山内
松瀬先生、質問に沿って、慢性の咳嗽は除いて、通常の一般の外来で比較的多い、咳が出たという患者さんを念頭に置いてお話をうかがいます。まず、原因検索をするか、しないか。ここはガイドライン上ではどう扱われているのでしょうか。
松瀬
急性の咳というのは、例えば風邪のような取るに足らない感染症も多く、最初から必ずレントゲンを撮らないといけないとか、そういう場合ではないことが多いと思います。そのような中で危険な徴候、咳は急性であったとしても、例えば血痰があるとか、息が苦しいとか、のどが痛くてたまらないとか、こういう緊急性がある場合にはレントゲンや血液の検査を積極的に行うべきだと思います。
山内
逆に言いますと、レントゲン写真は必ずしも必須ではないと考えてよいのですね。
松瀬
そうですね。慢性の場合は絶対撮ったほうがいいと思うのですが、若い方で全身状態も良くて、これは風邪だなと思われたら、すべての急性の咳に対してレントゲンを撮る必要はないと思います。
山内
これはほぼウイルス、ないし一部、細菌と考えてよいのでしょうね。
松瀬
はい。いわゆる上気道の感冒、風邪、あるいは気管支炎ですね。
山内
実際、咳の患者さんが来られた場合、そのあたりを念頭に置いて、鎮咳薬を出すかどうかについては昔から論争もあったかと思いますが、最近の流れでは必ずしも止めなくていいということになっていると思います。このあたりをもう一度整理してお話し願えますか。
松瀬
まず咳がなぜ出るのかを考えると、咳というのは本来異物、物が入ってはいけない気管の中に何かが入ってしまって、それを出そうとする、本来生体防御反応なので、無理やり止めてはいけない。つまり、痰が多いような状態で無理やり咳だけを止めてしまうと、特に高齢者などの場合は痰が出せなくなって、逆にそれで肺炎を起こしてしまう、悪化してしまうこともあるというので、すべての急性の咳を止めないといけないわけではない。
ただ、咳は大したことはなくても、その咳のせいですごく体力が落ちているとか、夜も眠れないとか、あばらが痛いとか、そういうときには止めざるをえないこともあります。
山内
基本的にはほとんど自然軽快しますね。
松瀬
多くの場合、そうですね。
山内
もう一つは、患者さんはせっかく病院に来るので、薬はないのかとか、咳止めが欲しいと言ってくる場合がけっこう多いかと思います。そういった方々はせっぱ詰まっていることもあるかと思います。特に夜寝られないまでになるとかなり苦しい、あるいは仕事にさしつかえる。最近のコロナ禍ですと、電車の中で咳ができないとか、いろいろな問題が出てきて、薬を出さざるをえないケースがあると思います。そのあたり、現実を見据えながらですが、どういった薬になるでしょうか。
松瀬
咳の止め方を考えるうえでは、咳の出る経路を考えないといけません。咳というのはもともと気道の中の上皮の間にスイッチ、受容体があって、そこに刺激が加わると迷走神経の反射で延髄の咳中枢に伝わって咳がコホンと出る。我々が使うことのできるいわゆる咳止めというのは、この肺の中の受容体に効くわけでも、神経の経路を遮断するわけでもなくて、麻薬性のコデインリン酸と非麻薬性のデキストロメトルファンなど咳中枢に対して効く薬しかありません。根本に効いているというよりも、脳をだまして咳が出ないような感じにしているのです。しかも麻薬性などになってくるといろいろな、眠気とかだるさとか便秘とか、副作用ばかり多くて、なかなかピタッと止めることはできません。
患者さんには、本来必要で出ている咳なので、残念ながら何をやってもピタッとは止まらないことを説明したうえで、私の場合は先生がおっしゃったように、せっかく病院に来たわけだから、何も持って帰らないのもちょっとどうなのかなということで、安心する意味でのんでくださいと、5日から1週間分ぐらい出すことがあります。
山内
あまり効かないのでしょうか。
松瀬
いろいろなデータがあるのですが、いわゆるプラセボとこういう咳止めとの比較で明らかな有意差を持って効いたというデータは実はあまりないのです。多くの薬が古い薬なので、現在のような科学的な研究があまりなされていないのも事実です。
山内
医師も患者さんも、何となく出して、何となく効いているような気がしているのですが、案外そういうエビデンスがないのですね。
松瀬
そうですね。けっこう精神的な要素もあるので、治ったような気になるとか、咳が出そうだと思うと出てしまうとか、そういうところも大きいのです。
