ドクターサロン

 池田 アニサキス症についての質問ですが、まずアニサキスのライフサイクルとはどのようなものなのでしょうか。
 川名 アニサキスは、もともと成虫が海にすんでいる哺乳類(クジラやイルカ)の胃の中に寄生しています。そこで産卵して、便とともに海中に排泄されていきます。その排泄されたものがオキアミに捕食されて、さらにオキアミがイカやサバに捕食されます。イカやサバの体内にアニサキスが第3期幼虫として感染している状態が第2中間宿主と呼ばれるものになります。その第2中間宿主がクジラやイルカに捕食され、胃の中で第4期幼虫から成虫に成長していくというのが基本的なライフサイクルです。
 池田 人間は第2中間宿主を食べてしまって、そこの中に巻き込まれてしまうというパターンですね。
 川名 そうですね。本来であればライフサイクルで完結するようなところを、人間が手を出して食べてしまうことにより食中毒を起こしているということになります。
 池田 第2中間宿主の中にいるときは糸状の状態になっているのでしょうか。
 川名 第2中間宿主の中では糸状の虫体がくるくるとらせん状になって、静かにしていることが多いかと思います。
 池田 それを食べて腹痛とか起こるのですが、実際にアニサキスというのは胃の粘膜に食いついたりして痛みを起こすのでしょうか。
 川名 以前は胃の粘膜にアニサキスがかみつくというか、刺入していくことによって痛みが出るという話も考えられていたのですが、実際のところ、緩和型といわれる状況と劇症型といわれる状況がアニサキス症にはあります。1回目のアニサキス症ではあまり症状が出ない緩和型、2回目以降が症状の強い劇症型になるといわれています。
 池田 1回目はただ入っただけで、そんなに症状がないということですか。
 川名 基本的には1回目にはあまり症状が出ないといわれていまして、そのときにアニサキスの何かに感作してIgEが作成され、それが原因で2回目のアタックのときに劇症型、激しい痛みになると考えられています。
 池田 ある意味アレルギー的な反応なのでしょうか。
 川名 そのとおりで、IgEが関係する、いわゆる1型のアレルギー反応だといわれています。
 池田 例えば内視鏡所見ではどのような所見が得られるのでしょうか。
 川名 内視鏡所見も大きく2つに分類されまして、たまたま検診などで内視鏡を施行した際に胃の粘膜がきれいな状態のところにアニサキスが刺入しているということがあります。また腹痛症状があり内視鏡を施行する際には、胃に発赤、びらんを認め、その中心部にアニサキスが刺入しています。おそらく前者が初回の緩和型で、後者が2回目以降の劇症型にあたるものと考えられます。
 池田 例えば加熱するとか、酢でしめるとか、そういったことはあまり症状を防ぐことにはならないのでしょうか。
 川名 アニサキスが胃の粘膜に刺入しなければ基本的に痛みが出ません。加熱なり冷凍するなりの方法を取ればアニサキスが死にますので、アニサキス症というものは基本的には発症しません。しかし、アニサキスが分泌する蛋白質やアニサキス自体を構成する蛋白質自体がアレルゲンになるため、いわゆる食物アレルギーと同じ機序でアニサキスが死んでいてもアレルギー症状が出る可能性があります。
 池田 逆にいうと、どこのイカとかサバを食べたらいいかということになるのですが、海洋哺乳類はどこでもいますよね。
 川名 日本は特に島国ですので、周りにたくさんいますね。
 池田 ということは、その哺乳類がいる場所のものはアニサキスがついているかもしれない、ということですよね。
 川名 日本近海にいるアジとかサバとかイカとか、そのようなものには基本的にはアニサキスがいると思っていたほうがいいかと思います。
 池田 患者さんの中にはどうしてもそういったものを食べたいという方もいると思うのですが、何か調理をするうえでのポイントはあるのでしょうか。
 川名 基本的にはアニサキスは内臓に寄生していることが多いので、まず内臓を取り除くのと、あとその周辺の筋肉に刺入している場合があるので、その周辺の筋肉、身の部分を切除していただければ基本的には安全と考えられます。
