ドクターサロン

 池脇 心房細動の患者さんでBNPが高値の場合、それを心不全と考えていいのかという質問です。心房細動でBNPを測ったら、ちょっと値が高い。それはただ単に心房細動による上昇なのか、あるいは心不全なのか、どっちなのかと迷うケースについてどうお考えになりますか。
 江崎 BNP、またはNT-proBNPは、どちらもAF(心房細動)だけでも上がってしまうので、果たして心不全とすべきかは昔から非常に議論になっていることだと思います。ただ、この患者さんに関しては、NT-proBNPが2,000ありますので、もし私が拝見するのであれば、この方は心不全として治療するかなと思います。
 根拠といたしましては、いわゆる救急外来に来られる、呼吸が苦しいとおっしゃられるような患者さんに対して、NT-proBNPがどのぐらいだったら心不全が疑わしいかを報告した論文があります。15年以上前の論文ですが、年齢によってNT-proBNPの基準値を分けて、75歳以上の患者さんではNTproBNPが1,800以上であれば、心不全が疑わしいと考えなさいという指針があります。そう考えますと、この方は慢性の安定期で2,000を超えていますので、心不全と考えて治療していいかと思います。
 池脇 救急外来ですからいろいろなデータを集める時間的な余裕もない。その中で、NT-proBNPが2,000であればまず心不全ということですね。
 一つ確認ですが、NT-proBNPで評価している医師と、通常のBNPで見ている医師がいて、NT-proBNP、2,000は、BNPだとだいたいどのくらいと考えたらいいのでしょうか。
 江崎 BNPでいうと、個人的には1/5と考えると400ぐらいかと思うのですが、年齢や腎機能によっても変わってきますし、性別やほかの併存疾患でもいろいろ影響を受けて変わってきますので、一概にはいえないかとは思います。しかし、ESCのガイドラインに記載されているスコアリングから考えますと、洞調律の方とAFの方で、BNP、NT-proBNP、それぞれどのぐらいの数値で心不全の疑いの点数をつけなさいというのがある程度決まっています。AFに関してはNT-proBNP、660以上で一応大基準の2点がつく。ただ、BNPにすると240以上で2点とされていますから、これらが同等ぐらいと考えますと、BNP250がNT-proBNPの650~700ぐらいと考えられるかと思います。1/5だと少し過小評価してしまうかもしれません。
 池脇 ESCのスコアですから、NTproBNPあるいはBNPだけで診断はしないにしても、AFの場合のNT-proBNPが660以上で2点ということは、この患者さんの場合2,000ですから、点数としては十分に心不全の診断に近づくような数字ではあるということですね。
 江崎 そう思います。
 池脇 今のはESCでしたが、米国、AHA/ACCでもそういったものはあるのでしょうか。
 江崎 2018年にCirculation誌で発表されていますが、H2FPEFスコアというものがありまして、これはBNPやNT-proBNPがスコアリングの中に入っていません。それで計算すると満点は9点なのですが、この患者さんの場合、まずAFがあること自体で3点です。それに加えて80歳男性、これは60歳以上の方は1点がつくので、合わせて4点。この4点がどのぐらいの数字かというと、それだけで70%以上心不全、いわゆるHFpEFと考えてよい。収縮能が保たれている心不全と考えてよいということです。
 あとは、血圧の治療をされていますが、もし高血圧の薬を2種類以上内服していると、これも1点がつくので、合計5点になります。あとエコーで左房拡大とありますが、このスコアリングには左房が何ミリ以上といったものはないのですが、エコーで測って左房圧の上昇がある所見、いわゆるE/e’が9以上、これで1点です。あと肺高血圧を疑う所見、三尖弁の逆流から見た圧較差、収縮期の肺動脈圧が推定で35㎜Hg以上であると、これもまた1点になるので、このどちらか1点でもつけば6点となり、6点だと9割以上がHFpEFということにはなります。
 池脇 そうすると、H2FPEFによるスコアリングの場合はBNPあるいはNT-proBNPを取っ払って、心房細動があること自体が心不全のリスクだという考えなのですね。
 江崎 そうですね。
 池脇 ヨーロッパ、米国等々のスコアリングで、最終的にきちんとしたスコア割はできないかもしれないけれども、いずれにしてもこれは高い可能性を持って心不全と考えられる症例ということでよいでしょうか。
 江崎 そう思います。症状が出ていますので、ステージCと考えてもいいのではないかと思っています。
 池脇 今回の質問の前半の部分、心不全と考えるべきか。これはそう考えたほうがいいということですね。では治療となりますが、この方は先ほど先生がおっしゃったように、血圧と糖尿病の治療をしていて、SGLT2阻害薬が使いづらいので、サクビトリルバルサルタン、ARNIという新しい心不全のアンジオテンシン受容体ネブリライシン阻害薬を考えているということです。心不全、しかも心収縮力は保たれている心不全に対する治療のアルゴリズムはいろいろあると思いますが、どのようにして治療を進めていかれるのでしょうか。
