池田 石井先生、アミロイドPET検査についてご質問が来ているのですが、これはどのような患者さんを検査するものなのでしょうか。
石井 アミロイドPETは、まずアルツハイマー病が疑われる患者さんが対象として想定されます。アルツハイマー病の診断は、臨床的には診断基準があり、臨床症状に応じて診断しますが、確定診断は病理診断です。正確な臨床診断は必ずしもやさしくはなく、専門医が診断基準に従って診断しても病理診断と比較すると30%程度の誤りがあることがわかっています。
アルツハイマー病の患者さんの脳には、老人斑と神経原線維変化という2つの特徴的な構造が現れることが知られていまして、老人斑はアミロイドβという蛋白質が凝集、沈着してできたものです。一方、神経原線維変化はタウ蛋白が凝集、沈着してできたもので、老人斑と神経原線維変化のうちの老人斑を画像として目で見ることができる検査がアミロイドPETで、生きた病理診断です(図1)。
池田 以前うかがったところによると、アミロイドβ蛋白は症状が出るかなり前から脳に沈着してくるということですが、これはどのくらい前からなのでしょうか。
石井 病理学的な知見や、アミロイドPET検査が実用化してから、たくさんの方を検査してわかったことですが、実際には認知症の症状が始まるよりも20~30年ぐらい前、症状が何もないときから脳の中に沈着し始めることが知られています。
池田 そんなに前からアミロイドβ蛋白がたまってきて、もう一つのタウ蛋白との関係はどうなっていくのでしょうか。
石井 まずアミロイドが先行して、実際にはまだ症状がない状態でこの蛋白の沈着が始まるのです。しかし、ある程度アミロイドβ蛋白が脳の中にたまってくると、それが神経原線維変化という、もう一つの病態を引き起こすのではないかといわれています。神経原線維変化は神経細胞の中にたまってくるのですが、これが始まると神経細胞の働き、あるいは構造が失われて、症状に直結することになります。ですので、実際に症状が現れて進行していくのとほぼ同じ時期に神経原線維変化が現れて広がっていくことになります(図2)。
池田 ではイメージとして、まずアミロイドβ蛋白が20~30年かけて増え、その間にいつの日からかタウ蛋白が集積し、神経線維が変性を起こしていく。症状があるときはタウ蛋白はある程度蓄積して神経線維がやられているのですね。
石井 そのように考えられています。
池田 実際に我々がアルツハイマー病の患者さんを見ているときには、もうアミロイドβ蛋白がだいぶたまってきている。
石井 すでにたまりきって、その後で神経原線維変化、タウ蛋白がたまってきています。それが進行している状態を見ていると考えられます。
池田 最近、アミロイドβ蛋白に対する治療法が開発されていますが、原理的にはあまりたまっていない方を治療するのでしょうか。
石井 そうですね。アミロイドβ蛋白を落とすような抗体薬やワクチンが開発されて、アルツハイマー型認知症の進行の抑制や症状の改善が期待されて治験がされてきましたが、症状が進行した方にはなかなか効果が得られにくいことがわかってきました。おそらくもっと早い時期のほうが効果が大きいだろうと考えられています。ですので、最近話題になって、米国で承認された薬も、認知症の軽度の方か、あるいは軽度認知障害という、まだ認知症には至っていないけれども、もの忘れの症状が出ている時期の方が対象です。そのような早い時期の方がよい対象ではないかと考えられて、早近では治験が進められています。
池田 一方、タウ蛋白に対する治療は何かありますか。
石井 タウ蛋白自体を標的にした薬もいろいろ考えられていて、例えばタウ蛋白そのものが発現しないようにする核酸医薬品とか、タウ蛋白が広がるのを抑える抗体薬や凝集を阻害する薬が開発されて、治験が行われているところです。
池田 アミロイドβ蛋白に対する治療とタウ蛋白の治療を両方やることによってある程度進行した人にも期待が持てるかなというイメージですね。
石井 そうですね。おっしゃるとおりで、アルツハイマー病の病態メカニズムは非常に複雑ですから、複数の標的を同時に治療していくことが有効性を高める可能性が高いと思われます。
池田 現時点においてアミロイドβに対する抗体薬はあるけれども、みんなに使えるわけではありませんね。アミロイドPET検査というのは保険適用になっているのでしょうか。
石井 まだ保険適用にはなっていないです。その理由はいろいろといわれています。アミロイド、老人斑があるかないかを診断することにより、アルツハイマー病があるかないかをかなりはっきりさせることはできますが、PET検査自体はかなり高価な診断技術になります。一方で診断した結果、治療がないという診断は保険収載できないのではないかという議論もあり、治療あっての診断という考え方が医療経済的なバランスから優勢であるというのが現状です。アミロイドPET検査法が開発されてからすでに20年近く経ちますが、今日まで保険収載はされていません。
