池田 めまいのリハビリテーション(以下、めまいリハ)の、最新の知見についてご教示くださいという質問です。めまいには何か種類があるのでしょうか。
新井 もちろん、めまいは圧倒的に内耳、耳が関係するのですが、ぜひ知っていただきたいのは、最近はverti go、回転性めまいと、dizziness、浮動性めまい以外に、もう1つ、unsteadiness、不安定めまいという用語が、Barany学会で2009年に決まったことです。高齢者が増えて、ふらつきや体が不安定な状態の方がとても増えてきたので、世界的にもun steadiness、不安定なめまいという用語規定ができました。
池田 不安定なめまいというと、めまいによって体が動揺してしまうとか、そういう意味なのでしょうか。
新井 そのとおりです。ですから、回転性めまい、浮動性めまい以外に、体が揺れるとか、ゆらゆらするとか、不安定を意味するようなめまいがあるのです。事実患者さんからは「もう先生、頭がふらついちゃって、揺れちゃって、何か自分の頭じゃないみたい」とか、「真っすぐ歩けないの。揺れちゃってしょうがないわ」という訴えがとても今増えているのです。
池田 その方は従来のくらくら回ってしまうといった感じはないのでしょうか。
新井 そうなのです。若い頃、30~40代は回転性めまいがあったという方が多いのですが、「最近は全く回転性めまいがなくて、私はともかく今、クラクラする、ふらふらするだけです」という方がとても増えているのです。
池田 それもめまいなのですね。
新井 はい。もし「それは耳鼻科ではないから診たくない」と言ってしまうと、高齢者のめまいやふらつきや平衡障害の方はどこで診察を受けてよいか迷ってしまうのです。
池田 そうですよね。どこに行っていいかわからないですね。めまいは幾つかに分類されていますが、例えば一側前庭障害、加齢性めまい、こういう分類なのでしょうか。
新井 そうですね。慢性めまいの中で今回のリハビリに適応するものを挙げさせてもらいますと、まずは一側前庭障害です。要はめまいの90%は内耳が関係するのですが、両側の内耳が壊れてしまう人はごくわずかなのです。圧倒的に一側の内耳が障害される方が多くて、それを一側前庭障害といいます。その中には前庭神経炎、ラムゼイハント症候群など病名があるものもあります。しかし病名がなくても、片方の内耳が不調でふらつく方が臨床の場ではとても多いのです。その方にはめまいリハがとても有効です。
池田 例えば、一側前庭障害に関してはどのようなめまいリハをするのでしょうか。
新井 プロペラの飛行機に患者さんを例えますと、片方のプロペラが止まった状態に近いのが一側前庭障害です。壊れた片方のプロペラはもう直りません。そこで、小脳というバランスの親分、つまりこの例での飛行機でいうと、パイロットの腕を上げることで直していくのです。小脳というパイロットの腕が良ければ、墜落せずに済むので、左右差を減らすようなめまいリハをするのです。私が実際に行うポーズを言葉で説明しますので、先生方もやっていただければ幸いです。
まず利き腕を自分の体の正面に真っすぐ伸ばして親指を上に立ててください。ちょうど昔、どこかの有名人が「イェーイ」とやっていましたが、そんなポーズに近いです。
池田 サムズアップですね。
新井 おっしゃるとおりです。親指立てです。親指の爪を目でしっかり見続けてほしいのです。見ながら、赤ちゃんの“いやいや”みたいに頭を左右に振っていくのです。20回、頭を振ってください。健康な方だと「くらっ」としないのですが、片方、内耳が不調の方はそちらに頭を回転させますと、目で爪を見るのが難しく、かつ「くらっ」としてしまいます。しかしながら、それを続けて行うと小脳が学習をして左右差を治すのです。つまり左右差を代償する機転が起きる代表的なめまいリハです。人に呼ばれて振り返るポーズなので、通称“振り返る”、英語ではgaze stabillization(適応訓練)といいます。ヨットに乗る方だったらわかると思いますが、ヨーイングともいいます。頭の上下の軸に対して、左右に回す運動です。目が爪を見ながら施行するわけです。
池田 そのほか、馴化めまいリハというのもあるのでしょうか。
新井 そうなのです。めまいの患者さんにとって嫌な姿勢や頭位はしたくないのですが、実はするほうが良くなります。人間は何回も何回も嫌な姿勢を行うと慣れるのです。これを馴化リハといいます。小脳が学習し、慣れていくからです。これは1970年代から、諸外国の報告もありますが、めまいは嫌な姿勢や頭位をすればするほど早く治ることが論文に書かれています。ですから動作、姿勢を避けるのは実はよくないのです。そこを患者さんに教育するのが大きなハードルです。
今、言った馴化リハが、いわゆるめまいに慣れることに相当します。先ほど述べたgaze stabillizationというのは、目と耳は離れていますが、脳を介して反射でつながっていますので、目が爪を見ながら頭を振りますと、左右の前庭を刺激します。前庭眼反射を非常に刺激することで小脳に学習を促すので、gaze stabillizationともいいます。これも小脳を鍛えるめまいリハの代表です。
