ドクターサロン

池脇

心房細動、DVTに対する抗凝固療法の質問は時々いただくのですが、今回は高齢者で腎機能障害がある場合の抗凝固療法について注意点をうかがいます。

確かにこの2つの疾患は患者さんが増えていて、特に心房細動は加齢現象ではないかといわれるぐらいに増えているのですが、これは日本でもそうなのでしょうか。

志賀

特に日本は高齢社会になってきていますので、心房細動患者は増えています。例えば男性では80歳を超えると10人に1人は心房細動を有しているという報告もあります。このため、高齢者にとっては非常にポピュラーな不整脈といえます。

池脇

抗凝固療法をするかどうかは、CHADS2スコアが有名ですが、年齢が高いと抗凝固薬が適応になる方はけっこう多いのですね。

志賀

先生のおっしゃるとおりで、高齢者で80歳を超えてくると、CHADS2でも平均で3点ぐらいになってきますから、基本的には抗凝固薬の適応になります。

池脇

質問のように高齢者で血清クレアチニン2以上、そこまでいかなくても正常上限を超えてeGFRがちょっと低い場合、抗凝固薬をどうしようかと悩む症例も多いですね。高齢者で抗凝固治療というと出血のリスクを気にされていると思うのですが、そのあたりはどうでしょう。

志賀

今から20年ぐらい前はそういった懸念があって、80歳以上の高齢者の方についての積極的な抗凝固治療はなされていなかったのが事実です。ただその後、欧米からのみならず(1、図1)、最近では日本を含めたアジアからもこういった高齢者心房細動患者に対する抗凝固薬使用の研究結果が出てきて(図2)、高齢者であっても抗凝固薬をしっかり使うことが脳梗塞もしくは全身性塞栓症の予防につながっていることが示されています。また、抗凝固薬を使用しても、抗血小板薬を使っている患者さんや、抗血栓薬を使っていない患者さんに比べて出血のリスクが高いわけではないこともわかってきました。

池脇

効果はおそらく同じでしょうけれども、何となく日本人は副作用が出やすいのではないかといった危惧が一部あるように思うのです。日本人でもそういった有効性、そして副作用のデータはそろってきているのでしょうか。

志賀

確かにワルファリンについてはアジア人が欧米人に比べると出血しやすいということがあって、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)の至適治療域を少し低めに設定しています。しかし、直接経口抗凝固薬(DOAC)の時代になってくると必ずしもそうではないことが、大規模臨床試験のサブ解析や日本人を対象とした大人数の観察研究からわかってきました。このためワルファリン時代ほど抗凝固薬の使用について過敏になる必要はないと思います。

池脇

そういったエビデンスは抗凝固薬の高齢者での有効性を示すものですが、前提として適正な使用のうえでということですね。高齢者の腎障害の場合、このあたりをいかに適正に使うか。高齢者では、最近はクレアチニン、あるいはeGFRで見ると思うのですが、高齢者特有の薬物動態はあるのでしょうか。

志賀

実はそのとおりで、一番大きな問題はやはり腎機能です。特に80歳ぐらいになってきますと、腎機能は生理的に30代の方の約半分に低下しているといわれています。これも高齢者心房細動患者を対象とした大きな観察研究が日本で行われ、80~84歳のクレアチニンクリアランスは中央値で47mL/分、85~89歳だと35~36mL/分、90歳を超えると30mL/分を切っていることが報告されています。ですから、そもそも我々はそのような患者さんを治療していると考えたほうがいいかと思います。

ここで問題になってくるのは、腎機能障害はいろいろなリスクでもありますが、薬物動態的には薬の排泄機構であるので、どうしても腎排泄率の高い薬を使うときには用量調整の必要性があります。特に高齢者に薬を使っていく場合は薬の薬理学的特性とともに、腎排泄率がどれくらいなのか薬物動態学的特徴を考慮しながら選択し、減量基準を必ず確認して使っていくことが必要だと思います。

池脇

いわゆる抗凝固薬、ワルファリンやDOACはどのようにして選択するのですか。

志賀

ざっくり言いますと、クレアチニンクリアランスが30mL/分から15mL/分の高度腎機能障害者が高齢者心房細動患者では1/4ぐらいを占めているといわれています。ここを見落とさないことが非常に大事で、このあたりの方にどういう薬を使うかは非常に難しいところです。ただ、DOACの中でも腎排泄率の低い薬があるので、その場合は腎排泄率の低い薬を選択し、減量基準と照らし合わせて使っていく限りは、必ずしも出血の頻度が大きく増えるわけではありません(表2表3)。

