ドクターサロン

 池脇 離乳食は母乳あるいは育児用のミルクから、自分でかむ食事に移行するための一時的なものであって、逆に言うと母乳や育児用ミルクにはすべての栄養素がそろっているものだと思っていたのですが、離乳食イコール補完食ということで、むしろ栄養素を補充するものなのですね。
 水野 人は哺乳動物ですので、赤ちゃんを産んだお母さんの母乳で育つのが一般的な栄養になります。ただ、それでは主に鉄分、亜鉛、蛋白質が6カ月ぐらいになると足りなくなってくるので、補完食というように母乳で不足する栄養素を補完するのです。
 日本では、2,500g未満で生まれる赤ちゃんも10%ぐらいいますし、妊娠37週、38週ぐらいで生まれてくるお子さんもいます。このような赤ちゃんたちは胎児期に十分な鉄をもらわずに生まれてきます。また、お母さんに妊娠糖尿病があると、やはり鉄を十分にもらわずに生まれてくることもあり、結果として、生後4カ月ぐらいで鉄が足りなくなってきます。鉄欠乏性貧血までは至らなくても、鉄欠乏状態になってくるお子さんが出てきます。つまり、妊娠中に十分な鉄分をお母さんからもらえなかった赤ちゃんは、生後4~5カ月ぐらいには鉄がそろそろ限界になると予測して、生後5カ月ぐらいから鉄を含む食材を食べられるように準備をしていただくとよいと思います。
 池脇 高齢者で亜鉛欠乏は聞きますが、赤ん坊でも鉄、亜鉛欠乏になるのですか。
 水野 そうですね。不足するものとしては、鉄が代表的ですが、発展途上国とか、なかなか十分な食事が取れないところでは亜鉛欠乏なども起きます。
 お母さん方によくお話しさせていただくこととして、生後5カ月から離乳食を食べさせるためにはどうしたらいいかということがあります。今、母乳で育てているお母さん方においては離乳食を食べないという悩みも多いものです。赤ちゃんが食べ物を嫌がるためにお母さんが食事のときに食べさせよう、食べさせようと赤ちゃんと闘いになっている。そうするとよけいに食べないですね。赤ちゃんは基本的に食べさせようと無理やり食べ物を口の中に入れられると、嫌がってよけいに泣いてしまう。
 では、どうすればいいかということなのです。以前は多くの人数で食卓を囲むのが一般的だったと思うのですが、今はお母さんと2人だけということが都市部は普通になっています。そうすると、赤ちゃんのときから大人や家族が食べるところを見ずに育っていきます。生後5~6カ月になるとお母さんに、前に座ってスプーンで口の中に食べ物を入れられる。大人が食べている場面を経験せずに、いきなり食べさせられると、それはなかなか受け入れることができません。
 池脇 赤ん坊とはいっても、大人が食べるという視覚の刺激は大事なのですね。
 水野 おっしゃるとおりで、以前、私も千葉大学の先生たちと研究したことがあるのですが、NIRSという脳の血流を見るものをつけながら、お母さんが食事をしているところを見てもらう。そうすると、だいたい生後2~3カ月ぐらいから反応してくるのです。お母さんが本を読んでいたりするところではなくて、食事をしているところを見ると反応してくる。ですから、お母さん方によくお話をするのは、生後2~3カ月ぐらいになったら、家族で食べるときには必ず赤ちゃんをそばに置いて、テレビやスマホはせずに、楽しくお話をしながら、「おいしいね」と笑いながらごはんを食べるところを見せてくださいと。それを続けていくと、だいたい4~5カ月ぐらいになると、食べているのを見ると、赤ちゃんは口を開けてよだれを垂らして、「食べたい」と意思表示をしてきます。
 池脇 離乳食が始まるのは5カ月前後だとしても、その準備は数カ月前から始めなければいけないのですね。
 水野 そうなのです。それをぜひお母さん方に知っていただきたいと思っています。
 池脇 まず赤ちゃんが口に含んでくれないことには始まらないですものね。
 水野 そのとおりです。先ほどお話ししましたように、5~6カ月ぐらいになると、母乳だけでは鉄分、亜鉛、蛋白質が足りなくなります。
 もう一つ、お母さん方がよく心配されることに食物アレルギーがあります。怖がってなかなか鶏卵をあげられないとか、いろいろな食材をあげるのが怖いという方がいます。最近、いろいろな研究の結果、比較的早い時期からあげたほうがいいとわかってきました。
 ただ、早すぎてもよくないのです。やはり離乳食を始めるのに一番いい時期は5~6カ月ぐらい。それより遅くてもいけないし、早くてもいけない。生後5~6カ月ぐらいから鶏卵などもあげると鶏卵アレルギーが起きにくいことがいろいろな研究結果で出ています。生後5~6カ月は赤ちゃんが大人が食べているのを見ていると食べたくなる、自分から食べたくなる時期、そしていろいろな栄養素が必要になる時期、そしてアレルギーも一番起きにくい時期ということを理解していただいて、周りのお母さん方にお伝えいただくとよいと思います。
