齊藤
高尿酸血症と悪性腫瘍についてうかがいます。悪性腫瘍が崩壊していろいろなことが起こるということで、オンコロジーエマージェンシーという言葉があるそうですね。これはどういうものなのでしょうか。
山下
オンコロジーエマージェンシーというのは、悪性腫瘍の治療において緊急に対応しなければならない病態をいいます。例えば骨転移によって起こる高カルシウム血症があります。このようなときには速やかに対応しなければいけない。その中の一つとして、腫瘍崩壊症候群が知られています。
齊藤
腫瘍崩壊症候群は主に治療に伴って起こってくるのですか。
山下
そうですね。非常に速く腫瘍細胞が増殖する場合には治療前に腫瘍細胞が崩壊していきますので、腫瘍崩壊症候群が起きますが、主に化学療法あるいは放射線療法に伴って起こってきます。
齊藤
腫瘍細胞が崩壊していろいろなことが起こるということですが、どのように診断していくのでしょうか。
山下
腫瘍崩壊症候群では、腫瘍細胞の非常に速い増殖により、それが大量に崩壊することによって腫瘍細胞内の代謝産物である核酸あるいはリンやカリウムといった電解質が血中に放出されます。このように起こる病態を腫瘍崩壊症候群といい、臨床的に非常に激しい場合には、急性腎不全や痙攣などが起こってきます。また、カリウムが上がり高カリウム血症が起こると、致死的な不整脈を誘発することが知られています。
齊藤
腫瘍崩壊症候群は、せっかく治療しても、それを台なしにするということですが、患者さんにどの程度リスクがあるかは事前にわかるのでしょうか。
山下
化学療法を行ったこれまでの経験から、リスクを低リスク、中間リスク、高リスクに分類しています。低リスクは腫瘍崩壊症候群(TLS)発症が1%未満であると考えられる場合、高リスクはTLS発症が5%以上であると考えられる場合、中間リスクはその中間と考えられており、いわゆる固形がんは低リスクに分類されます。私たちの血液内科では、例えば末梢血で10万を超えるような急性白血病、あるいは非常に大きなマスを持つような悪性リンパ腫は高リスクに分類されます。また、多発性骨髄腫や低悪性度の濾胞型リンパ腫は低リスクに分類されます。
齊藤
まずリスク評価をして本格的な化学療法あるいは放射線療法における変化を見ていくということですか。その変化をモニターするのはどのような期間、どのような頻度でやっていくのでしょうか。
山下
先ほど申しましたように電解質が血中に放出されるので、血清のカルシウムやリン、カリウムをモニターします。また、核酸が非常に大量に放出されるので、尿酸値をモニターします。また、腎機能障害をモニターするために血清クレアチニン値や、尿量を見ていきますし、心電図で不整脈が起こるか起こらないかもモニターしていきます。一般的に非常にリスクが高い場合には毎日モニターし、心電図でしたら、病棟でリアルタイムに管理をしていきます。
齊藤
リスクの低い方ではどのようにモニターするのですか。
山下
低リスクと考えられる場合はそれほど心配いりません。尿量を見ていくことが多いです。化学療法が終わったら、血液検査で電解質をチェックします。あとでお話ししますが、低リスクの場合には予防的な薬剤の投与は不要と考えられています。
齊藤
白血病のように細胞死がたいへん多い場合、しっかり治療するとかなり起こりやすいということで、治療が終わってからしばらくはモニターを続けるのですか。
山下
そうですね。投与後24時間ぐらいまで頻回にモニターする必要があります。特に腫瘍崩壊症候群が起こる頻度が高い、高リスクの場合には、治療を行っている間は6時間ごとにいろいろとモニターしていく必要があります。中間リスクの場合でも毎日モニターして、化学療法投与後24時間まではしっかりと見ていく必要があると考えています。
齊藤
そういったモニターをしっかりやっていくということと、予防あるいは治療、先ほど少しお話がありましたが、これがまたリスク評価によって違っていくのでしょうか。
山下
先生のおっしゃるとおりで、予防的に薬剤を投与していって、なるべく化学療法の中断を起こさないようにと考えています。先ほど言いましたように、低リスクの固形がん、特にバルキーマスを持たないような普通の固形がんや、造血器腫瘍ですと、骨髄腫や低悪性度の悪性リンパ腫では特に予防投与は必要ありません。白血病で末梢血が10万以上ある場合、あるいはバルキーマスを持つような増殖の速いびまん性大細胞型悪性リンパ腫のような高リスクの場合には、予防的な投与が必要と考えられます。
齊藤
予防投与はどのような薬を使うのでしょうか。
山下
予防薬としては、経口の場合と点滴の場合があります。経口の場合には尿酸産生を抑える薬剤のアロプリノール、またはフェブキソスタットを使用するということになっていて、尿酸排泄を促進するような薬剤は基本的には使いません。また、点滴ではウリカーゼをリコンビナントで作ったラスブリカーゼが使用できます。尿酸をアラントインに変えていく酵素であるウリカーゼの遺伝子を人間は持っているのですが、残念ながら発現していない。それを今では遺伝子組み換えで作った薬剤を使って、尿酸を直接アラントインという水溶性の物質に変えていくという方法です。
齊藤
ラスブリカーゼは新しい薬なのでしょうか。この使い分けはどうなのでしょうか。
山下
使い分けは、腫瘍崩壊症候群が起こっている場合、すなわち臨床的に腎機能障害、血清クレアチニンの値が基準値の1.5倍を超えるような状況、あるいは致死的な不整脈や突然死を起こしかけている場合、あるいは痙攣を起こしている場合、すぐに治療しなければいけません。これらの場合と高リスクである場合には、このラスブリカーゼを使います。
齊藤
こちらのほうが尿酸を劇的に下げる効果があるのでしょうか。
山下
はい。直接尿酸をアラントインに分解しますので、速やかに血中の尿酸値が下がってくることが観察されます。
齊藤
それほど急がない場合は経口薬を使っていくということですか。
山下
そうですね。白血病でも末梢血の数値がそれほど高くない場合、例えば、急性骨髄性白血病でいうと数万のレベルにとどまる場合、あるいは急性リンパ性白血病でも10万を超えないような中間リスクと考えられる場合には、フェブキソスタットやアロプリノールをのんで尿酸の産生を抑えていくように予防を行います。
齊藤
腫瘍崩壊症候群についてはいろいろわかってきて、治療がうまくいくようになってきているのですね。
山下
はい。詳細は痛風・尿酸核酸学会のガイドラインに書かれていますし、日本臨床腫瘍学会からもガイドラインが出ています。臨床の現場ではそういったものを見ながらしっかりと治療ができるような状況になっています。
齊藤
どうもありがとうございました。