池脇
新型コロナウイルスの今の状況は、日本と海外で対比的で、ヨーロッパや韓国では同じぐらいのワクチン接種にもかかわらず、患者さんが増えている。一方で日本は緊急事態宣言を解除して人流が増えたにもかかわらず、非常に低い感染人数で推移しています。日本人はきちんとマスク、手指衛生をしていることも一つの原因かと私自身は思っています。
今回の質問は、コロナウイルスに80%前後のアルコール水溶液を使用した場合、コロナウイルスが失活するまでの時間を教えてくださいということです。これはどうでしょうか。
尾家
新型コロナウイルスの消毒については海外でよく研究されていて、80%前後のアルコール(消毒用エタノール)を用いた場合、30秒以内に死滅することがわかっています。新型コロナウイルスはエンベロープのあるウイルスですから、消毒薬で死滅しやすいです。アルコールや次亜塩素酸ナトリウムなどを用いると、十分な消毒効果が期待できます。
池脇
私も何%かまで詳しく確認したことはないのですが、通常の外来や病棟の消毒で使われているアルコール濃度はだいたい80%前後なのでしょうか。
尾家
汎用されている消毒用エタノールには77~81%のエタノールが含まれています。新型コロナウイルスには61%以上のアルコールが有効ということがわかっていて、消毒用エタノールであれば十分な効果が期待できます。
池脇
だいたい80%の濃度に落ち着いた経緯はあるのでしょうか。
尾家
アルコールは濃度が高いほど効果が強く、例えば90%濃度のエタノールにすると、効力はより強くなるのですが、値段が上がりますし、脱脂作用などの副作用が強くなりますし、引火性も高まるために普通用いられません。また、100%近くにすると今度は効力が弱くなります。なぜなら、アルコールは蛋白変性作用により殺菌効果を示しますが、少しの水がないと蛋白変性作用が発揮されないからです。ですから、消毒には80%前後のエタノールを含む液を用いるのがいいです。それより低い濃度でもいい場合もあるのですが、いろいろな微生物に強い効果が望めるのは80%前後のアルコール、すなわち消毒用エタノールです。
池脇
そういう経緯でエタノール濃度80%前後なのですね。その場合、新型コロナウイルスの死滅は30秒以内とありますが、おそらくもっと早い時間だろうということですね。
尾家
消毒用エタノールであれば、15秒以内に死滅すると推定されます。
池脇
外来の患者さんがかわるたびにアルコールを手のひらに取って、手でもむと、あっという間に蒸発してしまって、おそらく10秒もっているかどうかという感じもしますが、それでも十分ということでよいのでしょうか。
尾家
十分と推定されます。
池脇
そうですか。安心しました。コロナの手指衛生には、アルコールが一番確実なのでしょうね。帰宅時やトイレ後の石けんを使用した手洗いに関して、去年はちょっと長めにやりなさいといわれていたように思いますが、こういった場合での適正な手指衛生とはどういうことなのでしょう。
尾家
機械的に洗浄する方法も非常にいい手指衛生法で、通常の石けんを用いた手洗いでも十分有効です。ただし、石けんもアルコールも、あまり高頻度に使用すると手荒れが生じるデメリットがあります。手荒れの生じやすさには個人差がかなりありますが、手荒れを防ぐためにあまり高頻度での石けんと流水での手洗いや消毒薬の使用は勧められないですね。
池脇
実は私もワクチン接種の支援に行ったときに何度もアルコールを手のひらの、だいたい同じ場所に噴霧していたら、そこが荒れたという経験がありました。やはりそういうことも起こりうるのですね。
尾家
通常の手指消毒に用いられているアルコール製剤を速乾性手指消毒薬ともいい、保湿剤などが入っていて、手に優しいなどと宣伝している製品もありますが、基本的にアルコールには脱脂作用がありますから、頻回使用するとどうしても手が荒れてきます。手荒れの生じやすさにだいぶ個人差はありますが。
池脇
それを頻回に行う医療従事者の場合は、皮膚のケアも同時にやったほうがいいということでしょうか。
尾家