バランスの親分は小脳で、小脳を鍛えるために、眼と内耳と足の裏からの体性感覚(深部感覚)という3つの優秀な子分を刺激していくのです。もしも内耳の片方が調子が悪いときには、内耳を鍛える以外に、眼を刺激するか、体性感覚を使うかして、3つの子分たちを複合的に刺激をすると親分の小脳が鍛えられてバランスの左右差が改善されます。慣れるだけではなくて、補うとか、代用するという考えでリハビリをしていきますとめまいは改善します。
コロナ禍で高齢者が外へ出る運動時間が非常に減ってしまいました。サルコペニアや、時にはフレイルを合併する方も出てくるので、体性感覚、深部感覚を鍛えながら、筋力も鍛えるようなめまいリハもしないといけません。今は本当に、寝るよりは座る、座るより立つ、立つよりは歩くようなめまいリハを導入していかないと、高齢者にはふらつくからおとなしくしているのでは治らないことを教えています。
池田 子分を鍛えて親分を良くするのですね。
新井 小脳の左右差改善力、つまり親分を助けてほしいのです。
池田 なるほど、そういうことなのですね。
新井 そうなのです。親分の一番の参謀となるような頼りになる内耳が片方調子が悪くなってしまったときに、親分がもう一踏ん張り頑張ってくれないと、めまい改善にならないのです。親分を鍛えたいのですから、残りの子分を鍛えながら結果的に親分を鍛えるような感じです。
池田 非常にわかりやすい説明で助かります。それから、最近の知見はどういう内容なのでしょうか。
新井 基本的には耳鼻科の中に両側の聴力がなくなってしまった人は人工内耳という、聞こえに関わる人工的な助けとなる内耳があるのですが、それは人工内耳といっても聞こえだけなのです。バランスの人工の内耳、つまり前庭器はあるのですが、まだ臨床応用されていないのです。つまり、両側のバランスを機械的に補うものは何もないので、今日説明しためまいリハをしっかりやるのが大原則です。
しかしながら、器具を使ったりする最近の流行もあります。一つは、バーチャルリアリティ(VR)、仮想現実を使います。例えば、ゴーグルをつけて、目の前にジェットコースターに乗っているような景色を5分ぐらい見せるのです。
池田 何かきつそうですね。
新井 健康でジェットコースターが好きな人はうれしいのです。いわばゲーム感覚で行います。ところが、めまいの人は片方の内耳が悪いので、ジェットコースターは酔うのです。気持ちが悪くなります。つまり、片方の内耳機能からの情報と視覚の情報に差が出ます。ところが、その訓練を何回も何回も吐かない程度にさせると、実はきちんとバランスの中枢である小脳が学習して左右差がある状態を少しずつ補っていくのです。これを感覚代行といい、めまいが良くなるシステムです。
あとは頭が傾いたときに、めまいがない人は「傾いたよ」という情報がきちんと中枢である小脳や大脳に行くのですが、傾けた側が悪い内耳だと、ふわっとしたり、くらっとしたりします。頭の傾きを正しい前庭情報(=バランスの情報)にするために、顎の振動覚を利用し、ティーパッドという特別なウェアラブルを使ったりします。舌に電極を置いて、右に傾けたときには右の電極が刺激することで感覚を代行するのです。ただし、それもめまいリハをしなければ効果が出ませんので、基本はあくまでも今日お話をしているめまいリハをやったうえの話なのです。あくまでも大学病院の研究レベルで臨床ではまだ保険も通りませんが、これが最新の知見です。開業医に知っていただきたいのは前半のめまいリハを頭に入れてほしいというのが本心です。
池田 イプリ法というのはどのようなものなのでしょうか。
新井 これはぜひ知ってほしいのですが、内耳のめまいの中で一番多いのは良性発作性頭位めまい症です。耳の中に小さい0.01㎜ほどの耳石があるのです。金平糖みたいな六角形の形をした耳石が1万粒、耳の中の三半規管の横の耳石器に入っています。耳石器には石がずらっと敷石のように並んでいるのですが、これが50歳ぐらいからひびが入るなど加齢変化を起こしまして、はがれやすくなってしまうのです。はがれて、横にある三半規管へ耳石が100粒以上入ると耳石塊になります。この耳石塊となるとめまいの原因になるのです。その耳石の塊、耳石塊が頭を動かすたびに三半規管の中を移動します。すると、耳石の塊の移動という刺激が誤動作として脳に伝わり、めまいとして感じるのが良性発作性頭位めまい症です。治療は三半規管の中に入った耳石を元に戻す必要があります。この治療を耳石置換法といい、その代表がイプリ法です。
これを最初に提唱した人がアメリカ人開業医のイプリさんです。入り組んだ三半規管の構造を考えて、一番下に入ってしまった耳石を、下から上に持ち上げるようにうまく体と頭を動かしながら、きちんと元の器に戻す方法を考えた方です。ですから、その医師の名前を取って、イプリ法というわけですが、我々、めまいを治療している医師にとってノーベル賞をあげたいぐらい、素晴らしい治療なのです。私の本に詳しく載っていますので、よかったら「新井基洋、めまい本」で検索していただくと、きれいに耳石が戻るめまいリハを詳しく絵に描いていますので、見ていただけたら幸いです。
池田 ありがとうございました。
めまいのリハビリ
横浜市立みなと赤十字病院めまい・平衡神経科部長
新井 基洋 先生
(聞き手池田 志斈先生)
めまいの理学療法の最新の知見についてご教示ください。
鹿児島県開業医