 池田 例えばサバですと、おなか側は切り取ってしまって、背中側だけ食べるとか。
 川名 そうすると基本的には安全かと思います。あとは丁寧に見ながら、アニサキスを確認しながら調理していただければと思います。
 池田 見えるのですか。
 川名 基本的には見えますが、かなり見えにくいです。アニサキスを発見するものも実はありまして、紫外線を使ったUVライトを使うと多少見えやすくなります。しかし、アニサキスの種類によっては紫外線により発光しないものがいるようなのです。
 池田 アニサキスは何種類もあるのですか。
 川名 わかっているだけで今9種類ほどいるようです。
 池田 先ほどの分泌あるいは排泄蛋白と、そのものの蛋白質、いわゆるアレルゲンですが、これは何種類ぐらいあるのでしょうか。
 川名 2020年の段階でアニサキスアレルギーのアレルゲンになるといわれているものは16種類報告されています。
 池田 どれに感作されるとか反応するとか、個人差がありますよね。
 川名 おっしゃるとおりで、どれに感作するかと、あとはいろいろな種類に感作した場合、感作したからといっても、アレルギー反応ですので、人によって強く出る場合とあまり強く出ない場合と、いろいろなことが考えられるかと思います。
 池田 一番安全なのは、一度発症してしまった後は、その辺の魚は食べないか、よっぽど注意深くアニサキスを取って食べるか、そのようなことになりますか。
 川名 そうすると一番安全なのですが、日本人は生で魚を食べる文化があるのでなかなか難しいと思います。外来でアニサキス症だと思われる患者さんがときどきいますが、中には「今回で5回目だよ」とおっしゃる患者さんも普通にいますので、注意していてもそうなってしまうようですね。
 池田 そういうものなのですね。もう一つの考え方として、例えばある一定期間、例えば何年も魚を食べるのを我慢して、その後食べたらどうなるか、そういった経験はありますか。
 川名 実はIgEの抗体価をアニサキスは測れるのです。この抗体価が年を経るごとにだんだん下がってくるというデータもあるようで、そうした場合に食べても大丈夫ではないかという方がいるのです。ただ、IgEは1型アレルギー反応ですので、抗体価が低いからといってアレルギー反応が出ないとも断言できないですし、なかなかそこは難しいところだと思います。
 池田 最近はアレルギーを食べて治そうというのがあるのですが、我慢して、あまり症状が強くない人がどんどん食べてしまって治るという、そのようなことはあるのですか。
 川名 IgEが高いからといってアニサキス自体が胃に刺入しなければ大丈夫だと思いますので、アニサキスを口から入れないということだけを本当に注意していただければ基本的には大丈夫かと思います。
 池田 変性させる、加熱したりしてよく取り除いて刺入させないことも、少しは意味があるのでしょうか。
 川名 そこが一番大事なところかと思います。人間の胃の中にアニサキスを入れないことが一番大事だと思いますので、そこは十分注意していただけばいいのですが、なかなかうまくいかないところですね。
 池田 例えば海外でも魚を食べますが、ほとんど生の状態はないですよね。
 川名 そうですね。スペインやオランダではあるようですが、なかなか生の魚を食べる文化というのはないみたいですね。
 池田 でも、アニサキス症はあるのですか。
 川名 ありますね。世界で初めて報告されたのがオランダの発表でして、日本で発表されたのは1965年が初めと文献上はなっています。
 池田 ほかの国もあるのですね。
 川名 あるにはありますが、圧倒的に日本が多いようです。
 池田 生で食べて、生きているアニサキスが胃に来て刺入することがアレルギー反応の引き金になりやすいということでしょうか。
 川名 アレルゲンに接する機会が日本人は多いですので、やはりそこが一番問題ではないかと思います。
 池田 海外でもあるものだということを知らなかったので、ちょっとびっくりしました。ありがとうございました。