英語圏では「英語で意図した通りにコミュニケーションが取れない患者」のことをpatient with limited English proficiency(LEP)、もしくはlimited English proficient(LEP)patientと表現します。日本では「日本人以外の人」という意味で「外国人」という表現をよく使いますが、「外国人患者」を英語で表現する際にforeign patientsとすると「余所者の患者」というネガティブなイメージになってしまうので、international patientsという表現を使うようにしましょう。またinternational patientsであっても日本語が堪能な方もいらっしゃるので、「日本語が話せない」と決めつけるのも厳禁です。もし患者さんが「日本語で意図した通りにコミュニケーションが取れない患者」patients with limited Japanese proficiency(LJP)/limited Japanese proficient(LJP)patientsの場合には、その患者さんの母国語の「医療通訳」health care interpretingを利用するか、患者さんが英語に堪能であれば英語を使って診療するようにしましょう。
英語での医療面接を学ぶ際には、最初に「型」となる基本表現を学ぶことが重要です。「今日はどうなさいましたか?」には“How can I help you?”という型を使います。これを“What is your problem?”や“What is wrong with you?”などと表現してしまいますと、「何か文句あるか?」という意味になるので注意してください。
症状の有無を尋ねる際にも様々な「型」が存在します。「吐き気」にはnauseaという「名詞」nounと、nauseatedという「形容詞」adjectiveがありますが、“Do you have(noun)?”という型を使って“Do you have nausea?”と尋ねてもいいですし、“Do you feel(adjective)?”という型を使って“Do you feel nauseated?”と尋ねることも可能です。「食欲不振」anorexia/loss of appetiteの有無を尋ねる際には“Do you have(noun)?”を使って“Do you have loss of appetite?”と尋ねても良いのですが、“Have you noticed any change in your(habit)?”という型を使って“Have you noticed any change in your appetite?”と尋ねることも可能です。また「眼瞼下垂」ptosis/drooping upper eyelidのような外見上の変化に関しては“Has anyone you know noticed any change in your(appearance)?”という型を使って“Has anyone you know noticed any change in your facial expressions?”と尋ねると、患者さんは答えやすくなるでしょう。さらに「勃起不全」erectile dysfunctionといった尋ねにくいような症状の有無を尋ねる際にも、“Sometimes patients with(patient's condition)have(sensitive symptom). Has this happened to you?”という間接的に質問する型を使って“Sometimes patients with high blood pressure have erectile dysfunction. Has this happened to you?”のように尋ねれば、患者さんも戸惑わずに答えることが可能になります。
このように英語での医療面接を学ぶ際には、まず基本表現の「型」を何度も反復して身につけることが大切です。そしてこれらの基本表現の型は、市販されている医学英語教材やインターネット上で見つけることが可能です。しかし実際には多くの医師が「型を覚えるだけ」で終わってしまいます。型通りの質問をするだけなら英語の問診票で十分です。医療面接の目的としては情報収集だけでなく、「患者と信頼関係を構築すること」も重要です。そして信頼関係の構築には、患者さんと「会話」をすることが大切になります。
患者さんと英語で「会話」をするには、「患者の話に耳を傾ける姿勢」と「患者の英語表現を理解できる英語力」の2つが重要になります。
日本の医療機関を受診するLJP patientsの多くは、言語にかかわらず「日本の医師は話を聞いてくれない」ということに不満を持っています。逆に言語にかかわらず「患者の話に耳を傾ける」という姿勢を見せる医師には、「この医師は話を聞いてくれる」として高い評価を与えてくれます。つまり「型」として覚えた質問を立て続けに浴びせるのではなく、「患者さんの話に沿った質問」をすることが患者さんと信頼関係を構築するためには大切なのです。具体的には“You said the stomach ache started after you had a breakfast. What did you have for the breakfast?”や“You said you have been stressed out at work. Could you tell me more about your work?”のような質問をすることが重要になります。
ただし患者さんの話に沿った質問をするためには「患者の英語表現を理解できる英語力」が必要です。そういう意味では「聴く力」こそが英語での医療面接では最も重要な能力と言えるかもしれません。ただ医療面接では英語のリスニング試験とは異なり、理解できなければ患者さんに質問することが可能です。皆さんが「下痢」や「便秘」の英語としてdiarrheaやconstipationのような表現は知っていても、患者さんは“I have the runs.”や“I have been clogged up.”のような日本人にはあまり馴染みのない口語表現を使う可能性もあります。そんな場合には“What do you mean by that?”という表現を使って確認するといいでしょう。これは「と言いますと?」のようなイメージの表現で、これを使うと患者さんはよりわかりやすい英語に言い換えてくれます。
日本人医師の多くは専門用語としての医学英語を知っていても、患者さんが使う一般的な英語表現にはあまり馴染みがありません。そういう意味では「患者の英語表現を理解できる英語力」は獲得するのが難しい能力と言えます。しかし動画の視聴が容易になった現在では、この能力の獲得も不可能ではありません。Web MDやMayo Clinicといった英語圏の患者さんが参照する医療情報サイトやYouTubeなどの動画サイトで、特定の疾患の患者さんが自分の体験などを語るものを試聴し、英語圏の患者さんが実際にどのような英語表現を使うのかを学ぶことが可能な時代なのです。是非読者の皆さんもご自身の専門領域の疾患に関して英語圏の患者さんがどのような英語表現を使うのか、動画を使って学んでみてください。
このように英語での医療面接と言うと「型」となる英語表現の習得にばかり注目しがちですが、実際には「患者の話に耳を傾ける姿勢」と「患者の英語表現を理解できる英語力」が重要となります。LJP patientsとの信頼関係を構築するためには、まずは「やさしい日本語」を使って患者さんの話に耳を傾け、英語での医療面接が必要な際には「型」として覚えた質問を立て続けに浴びせるのではなく、「患者さんの話に沿った質問」をし、理解できない表現を患者さんが使った際には“What do you mean by that?”と質問するようにしましょう。そして自分の専門領域で患者さんが使う英語の口語表現を日頃から動画で学んでいれば、英語での医療面接を思ったよりも簡単に行うことが可能となります。
コロナ禍が収束すれば皆さんの医療機関を訪れるLJP patientsの数も以前のように、いや以前よりも増えるかもしれません。その際には自信を持って英語での医療面接をできるように、今から準備をしておいてくださいね。