山内
確かにそうですね。そうすると、考えようによっては夜中に軽い安定剤を出すのも一つの手になりますか。
松瀬
そうですね。例えばデキストロメトルファンなども少し眠気が出たりするので、寝る前だけそれをのませるとか、禁忌でなければそういうものもいいかもしれません。
山内
今度は痰のほうをどうするかということですが、例えば去痰薬、これを推奨される医師もいますが、いかがでしょう。
松瀬
これも痰を出すための咳なので、去痰薬を使うことでうまく排痰ができるのであれば、痰の多いような咳に対しては使っていいかもしれません。去痰薬そのものがほとんど副作用のない薬剤なので、少し痰がからんでいる場合には安心して出してよいのではないでしょうか。
山内
空咳でない、痰を伴うものでしたら一つの手だということで、よく痰がからむという表現の患者さんが多いですが、こういった方々にトライするのも一つの手ですね。
松瀬
そうですね。
山内
例えばほかの手段ではトローチのようなものもありますが、これはいかがですか。
松瀬
のどが乾燥すると咳が出やすくなるので、トローチであるとか、もちろん水分を取ったりしてのどを潤すことは咳を止めることに役に立ちます。
山内
あともう一つ、昔からいろいろ議論になりますが、抗菌薬に関しての最近の考えはいかがでしょう。
松瀬
たとえ感染性の微生物がいて抗菌薬でその菌を殺したとしても、感染の後の咳が残ってしまうので、ピタッと止まるわけではないのですが、例えば百日咳のように、小さなお子さんや高齢者の方が感染すると重症になるような病気もあります。そうなると、本人の咳を止めるためだけではなくて、周りにうつさないという意味もあるので、もし症状がまだピークを超えていなければ、1回抗生物質を試してみるのも間違いではないと思います。
山内
本人の咳に対する対症療法というよりも、周りに対してと考えてよいのですか。
松瀬
特に百日咳などではそういうことがいわれています。
山内
一般の感染症も結局は感染症ですから、ちょっと抗菌薬を使っておこうなど、はっきりしない場合でも使っておこうということがありうると考えてよいのですね。
松瀬
本当であればできるだけ迅速診断をしていただきたいのですが、なかなか実地の医師では難しいと思います。ピークを超えていない咳で、周辺に同じような症状の人がいる、感染症のような傾向があれば、例えばマイコプラズマ、百日咳、クラミジア、すべてに抗菌活性のあるマクロライドを使ってみるのも一つの手だと思います。
山内
今のお話でも出てきましたが、来られた患者さんがピークを過ぎているか否か、これも大きなポイントになると考えてよいですね。
松瀬
そうですね。ピークを超えていれば特に抗菌薬は必要ないと思います。
山内
これはレントゲンも撮りながらになりますが、だんだん悪化していくというケースでは、今のお話ですと、家族の方が発症しているかどうかも一つのポイントになりますね。
松瀬
そうですね。感染症であれば感染性があるので、周囲の状況というのはたいへんヒントになります。
山内
周囲をにらんでの抗菌薬の使用は十分あると考えてよいのですね。
松瀬
はい。
山内
このテーマとは離れますが、例えば重症肺炎などになりますと、かなりひどい咳が出てきて、本当に夜寝られない、苦しいということもあるかと思います。こういった例に対する咳止めはいかがでしょうか。
松瀬
なかなか現状のものを超えるものはなくて、やはり頑張ってしっかり抗生物質を使いながら、一般の外来で使われるような麻薬性、非麻薬性の咳止めを使うというのが現状です。
山内
咳止めに関しては、現状のものを上回るものは現時点ではないのでしょうか。
松瀬
ないです。将来的には慢性のものに対して、先ほど申し上げた咳の経路の中で受容体に特異的に作用するような薬剤が一つ二つ、間もなく出てくる予定になっていますが、想定しているのは慢性の咳で、こういう急性の咳ではないのです。近い将来、何か出てくるのかもしれませんが、それが出てきてしまうと、今度は完璧に止めてしまいますので、例えば高齢者の誤嚥などが増えるのではないかなと、その辺が心配になってきます。
山内
確かに高齢者ではそういった意味では全身を見ながら使わなければならないことから、あまり漫然と使わないようにということはいえるのですね。
松瀬
そのとおりだと思います。
山内
どうもありがとうございました。