ドクターサロン

山内

昔は、僧帽弁形成術、生体弁置換術を抗凝固薬なしでやってしまったら随分悲惨な結果、たちまちのうちに血栓ということだったのですね。

國原

はい。

山内

抗血栓療法マストという世界だと思いますが、弁の形成、あるいは弁置換について少しうかがいます。この両者の使い分けはいかがでしょうか。

國原

機械弁で置換した場合は一生、抗凝固薬が必要になりますが、生体弁に置換した場合は最初の3カ月だけ抗凝固薬が必要で、その後は全く必要ありません。ただし、もちろん血栓素因がある方は続けていきます。

山内

生体弁ですと、3カ月しのげば大丈夫と考えてよいのですか。

國原

それでもし大きな問題がなければ、中止するようにしています。

山内

そうすると、みな生体弁にしたらいいようなものですが、そうでもないのですか。

國原

若い方ほど構造劣化が早く進むので、2回目、3回目の手術が必要になります。

山内

耐久性は機械弁のほうがまだ長いのですね。

國原

そうです。機械弁はほぼ一生もちます。

山内

ただ、素材開発がさらに進むと生体弁は一生ものになるかもしれないのですね。

國原

そう思います。ですから、生体由来でないものでいい生体弁ができれば、もしかしたら一生もつかもしれません。

山内

現状では機械弁はやはり主力と考えてよいのですか。

國原

そうですね。ただ、高齢になってから抗凝固療法の副作用がクローズアップされるようになってきて、最近では生体弁がどんどん増えています。

山内

さて、抗凝固薬としてはワルファリンが昔から有名ですが、DOACが最近出てきています。両者の使い分けはあるのでしょうか。

國原

機械弁に対してもDOACが効くのではないかという期待があって、臨床試験を行ったのですが、有意に血栓塞栓症が生じたので、現在では機械弁でも生体弁でも、人工弁にはワルファリンが第一選択となっています。

山内

むしろワルファリン中心と考えてよいのですね。

國原

そうですね。

山内

心房細動がある場合はいかがでしょうか。

國原

心房細動がある場合でも、人工弁をお持ちの方にはワルファリンが認められています。ただし、3カ月過ぎた生体弁に関しては何もいりませんので、そういった方にはDOACを使ってもいいと思います。

山内

抗凝固薬が中心的な治療というのは揺るがないところですね。

國原

そうですね。

山内

専門医で通院加療、経過観察が終了した後、非専門医のところに来るケースが多くなっています。この質問にありますが、終生使っていっていいものでしょうかという、これは私どもも感じるのですが、まず高齢者について、いつまで使えばいいのでしょうか。

國原

機械弁を入れたら、何歳になっても抗凝固療法は必要だと思います。

山内

死ぬまでということですね。

國原

そうですね。

山内

次に出血のある手術、あるいは歯科治療、こういった場合の対応ですが、いかがでしょうか。

國原

ワルファリンの効果は数日持続しますので、数日前に中止して、即効性のあるヘパリンの持続静脈内注射に切り替えます。手術の数時間前にそれを止めて、手術が終わって出血がおさまり次第、またヘパリンを再開して、ワルファリンに切り替えていくことが必要になります。

山内

ヘパリンからワルファリンへの切り替えは、いきなりでもよいのでしょうか。

國原

いいえ、ヘパリンをやりながら、ワルファリンが効くまでも数日かかりますので、少しずつオーバーラップさせていくことになります。

山内

鼻血や歯肉出血はまだいいのですが、実際に私どもがギョッとする血便、血尿が出たという場合はいかがでしょうか。

國原

それが最もたいへんな副作用です。そういうときはもちろん原因検索は当たり前ですが、ぜひプロトロンビン時間、INRを測り、異常高値であればすぐにリバースして、まずは止血を優先させる。そちらが落ち着いたら、またヘパリンを少量から再開していって、ワルファリンにオーバーラップしていく。そういったけっこうたいへんな手間がかかると思います。

山内

ワルファリンの維持量は最低量で何とかしのぐということですね。

國原

そうですね。

山内

場合によっては生体弁に移植を替えることはあるのでしょうか。

國原

これはなかなか難しい問題で、どうしてもワルファリンが副作用をたくさん引き起こす場合は生体弁に替えるしかないのですが、弁自体に異常がないのに生体弁に替えることはなかなかしないです。ただし、機械弁が動かなくなったりして取り替えなければいけない。その時点で患者さんが高齢になっている場合は生体弁に新しく取り替えることがあります。

山内

スポーツはどの程度できますかといった話がきた場合はどうなのでしょうか。

國原

生体弁でも機械弁でも、スポーツをするには全く差し支えないのですが、機械弁を植え込んで抗凝固療法を行っている患者さんの場合、コンタクトスポーツはお勧めできないと思います。出血のリスクのあるスポーツは、なるべくなら控えたほうがいいと思います。

山内

一部でワルファリンが使えない、ワルファリンが禁忌であるケース。例えば妊婦さんなどですが、これはいかがでしょうか。

國原

ワルファリンは催奇形性があるので、挙児希望の若年女性には生体弁を植えるしか方法がないと思います。ただし、可能であれば弁を形成するという選択肢があるので、特に若い女性に対しては何とか頑張って弁を形成するように努力しています。

山内

今ちょうどお話が出ましたが、弁の形成、弁置換、この2種類があるようです。このあたりの選択ですが、そもそも成人で弁を形成する適応、基準、最近の流れといったものはいかがでしょうか。

國原

とりわけ僧帽弁では形成術の成績がたいへん良くなっています。以前は弁置換しか選択肢がなかったので、すごく手術のタイミングが遅く、それで成績も悪いという悪循環に陥っていたのですが、形成ができるようになって、重症の僧帽弁の閉鎖不全症であれば、症状がなくても、形成できるのであれば手術しましょうという方向になっています。そうすると、心臓の状態もよいので成績もいいという好循環に向かっています。

山内

弁形成がベストと考えてよいのですね。

國原

形成ができれば、それにこしたことはないと思います。

山内

子どもではなく成人でという仮定なのですが。

國原

成人でもですね。

山内

成人で、症状のあるなしはこの適応基準に入るのでしょうか。

國原

症状があって重症の弁膜症があれば、これは間違いなく手術適応なのですが、症状がない場合は、形成できるのなら手術しましょうという流れになっています。

山内

高齢で動脈硬化が進んで、弁が不具合になってきてしまうケースがあるようですが、こういった例での適応をどうお考えですか。

國原

高齢でそういった動脈硬化の強い方は、逆流ではなく、弁が狭くなる狭窄症がメインになるので、取り替える置換術しかなくなります。高齢で置換するとなるとリスクも若い人に比べて高くなるので、そういう方は症状が出てから手術するようにしています。

山内

だいたい何歳ぐらいまでならばできると考えてよいでしょうか。

國原

私が医師になった頃、80代の心臓手術はまれでしたが、今は当たり前の時代になってきています。しかし、80代の方にはカテーテル治療という低侵襲な選択肢も出てきていますので、そちらのほうにシフトしています。

山内

どうもありがとうございました。