一方、腎機能だけ見ますと、ワルファリンの選択が出てくると思います。ワルファリンは腎排泄率が1%未満のため、腎機能障害の場合に用量調整をする必要がありません。しかし、ワルファリンは蛋白結合率が高いため、食事が摂れなくなってきたり、体重が非常に低下してくると、ワルファリンの効力が大きくなってくるので、逆にコントロールが難しくなってくることがあります。

池脇

確認ですが、ワルファリンは幸いに腎排泄率は少ないけれども、蛋白結合率が高いということは、高齢者では蛋白結合率が少し低いので、逆に蛋白結合しないのはアクティブなワルファリンが多くなるのですか。

志賀

蛋白に結合していない遊離形が多くなるということです。

池脇

ということは、効き過ぎる危険性が出てくる。

志賀

そのとおりです。

池脇

それは腎機能障害と同じように考えないといけないですね。

志賀

そうです。ですから、90歳ぐらいの超高齢者になってきますと、ワルファリンのコントロールが非常に難しくなってきます。

池脇

しかも、腎機能なら、悪いなら悪いで一定していますが、食事の状況が適宜変わると、逆に毎回毎回チェックしなければいけない。ちょっとたいへんですね。

志賀

難しくなってきます。最近の観察研究を見ますと、85歳以上の超高齢者においても、実はワルファリンよりもDOACのほうが出血事象が少ないといったデータが出てきています。

池脇

確かに時代の流れとしたら、ワルファリンよりもDOACを使われる方が多いと思いますが、腎排泄の割合を見ながら、患者さんの腎機能に合わせて選択して、場合によっては量をちょっと調整するのが大事ですね。

志賀

はい。

池脇

高齢者はいろいろな病気をお持ちで、ポリファーマシーが危惧されます。抗凝固薬はどう対処されるのでしょうか。

志賀

特にワルファリンはご存じのように様々な薬との相互作用がありますから、併存疾患が多くなってくると治療を難しくする原因となります(表2)。ではDOACは安全性が高いかというと、DOACもP糖蛋白という薬の排泄に関わるトランスポーターを介した相互作用があります。限られていますが、P糖蛋白を抑制したり亢進したりするような薬を併用すると効果が強くなったり、逆に弱くなったりということが出てきます。

代表的なのはベラパミルとアミオダロンという抗不整脈薬で(図3)、消化管のP糖蛋白を抑えてしまうためにDOACの吸収が増え、血中濃度が上がってしまいます。また、P糖蛋白を亢進するのがリファンピシンです(図4)。ですから、リファンピシンを併用するとDOACが効かなくなってしまうことになります。高齢者では特にこれらの併用薬について注意していただければ、その他の薬との相互作用がDOACでは少ないといわれています。

池脇

確かに今おっしゃられたことは気をつけないといけない半面、私がちょっと安心したのは、ベラパミルやアミオダロン、リファンピシンを一緒に使う高齢者はそんなに多くないだろうということです。繁用される高血圧、糖尿病、高脂血症の治療薬に関して特段意識しないといけないものはないのですね。

志賀

ないですね。

池脇

もちろんそれらは少なくできればそのほうがいいにしても、そのために抗凝固薬を調整するところまでは必要ないのですね。

志賀

そういうことですね。

池脇

最後に、これはなかなか難しい問題かもしれませんが、高齢者は多少認知に問題があるような方も多くて、これをどのように管理するか。これは本人以外のファクターもあるのかもしれませんが、そのあたりはどうでしょうか。

志賀

これは非常に重要な点で、自分で生活活動ができて、管理ができる方の場合はいいと思いますし、家族の誰かが管理者になって、服薬をきちんとチェックできるのであれば続けられると思います。しかし、それが困難になった場合は、薬の誤った使用によるリスクが高まることになりますので、特に超高齢者の場合はどこかで抗凝固薬を中止するというオプションも、実はきちんと考えておかなければいけないと思います。

池脇

内服ありきではなくて、そういった方の場合には環境を見て投与するかどうかをきっちりと考慮するということですね。

志賀

そうです。特に超高齢者においては転倒やフレイルが、大出血など抗凝固薬の有害事象に関わる重要な因子だといわれているので、こういったことも見て考えなければいけないと思います。

池脇

どうもありがとうございました。