 池脇 ビタミンに関してはどうでしょうか。
 水野 特に赤ちゃんで問題となっているのはビタミンDで、アメリカ小児科学会などは毎日ビタミンDを400単位足しなさいと言っていますが、日本ではなかなかその辺が進んでいません。特にお母さん方は日に当たることを心配されるので、皮膚で作られるビタミンDが少なくなってきます。その分、食物から摂取することが必要になります。ビタミンDが多い食材としてはシラス干しやサケ、サンマ、カレイ、ヒラメ、卵黄、そして干しシイタケなどのキノコ類、こういったものにはビタミンDが多く含まれていますので、ぜひお母さん方もこのようなビタミンDを多く含む食材もあげながら、適度に日に当たるということにも気をつけていただきたいと思います。ビタミンDは免疫を高めるといいますか、感染予防のうえでも非常に大事なビタミンですので、そのあたりもよろしくお願いします。
 池脇 お母さんがそろそろ離乳食を始めようといったときのday1は、一般的には麦茶や水、おかゆという感じがするのですが、始め方はどうなのでしょう。
 水野 始め方は10倍がゆでよいと思います。母乳がよく出る方であれば、母乳を搾って、カボチャなどを加熱したものをつぶし、そこに母乳を入れても構わないと思います。先ほど申しましたように、あげる目的は鉄、亜鉛、蛋白質ですので、アメリカ小児科学会などは最初から赤身の肉を与えるように書いてあります。日本ですぐそれを倣う必要はないと思いますが、鉄を早くあげたいお子さんの場合には、できるだけ早くに赤身の肉や卵黄などに持っていけるように、早くから食べる準備を進めていくことが大事になると思います。
 池脇 一歩一歩ゆっくり進むという考え方も大事かもしれませんが、離乳食が始まる時点で赤ん坊は鉄がちょっと不足しているから、不足しているものを早めに与えるという意味では、肉に関してもそれなりの方法で与えてもよいのですね。
 水野 ピューレにしてあげるのもよいですね。肉の調理方法はいろいろ本に書いてありますので、参考にしていただくとよいでしょう。
 日本の離乳食の進め方は、10倍がゆ、その後に野菜、それから豆腐、白身魚と、だいたい赤身の肉が入るまで1カ月ぐらいかかります。40週で3㎏以上で生まれて、母乳ですくすく育っているような赤ちゃんの場合は6カ月から始めても大きな問題はありません。ただ、先ほどお話ししたように、鉄の貯えが少ないと予測される赤ちゃんには、早めに赤身の肉、卵黄といった鉄分の多い食材をあげたい。そのためには、5カ月に入ったぐらいから10倍がゆから始めて、赤身の肉までできるだけ早く持っていくことが重要です。
 池脇 いろいろケースがあると思いますが、最初の準備がなかなかできず、親御さんとしたら食べてほしいのに、なかなか食べてくれない、どうしようと、そういう質問は多くないでしょうか。
 水野 9~10カ月健診でも、食べてくれないがどうしたらよいかといった相談はよくあります。私は基本的に食べるのは楽しいということを伝えましょうと答えています。食べたいという気持ちが出ないのに、無理やりあげると逆効果になります。今はコロナ禍でできませんが、以前は、ママ友とか、あとは親戚、いとこ等できるだけ多くの人たちが集まって、みんなで笑いながらおいしく食べる。そういう環境にできるだけ置いてあげる。あとは、お母さんのお皿から取り分けてあげると食べることもあります。お母さんが食べているものはおいしそうなものとだいたい思います。
 池脇 そのあたりもちゃんと赤ちゃんは見ているのですね。
 水野 赤ちゃんはよくわかっています。ですから、スプーンを嫌がったら、別にとろっとしたものであればお母さんの指であげてもいいのです。手をきれいにしてから、指に乗せて口に入れてあげる。あとは、8~9カ月ぐらいになってきたら、赤ちゃんが自分の手で食べれるようなものを作って、お母さんもお父さんにも、大皿に置いた手づかみできるものを実際に手で食べてもらう。そういうところを見せていくと、赤ちゃんも自分で手を伸ばし、つまんで、そのうち自分で食べるようになる。そうやって自分で食べることを楽しいと思うようになってくれれば、離乳食はどんどん進んでいきます。
 池脇 お母さんも一回一回作るのはけっこうたいへんでしょうから、作り置きして、冷凍して、それを食べるときに、再加熱するのも大事なのでしょうか。
 水野 大事ですね。特に夏場などはいろいろな食中毒のもとにもなりますので、気をつけていただいたほうがいいと思います。
 池脇 ありがとうございました。