ドクターサロン

 池脇 前立腺がんは男性のがんの罹患数では第1位ということで、非常に多いのですね。
 上村 PSA検診が普及し、50歳以上の男性はPSAの検診を受けることによって早期に見つかる症例が増えました。だいたい70%は早期がんで見つかるために数が増えています。
 池脇 PSA検診だけではないのかもしれませんが、早期に見つけて早期に治療することによって前立腺がんの治療成績、予後はすごくいいようですね。
 上村 国立がんセンターの発表によりますと、最新の報告でも5年生存率が98~99%という非常に高い生存率が得られています。
 池脇 本当に早期で、あまり侵襲的ではない治療で済む方も少なからずいる一方で、ある程度進行して手術もしなければいけないという中で、男性機能を失われてしまう患者さんもいるとのことです。放射線療法、粒子線治療、ホルモン療法と質問にありますが、手術が原因の一つと考えてよいですね。
 上村 早期がんで見つかった方で、70歳代後半でも、全身状態に問題がなければ手術を選択する場合が多いです。手術ができない症例、例えば重い糖尿病や、コントロールできない高血圧などの合併症がありましたら、ほかの治療として放射線治療があります。今回の質問にある放射線治療は外照射、それから内照射の大きく2つに分かれます。
 池脇 男性機能を失う、低下することについて、まず手術に関していうと、勃起神経を残せるかどうかが大きいのでしょうか。
 上村 そうです。手術を行う場合に、腫瘍の大きさによって我々が勃起神経を一緒に合併切除するかどうかを決めます。例えば、前立腺生検にて片側だけに腫瘍があった場合は反対方向の神経は温存できますし、中側、つまり内腺領域に前立腺がんがとどまっている場合は、悪性度も鑑みて、左右の勃起神経を温存することも可能です。
 池脇 基本的に両側の神経を温存できれば、術後の男性機能は低下しないと考えてよいのですか。
 上村 いや、それが実はそうでもないのです。けっこうな頻度でいわゆるED、勃起障害が起きます。びっくりした数字なのですが、両側の神経温存した場合でも、PDE-5阻害剤、例えばシルデナフィルとかタダラフィルといった薬を使っても30%ぐらいの方しか勃起できないという報告もあります。
 池脇 そういったことに関して、いわゆる回復を目的としたいろいろな治療があると聞いたのですが、いかがでしょうか。
 上村 今申し上げたPDE-5阻害剤はもちろん使用します。その前に、骨盤体操といったいわゆる運動療法や生活様式のスタイルを少し改善することで自然に回復できる方はそれをお勧めする。それがまず第一で、それができない場合はPDE-5阻害剤を使う。それでもだめな場合は、プロスタグランジンE1という注射液を陰茎海綿体に局所注射するという方法もあります。それに関しては数は少ないと思うのですが、性交の前にそういう局所注射をすることがあります。3番目が、これは異物になるのですが、陰茎海綿体にプロステーシスを埋め込む場合があります。ただ、今お話ししたプロステーシスの埋め込み自体は海綿体を挫滅しますので、自然に勃起する能力が断たれることになります。
 池脇 勃起するかもしれないけれども、生理的なものはちょっと失われてしまう方法ということですね。
 上村 はい。
 池脇 手術のほうから男性機能の温存、回復まで先生に話していただきましたが、残したいけれども残せないような範囲のがんの広がりの方にはなかなか難しいということで、それ以外の治療についてうかがいます。放射線治療も以前の一方向からの照射ではなく、IMRTや、トモセラピーもありますが、これらは男性機能に対する温存効果はあるのでしょうか。
 上村 前立腺局所にフォーカスして放射線を当てられるということで、膀胱や直腸障害などの副作用は少なくなりました。ただ、前立腺および前立腺の近くにある精囊腺にも少なからず放射線が当たりますので、それによって精液量が減少してしまう問題が起こります。
 池脇 粒子線治療は前立腺がんに保険適用がなかったのですが、今は適用されるということです。ただ、そういう施設については、患者さんのアクセスがまだ限定的かと思います。この粒子線治療は、ある場所により限定的に治療ができるメリットがあると聞きました。そうすると、こういった男性機能に対する悪影響は少ないように思うのですが、どうでしょうか。
 上村 まだはっきりした報告はないのですが、従来のIMRTや原体照射に比べると放射線の回数が非常に少なくなる。だいたい15回とか、少ないところは10回ぐらいで放射線を当てて終わりになるということです。そういう意味では、いわゆる勃起障害の回復を早める可能性は高いと思います。
 池脇 今の先生のお話だと、いわゆる放射線治療よりも粒子線治療のほうが組織のダメージは少なそうで、男性機能に対する悪影響もやや少ないのかなという印象を受けたのですが、一番大事な治療の効果はどうなのでしょうか。
 上村 治療の効果は従来のIMRT、それから今日はお話ししませんけれども、ブラキセラピーという密封小線源治療と比べても横一線でほぼ同じです。
 池脇 ちなみに、粒子線治療ができる施設は増えているのでしょうか。
 上村 いいえ、全国で限られていて、まだ非常に少ないです。6施設ぐらいだと思います。
 池脇 そこが普及に若干ネックとなっているところですね。あとホルモン療法は基本的にアンドロジェンを遮断する治療ということになると、性欲そのものが減退しそうな気がするのですが、どうでしょうか。
 上村 そうなのです。いわゆるテストステロンを下げますので、それによるリビドーの低下がまずあります。
 池脇 ほかの治療の副作用、男性機能に対する悪影響とはやや作用点が違うというのでしょうか。そうすると、そういったものに対する対策もちょっと違うのでしょうか。
 上村 ホルモン療法を施行している最中はほぼ男性機能は低下してしまうと判断してもらっていいと思います。ただ、ホルモン療法でも、いわゆる男性ホルモンを下げる、例えばGnRHアゴニスト、アンタゴニスト、あるいは外科的去勢術を行う場合は、テストステロンを下げるので、いわゆる勃起機能、男性機能は落ちるのですが、抗アンドロジェン剤の内服薬を単独で投与する場合は、ほぼ男性機能は保たれます。
 池脇 無限にホルモン療法をするわけではないですから、一応終了したら、そこから徐々にかもしれませんが、性欲も戻っていって、最終的には治療前と同じような状態になることは期待できるのでしょうか。
 上村 それは年齢とホルモン療法の施行期間によって違います。我々のデータですが、放射線治療と併用でホルモン療法を行った症例を統計でみますと、全体では男性ホルモンが回復する症例が約60%あるのです。だいたい20カ月ぐらいで回復するのですが、年齢によっては差が大きく出ていて、一番いいのは70歳未満でホルモン療法を受け、約2年のホルモン療法の期間がいわゆるテストステロンの回復を、70%ぐらいの確率で回復させるというデータがあります。ただ、全員ではないということになります。
 池脇 先生は外科の立場から、手術を含めてこのステージの前立腺がんであればこういう種類の治療があるというのがだいたい決まっている中で、患者さんが男性機能の温存をどの程度希望されているかによって治療方法は調整されるのでしょうか。
 上村 はい。我々もそれはやはり考えます。患者さんと相談して、いわゆるシェア・デシジョン・メイキングで、治療選択のときに患者さんは何を望んでいるかをまずお聞きする。中には、これはめったにないのですが、性機能とかQOLを温存したいので、なるべくホルモン療法や放射線治療を受けたくないという方もいます。ただ、我々がお話しするように、生命予後とをてんびんにかけて、どちらがいいですかと治療を選択していくことを通常行っております。
 池脇 前立腺がん特有の問題というか、課題を聞かせていただきました。ありがとうございました。