ドクターサロン

2011年にスコットランドのエディンバラにて、後に世界中の医師の間でたいへん人気となるTED Talkが行われました。その演者は感染症学を専門とし、米国では作家としても著名なスタンフォード大学のAbraham Verghese教授です。そのTED Talkのタイトルは“A Doctor’s Touch”というもので、「身体診察physical examinationが歴史的にどのように発展してきたのかをわかりやすく解説しながら、医師と患者さんの双方にとって身体診察がいかに重要な役割を果たしているかを伝えました。

しかし現在では検査技術の発達に伴い、身体診察を重視する医師は減少傾向にあります。Verghese教授はそんな状況を憂い、医師にとって基本となる25の身体診察技術を身につけるStanford Medicine 25という大学内プロジェクトを始めました。ここでは実際に異常所見を有する患者さんに協力してもらい、医学生・研修医・指導医が同じ目線で身体診察を実践し、そのコツを互いに教え合うのです。私も何度か見学させて頂き、そこで学んだ様々なコツを国際医療福祉大学医学部での医学教育に応用させて頂いております。その中で英語圏と日本では身体診察に関して様々な「作法の違い」があることに気がつきました。もし読者の皆さんが英語圏出身の患者さんに対して英語で身体診察を行う際には、英語圏での身体診察の作法についても知っておくと役に立つと思います。

まずは医師が立つ位置です。日本の医学教育ではあまり強調されませんが、英語圏での身体診察では医師が患者さんの右側に立って身体診察をすることが強調されます。これは多くの医師が右利きであることから生じた慣例だと思われますが、英語圏ではこれがあまりにも一般的となっているため、医師が患者さんの左側に立って身体診察をすることが「極めて不自然」なものとして認識されています。

次に身体診察の順序です。日本では腹部の身体診察では侵襲の少ない「視診」「聴診」「打診」「触診」という順序で行うことが一般的ですが、英語圏では診察する部位にかかわらず「視診」「触診」「打診」「聴診の順序で行うことが一般的です。

そして私が最も大きな違いだと感じたのが身体診察中の声がけです。英語圏の患者さんが日本の医師から診察を受ける際に驚くことの一つに「日本の医師が黙って身体診察をする」ということがあります。日本では医師が患者さんに逐一話しかけることなく、黙って聴診や打診などを行ってもあまり不自然ではありませんが、英語圏では医師が「これから何をするのか」「なぜその身体診察が必要なのか」「患者さんにどのようなことをして欲しいのか」を逐一説明し、「痛みや不快感などがあれば知らせるように依頼する」ということが一般的です。

これから何をするのか」を伝える際には、具体的にどのような動作をするのかを伝える必要があります。ここで気をつけなければいけないのが動詞の使い方です。よくある間違いとしては「触る」をtouch、「(打腱器などで)叩く」をhitのような動詞を使って表現することです。正しくは「触る」にはpresspalpateを、そして「叩く」にはtapという動詞を使います。もしも具体的な動詞が思いつかない場合にはcheckexamineといった汎用性が高い動詞を使うようにしましょう。

なぜその身体診察が必要なのか」を伝える際には、難しい表現は必要ありません。“to see if everything is fine”や“to check if everything is normal”といったごく簡単な表現を使うようにしましょう。

患者さんにどのような動作をして欲しいのか」を伝える際には、具体的な説明をする必要がありますが、複雑な動作を伝えることが難しい場合には、実際にそれをやって見せて、“Please do like this.”と伝えることが最も簡単な方法です。

痛みや不快感などがあれば知らせるように依頼する」場合には、“Please let me know if you have any pain or discomfort.”のような表現が極めて有効です。この表現を使うだけで、患者さんにとても良い印象を与えることができます。 日本国内で英語の医療通訳が必要とされることが多いのが産婦人科小児科ですが、これらの診療科で英語で身体診察をする際にも注意が必要です。 産婦人科では「内診pelvic examinationが行われますが、日本では患者さんが産婦人科医の顔を直接見ないようにカーテンを使用することが一般的ですが、英語圏の患者さんはこれを奇異に感じます。ですから英語圏の患者さんに対して内診をする場合には、カーテンで仕切りを作ることを当たり前のものと考えず、患者さんがどのように感じるかに配慮する必要があります。 小児科の診察では「英語圏の子どもの診察では子ども特有の英語表現を使わないといけないのではないか」と心配されている方も多いと思いますが、実際にはそんなことはありません。まずは子どもと同じ目線に合わせ、大人と同じように接するように心がけましょう。そして子どもに顔と身体を向けてその話に傾聴し、子どもが話したことを繰り返したり言い換えたりしましょう。そして子どもが話している間は絶対に遮らず、子どもが話し終わるのを待ってから話すようにしましょう。また英語圏の小児科医は身体診察の中で子どもの自己肯定感が高まるような表現をよく使います。具体的には“Good job!”や“That's amazing!”のほか、“You did that really well!”のような表現を頻回に使います。また子どもは「順番」の概念を理解している場合が多いので、何か指示を出す際には“It's my turn. Watch me. Now you can try.”「まずは先生の番だよ。よく見てね。じゃあ次は君の番だよ。やってみて」というturn talkingという技法を使うようにしましょう。 英語圏の患者さんに英語で身体診察をする際には、これらの作法の違いを知っておくだけで、たとえ英語表現が完璧でなくても随分と印象が良いものになるでしょう。これを読んで「英語での身体診察に使える英語表現をもっと学びたい」と感じた方は、是非Geeky Medicsというウェブサイトをご覧ください。これは英国の医学部生が運営しているウェブサイトで、英国の医学生がOSCE対策として様々な身体診察のやり方を詳しく説明しています。動画患者さんがより良い関係を築くためのも豊富に用意されていますので、身体「儀式ritualとしても機能しています。診察での自然な英語表現に興味のある英語での身体診察を通して、読者の皆方は是非ご活用ください。さんが英語圏の患者さんともより良い Verghese教授がTED Talkで強調し信頼関係を築かれることを願っております。