 江崎 非常に難しい問題だと思いますが、いわゆるHFrEFといわれる収縮能が落ちている患者さんに関してはエビデンスのある薬がたくさんそろっていますし、いわゆるアルゴリズムもあるのですが、逆にHFpEF、収縮力が保たれている心不全に関しては、ガイドライン上、長期予後を改善させたという薬の記載はなくて、クラス1は症状を取る目的の利尿剤のみとなっています。この方は浮腫はありませんと書いてありますので、おそらく利尿剤の適応はあまりないかと思います。こういった方にどうやって初期治療を介入するかは、今後、高齢化社会を考えるうえでも非常に大事だと思いますが、基本的には基礎疾患、血圧だったり糖尿病の治療をしっかりするというあいまいな推奨がされているのです。
 この方はおそらく血圧と糖尿病は治療中と書かれていますので、薬がもうすでに処方されていると思うのですが、心不全に対して良いといわれている薬、いわゆるHFrEFに対して良いといわれている薬をHFpEFに関しても必要があれば踏襲するという考え方が一般的です。ACE阻害薬やARBという高血圧の薬、これはHFrEFに関して長期予後を改善させるといわれていますし、糖尿病の薬でも最近はそういったものがありますので、考えてもいいかと思います。
 池脇 質問にSGLT2阻害薬は使いづらいとあるのですが、何が理由だと思われますか。
 江崎 この情報だけだと何とも言えないのですが、想定されることといえば、2014年に日本糖尿病学会から「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」として発出された、高齢者やちょっとカヘキシックな方に対してはSGLT2阻害薬はちょっと危ないのではないかという勧告のことを指しているのかもしれません。インスリンを使っている人も気をつけなさいという勧告が出たため、糖尿病専門医や、我々循環器内科医も、ちょっと使うのは怖いなと思ったことが一時期ありました。しかし、海外の研究と、日本の研究をいろいろ見ますと、特に高齢者にとってはむしろこのSGLT2阻害薬による恩恵が大きいのではないかというような発表が多々出されていると思います。
 非常に有名な研究ですが、EMPAREGだったりCANVAS、DECLAREといった、SGLT2阻害薬が心血管イベントを減らすとか、長期予後を良くするとかいわれてきた大規模臨床試験のメタ解析でも、すべてにおいてSGLT2阻害薬は高齢者のほうがメリットが大きい。65歳以上の高齢者でメリットが大きいということがいわれ始めていますので、私は、サルコペニアが極端だったり、ごはんを食べないとか、非常に治療が難しいような患者さんでなければ、基本的には積極的に高齢の方にも使っています。
 池脇 確かにSGLT2阻害薬は糖尿病治療薬としてOUTCOME試験でいい結果を出して、いまや循環器内科医は、もちろん糖尿病治療薬でもあるけれども、心不全の治療薬として、最近は腎機能障害に対してもSGLT2阻害薬が保護作用があるという。使いづらいという理由に関してはもう一度検討していただいて、むしろ今までのデータからすると、まさにこういう患者さんにSGLT2阻害薬を使ってもいいのではないかということでよいでしょうか。
 江崎 そう思います。特に、先日発表されたEMPEROR-Preserved試験でもエンパグリフロジンが、HFpEFのプライマリーエンドポイントを改善させたと報告がありました。現時点では、HFpEFの予後改善効果が示された唯一の薬といってよいと思います。risk reductionが21%と報告されていまして、DMの有無や性別差によらないこともわかっています。この方は糖尿病があるので、もちろん治療適応かと思いますが、この方にもし糖尿病がなかったとしても、今後考えていくべき治療の一つになると思います。
 池脇 最後に、この質問の最後にサクビトリルバルサルタンの導入を考えているとありますが、こういうケースでのエビデンスはまだ乏しいのでしょうか。
 江崎 PARAGON試験という、HFpEFに対するARNIの有効性をみた有名な試験があるのですが、こちらに関しては残念ながらプライマリーエンドポイント、有意差はなしということになっています。日本では、HFpEFでもHFrEFでもサクビトリルバルサルタンは使うことができますので、HFpEFの患者さんでもすでにFull medicationに近いような重症の患者さんには私も積極的に使っています。しかし、HFpEFの患者さんで、ちょっと症状があって、まだ心不全の治療を始めていないという段階であれば、いきなり最初から使うかどうかに関しては少し難しいかなと思います。
 池脇 こういうケースでは心不全は治療が難しいということがわかりました。ありがとうございました。