ドクターサロン

 山内 石井先生、まず、COVID-19に罹患した患者さんに出てくる抗体と、ワクチンを接種した方に出てくる抗体、この2つの差異についてうかがいたいと思います。
 石井 感染とワクチン、特にワクチンは感染のまねをするということで、よく似た抗体が出てくるとお考えの方もいるのですが、ウイルスはたくさんの蛋白に囲まれていて、感染した後はそのたくさんのウイルス蛋白に対して抗体ができます。もちろん、スパイク蛋白という大事な蛋白に対する抗体もできますが、多くの抗体ができますので、変異が起きても、そういった違う抗体でブロックできることから、感染した人は非常に次の感染をしにくくなっているというのが一般的な考え方です。
 一方、特に今回のワクチンはウイルスの穴の外の突起に対する抗体を作るためのワクチンですので、その突起に対する抗体しかできません。なので、ウイルスのほかの蛋白に対する抗体はできず、本来であると感染より弱いといわれています。一方でスパイク蛋白はウイルスのアキレス腱といいますか、そこをつかんで止めておけばウイルスは感染できないため、スパイク蛋白に対する抗体だけでもしっかり感染を防げることがわかっています。なので、2つとも感染を防ぐ抗体ができるのですが、変異が起きたような場合には、たくさんの違う部位に抗体ができる、感染による抗体のほうが、広がりが大きいと考えています。
 山内 これに関連すると思いますが、COVIDにすでに罹患した方にワクチンを打つことで、さらに感染を防ぐ力が強くなると考えてよいのでしょうか。
 石井 感染を経験された方がその後、特にファイザーやモデルナといったmRNAワクチンを2回打つと、非常に強い免疫が誘導できることが知られています。先ほど申し上げましたが、一度感染をすると次の感染はしにくくなっているのですが、抗体もできないような軽症の場合はそれが成り立たない場合があります。2回のワクチンを打っていただくことで、英語ではsuper im munityといって非常に強い免疫ができることが知られています。
 山内 ウイルス感染後にワクチンを打つタイミングに関しては多少議論があるようですが、まだこれは確定していないと考えてよいですか。
 石井 残念ながら定説はありません。基本的に感染後のワクチンですので、皆さん覚えていると思いますが、2回目のワクチンで副反応が強かったように、1回目、2回目とも副反応は感染していない方よりも強いといわれています。ただ、私もよく言うのですけれども、それは非常に強い免疫が起きている証拠でもありますので、もちろん我慢できない程度では困りますが、許容の範囲内でその副反応について自身で今、強い免疫が起きていると理解していただければと思います。それは3カ月後、6カ月後、どちらがいいのかに関してはまだ定説がありませんが、チャンスがあるならば打ったほうがいいと考えています。
 山内 デルタ、オミクロンといった変異株で違いがあるのかという質問ですが、いかがでしょうか。
 石井 アルファ株からデルタ株までの変異の数とオミクロン株に至ってはスパイク抗原という大事な蛋白に30以上の変異があります。今まで既存の抗体薬やワクチンで誘導された抗体に対して結合能が下がっていますので、ウイルスが増殖しやすく、有効率、つまり感染を防御する有効率は下がるというデータがたくさん出ています。一方でいいニュースなのは、重症化や死亡率に関しては弱いということで、T細胞を作るための細胞性免疫やその他、変異で低くなっていない抗体がしっかり効いているのだろうと考えています。
 山内 この場合、変異性が増すごとに病原性が落ちていくということは考えられているのでしょうか。
 石井 もちろん、楽観的に病原性が低いので全く心配しなくていいというメッセージには取っていただきたくないのですが、今まで200年、ウイルスのパンデミックの歴史上、最初は非常に強い病原性があったウイルスでも、だんだんと感染力は上がるけれども病原性が下がるという事実が知られています。これはどのウイルスもそうですので、今回のウイルスだけが特別だとは考えていません。オミクロン株は非常に感染力が強いといわれていますが、おそらく致死率であるとか入院するような重症化率は下がってくると予想しています。
 山内 次は感染を防ぐ値について、どのぐらい抗体価が高いと感染を防げるかという質問です。中和抗体がらみかと思いますが、これはいかがでしょうか。
 石井 これは臨床医からよくお聞きするのですが、抗体検査に患者さんの検体を出して、抗体価が幾つだから、あなたは感染しにくいとか、しやすいとか、もう一回ワクチンを打ったほうがいいとか、そういうアドバイスをしてほしい、もしくはしてあげたいというリクエストが多いのです。残念ながら現在の技術では中和抗体価は測る場所によって微妙に違いますし、抗体価も、いわゆる中和抗体でない限りはブロックできる抗体価と反応しませんので、抗体価が高くても感染する人もいるし、抗体価が低くても感染しない人はいるということになります。感染を防ぐ値というショートアンサーはノーになります。
 ただ、mRNAワクチンを2回打ちますと非常に強い細胞性免疫ができます。2回目を打った後に数週間後をピークに抗体価は非常に高くなって、その後下がりますが、これは歴史上のどのワクチンでも起こる通常の免疫反応ですので、こうしたことは全く問題ありません。抗体価が落ちた後、しばらくずっと、メモリーB細胞とか、プラズマ細胞といって一生続く抗体産生細胞が生きています。ワクチンを打った方はいくら感染が起きてウイルスが増えても、感染していないときとは比較にならない速さできちんとした抗体をT細胞の協力のもとに作ります。こういうことを患者さんに細かく説明する必要はないと思いますが、抗体価の上がった下がったに一喜一憂することなく、2回免疫していれば基本的にひどくなることはないですよと返してあげればいいと思います。
 山内 一般論としては2回ワクチン接種をしていると重症化は非常に高率で防げるということですが、これは3回目をそんなに急がなくてもいいと考えてよいのでしょうか。
 石井 そうですね。今はまだワクチンの接種事業の渦中かもしれませんが、私としては自身に基礎疾患があったり、糖尿病や心血管障害、90歳以上の超高齢者、もしくは老健施設の担当者の方などは、やはり3回目接種をもちろん推奨します。医療関係者もそうです。ただ、通常一般の方々にはそれほど急がなくていいということです。我々、日本ワクチン学会も理事全員の合意のもと、3回目接種はそれほど、全員には推奨される必要はないという見解を出していますのでご安心ください。
 山内 最後の質問ですが、SARSCOVID-2スパイク、これは中和抗体のことでしょうが、Total抗体との違いについて、お聞かせください。
 石井 先ほどから話題になっていますが、スパイク蛋白はウイルスの表面の突起の部分の蛋白です。mRNAワクチンはそのスパイクの蛋白の設計図であるmRNAを2回接種している。なので、スパイク蛋白に対する非常に強い抗体ができているのです。SARSCOVID-2Total抗体とおっしゃいましたが、ウイルスはスパイク蛋白以外にたくさんの蛋白がありますので、Totalというのはそのいろいろな種類に対する抗体ができている状態をいいます。すなわち、感染後の方が体に作る抗体はそういった言い方をしてもいいと思います。その違いは、スパイク蛋白に対する抗体だけではないので、蛋白が変異したようなウイルスでも、ほかの抗体がブロックできるというようなチャンスはある。
 一方、スパイク蛋白のみのmRNAワクチンの場合は、そのスパイク蛋白に対する変異が起きた場合に少しその抗体の威力が下がる。ただ、一方でmRNAワクチンは、今度は感染力の強い細胞性免疫やB細胞のメモリ、免疫記憶を誘導していますので、私はどちらかの優劣は今のところつけがたいと申し上げたいと思います。
 山内 ありがとうございました。