池田 確かに治療法がないところで、むやみやたらに診断をつけて、あるいは将来的に本当にアルツハイマー病になるかどうかわからない方も含めて検査していくのは、医療的にも無駄だということですね。
石井 そうですね。
池田 あるいは、患者さんと家族に不要な心配を与えてしまう。
石井 そういう倫理的な問題もあります。
池田 今は試験的にこの検査が行われているのでしょうか。
石井 はい。診療の中で有用性の高い場合が幾つかあることはコンセンサスがあり、「適正使用ガイドライン」にも「適切な使用」として記載されています。一つは症状があまり典型的でなくて診断に苦しむような方、そういう場合にはいろいろな検査を繰り返したり、治療を適切に選択できないことがあります。もう一つは若年性の認知症で、若い方の場合には比較的早期に見つかることが多いですし、診断のインパクトも高いということで、そういう方には役に立つかもしれないといわれています。ただ、治療がなければ保険の収載はできないだろうというのが今までの議論です。
一方では、今般アメリカで承認されたような治療薬が出てくると、アミロイドを減らす薬なので、アミロイドがない方に使っても意味がないということから、この検査によって治療の対象者を選択するという使い道が出てきます。
池田 若年者の方でアミロイドβ蛋白が沈着してくるような方がいるというお話ですが、これはどのような方なのでしょうか。
石井 若年性の場合には遺伝的な背景がある方が多く含まれるといわれています。必ずしもすべてがそうではないのですが、アミロイドβ蛋白がたまってくる背景としては、そのもとになる蛋白質がたくさん産生されるか、あるいは新陳代謝があり、その除去する機能が落ちてくるか、あるいは両者かといわれています。遺伝的にアミロイドβ蛋白がたくさん産生されたり、あるいは凝集性の高い蛋白質が産生されるような、そういう変異を持った方が遺伝性のアルツハイマー病になるといわれており、ほとんどは30~40歳代といった若年で発症します。
池田 アミロイドβ蛋白の生成と除去が異常になっているのですね。
石井 そうです。
池田 あとは何かありますか。
石井 高齢者は、年齢が上がるとアルツハイマー病の頻度が高くなるのです。それはおそらく加齢変化によって除去するほうの、いわゆるクリアランスの機能が低下してくるからたまりやすくなるのではないかといわれています。
池田 家族性といいますか、おじいちゃん、おばあちゃんが比較的若い年齢でなったりして、家族の方もすごく苦労されると思うのですが、そういった家族例といいますか、そういう方たちにはこのアミロイドPET検査は有用なのでしょうか。
石井 診断をつけるといいますか、そういう背景を明らかにするという意味では情報を与えてくれると思います。一方では治療に結びつかないようなそうした情報を明らかにしてしまうかもしれないということで、この検査をすること自体は治療とのバランスを十分に考えて行わないと、先ほどおっしゃられたような様々な不安を巻き起こしたり、倫理的な問題が出てきたりすることがあると考えられます。
池田 むやみにしないほうがいいということですね。例えば、おじいちゃん、おばあちゃんがアルツハイマー病になっていて、家族歴がある。そして、例えば今30歳、40歳のような方が検査を受けますね。しかし、あと10年、20年すると、またいい治療があるかもしれません。そういった方はやる意義があるのでしょうか。
石井 診療として推奨されるかどうかは別の考え方をしないといけないのですが、病態を明らかにしたり、どういう治療や予防的介入ができるかという臨床研究、それから治験としてそうした家族歴のある方に対して検査をして将来の診断法、治療法を開発する、そういう趣旨のもとで検査を受けていただくことは研究として意義のあることで、かなりやられています。ただ、一般の診療の中でそのような患者さんが来られたときに、まだ意義の確立していない検査をやることは診療行為としては推奨されません。知る権利、知らない権利といった患者さんの立場に立った議論も深めていく必要があるでしょう。
池田 いろいろな臨床研究が進んでいますので、一つレジストリー的な感じで登録することにも使われるのですね。
石井 そうですね。わが国でもそういう臨床研究が行われていますので、関心のある方はぜひサーチして参加していただければと思います。
池田 どうもありがとうございました。
認知症の画像診断
東京都健康長寿医療センター研究所神経画像研究チーム研究部長
石井 賢二 先生
(聞き手池田 志斈先生)
アミロイドPET検査とアミロイドβとタウ蛋白の関係についてご教示ください。
広島県開業医