そうですね。手洗いや手指消毒は大切ですが、手指を健常に保つということもとても大切です。あまり高頻度に手洗いや手指消毒を行うと手が荒れて、そこに常在菌がいなくなって、病原菌が定着する可能性があるからです。特に医療従事者では重要で、手荒れを起こしますと、黄色ブドウ球菌などの病原菌が定着して、動く感染源になってしまうからです(イラスト)。したがって、あまり高頻度になる場合は手袋を代用するとか、流速の強い水洗いだけで済ませるなどの方法もありますので、危険度に応じて対応することになります。例えば、病原微生物が付着した可能性が高いということでしたら、速乾性手指消毒薬とか石けんを用いた手洗いを行っていただきたいと思うのですが、そうでもない場合は強い流水下で洗浄するなどの代替法で対応することも視野に入れていただきたいと思います。
池脇
アルコール消毒のために手が荒れてしまうと、いろいろな雑菌がそこから侵入するというリスクが高まってしまうことも考えなければいけないのですね。
尾家
そうですね。そこに住み着いてしまうのです。普通、健常人の手というのは表皮ブドウ球菌などの常在菌がいますが、手が荒れるとそういう常在菌が影を潜め、病原菌がそこに住み着く可能性があるのです。そうなると動く感染源になります。したがって、手指衛生は非常に重要ですが、手指の健康といいますか、手荒れを生じさせないことも非常に重要です。イラスト “動く感染源”健常な手指には常在菌がいるので、一過性菌が住み着けない。手荒れがある手指では常在菌が減少して、病原菌が住み着くことも。
池脇
手指衛生だけではなくて、自分の皮膚を守ることも大事だという、極めて重要なお言葉をいただきました。 さて、消毒用エタノールを使用する場合の留意点はあるのでしょうか。
尾家
まず第一にアルコールの引火性に注意してください。これがけっこうあるのです。例えば、0.5%クロルヘキシジンアルコールやポビドンヨード含有のアルコールなどでの事例ですが、これらのアルコール含有製剤を手術野の消毒に用いて、その後の電気メスの使用で引火したとの報告が少なくありません。患者と手術台の間などにたまったアルコールへ引火したためです。したがって、手術の直前にアルコール含有製剤で手術野消毒を行うことは差し控えるのが望ましいです
また、アルコールを含有する速乾性手指消毒薬を使用した後にたばこを吸おうとして、手指に引火した事例なども日本であります。
一方アルコールは手指消毒のみならず、環境消毒にもよく使われますが、床全面などの広い範囲にアルコールを使用することは引火性の観点から差し控えるのが望ましいです。
また、先ほど申しましたようにアルコールには脱脂作用がありますから、アルコールを含有する速乾性手指消毒薬などを頻回に使用すると、個人差はありますが、手ががさがさになるなどの脱脂が生じます。アルコールを含有する速乾性手指消毒薬には通常、保湿剤が含まれていますが、基本的に脱脂作用がありますから、高頻度の使用ではアルコールによる手荒れは避けられません。したがいまして、アルコールを含有する速乾性手指消毒薬は非常に有用なのですが、一方、極端な頻回使用は避ける必要があります。
池脇
改めてアルコールの手荒れには気をつけなさいということで、アルコールの消毒の対象は様々だと思いますがどういう対象でしょうか。
尾家
手指消毒の場合はバクテリアとウイルスが対象で、芽胞には用いません。例えば偽膜性腸炎や下痢などの原因になるディフィシル菌の芽胞には無効ですから用いません。アルコールの消毒対象は多剤耐性菌などのバクテリアやウイルスなどになります。
池脇
環境消毒でもアルコールは使うのでしょうか。
尾家
アルコールは即効性があり、かつすぐ乾きます。ですから、すぐ乾いてほしい場所の消毒には非常に適しています。例えば、ドアノブや洋式トイレの便座などの消毒には、アルコールが適しています。速乾性という観点からアルコールは便利です。
池脇
最近はアルコールスプレー型のものもあり、よさそうに見えるのですが、実際どうなのでしょう。
尾家
アルコール噴霧とアルコール清拭とを比べた場合、アルコール噴霧に比べてアルコール清拭のほうが消毒効果は100倍ぐらい強いことがわかっています。
池脇
そんなに違うのですか。
尾家
明らかに清拭のほうが強いのです。なぜかというと、アルコール噴霧では消毒対象物の全面にアルコールが付着するわけではありませんし、また噴霧では拭き取り効果も期待できません。ですから、環境や機器類の消毒を確実に行うためには、アルコール噴霧ではなくて、アルコール清拭で対応していただきたいと思います。
池脇
いろいろと参考になりました。ありがとうございました。