこう効果があります。数字がわかるようになってきますと、毎日の体重をカレンダーに書いていくだけでもけっこう効果があります。あるいは、歩数計を持たせて、その歩数を毎日記録するとか、そういったことも効果があります。
 あとは、専門用語になりますが、オペラント強化といいまして、とにかく褒めることです。達成できたら褒める。場合によってはご褒美をあげる。ただ、そのご褒美は決して食べ物であってはいけません。
 あとは、先ほども保護者が食事を気をつけないといけないと言いましたが、とにかく家にジュースとかアイスクリームをなるべく置かないように指導します。それから食事のときも個人のお皿にして、盛り皿にしないというのもありますし、食べ物はなるべく大きく切って、飲み込めないようにするとか、少し固いものを材料にするとか、いろいろ工夫してもらいます。
 池脇 いろいろな工夫があるようですが、最後に質問にある漢方、特に防風通聖散ですが、これはどのように使われているのでしょう。
 久保 漢方薬は苦いのでなかなか幼児期のお子さんには使えないのですが、小児の治療で薬物療法は原則として行いません。しかし日本でもアメリカでもそうなのですが、発達障害のあるお子さんのような場合は、どうしても目標設定など、先ほどのようなことができないことがあり、そういったケースで漢方薬を使うことはあります。実際に防風通聖散をのんで少し改善する方もいますが、私は今まで十数人やりましたけれども、劇的に効いたという人は1例か2例ぐらいです。
 防風通聖散の効果として、便秘の人は便が少し軟らかくなることもありますが、一般には褐色細胞を活性化してエネルギー消費を増すといわれています。ただ、漢方薬で苦いので、なかなかのめる方は限られてしまいます。錠剤もありますが、成人だと1日27錠、適応外ですが小児でも12錠とか18錠をのむとなると、なかなか使いにくいのですが、運動療法や食事療法などの一般的な療法が使えないケースには用いることもあります。
 池脇 基本的には小児の場合にはまず薬物以外で対処して、どうしてもというときには、こういった漢方を補助的に使うということでよいでしょうか。
 久保 原則はそういうことだろうと思います。皆さんもそうされていると思います。
 池脇 どうもありがとうございました。