山内 ウイルスの感染経路に関しての質問です。飛沫感染、空気感染、接触感染、頭の中では整理されていますが、例えば飛沫感染と空気感染の境目はあるのかといったあたりから教えていただけますか。
柳元 飛沫感染と空気感染に関しては、おっしゃるように非常にあいまいで、オーバーラップしている部分があるかと思います。決定的な違いは、空気感染の場合には非常に小さい飛沫核が長時間空気中に漂っていてもなお感染性が維持されていることで、これが空気感染の特徴になると思います。代表的な病気としては結核や麻疹、水痘が該当します。飛沫感染の場合は、咳やくしゃみで飛ぶ鼻水、唾液の飛沫が直接相手の粘膜に入ることで感染を起こすので、粒子の大きさが違う。結果的に飛行時間は飛沫感染の場合には極めて短い時間、限定された距離になる。空気感染の場合には、空気中を漂っているので、空間をともにする方にも感染が起こりうるという違いがあると思います。
山内 わかりにくいのですが、ウイルスは非常に小さいですね。小さいものというのは空気中を漂っていくのではないかと、結局すべて空気感染になりそうですが、そうでもないという、ここはどう解釈したらよいでしょうか。
柳元 患者さんから病原体がどのように出ていくかですが、ウイルスがそのまま目や鼻、口から出ていくのではなくて、咳やくしゃみのしぶきに乗って、体の外に出ていくのが基本になります。この際、非常に小さい粒子、あるいは大きい粒子でも、蒸発などでだんだん空気中に拡散していく過程で、小さい粒子になってもなお感染性を持っているようなものが空気感染を起こすウイルスです。そこまでいってしまうと感染性が維持できないようなものは飛沫感染にとどまるというあたりが違いです。おっしゃるようにウイルスは非常に小さい粒子ではあるのですが、実際に環境中に出ていく過程では、ヒトの咳やくしゃみを利用して広がっていくので、病原体が細菌かウイルスかということよりは、その後、どのようにして拡散していくか。拡散した後も感染性があるのか。この辺が違いになってくるかと思います。
山内 もう一つですが、何かに乗って出るにしても、ウイルスは結局どこかに着地すると考えられるので、そこにウイルスがいることは間違いないですね。わかりにくいのは、例えばこの質問にありますが、ドアノブや手すりに付着したウイルス、これは結局また手で触って、それをまた口に持っていってしまってということになりますと、あらゆるウイルスが接触型ではないのかという気もしますが、いかがでしょうか。
柳元 接触感染が特に問題になるのは、病原体がドアノブなどに付着した後に一定時間以上、感染性を持って生存できる、ここがポイントになると思います。ごく短時間で活性を失ってしまって感染性がなくなるような病原体では、今懸念されたような経路での感染は起こりにくいと思いますが、数時間から数日、物に付着した後でも病原体が生き残れる場合には、あとからそれを触った方が自分の手で自分の体に持ち込んでしまうことが十分に起こりうる状態になります。そういったかたちの接触感染のリスクは、病原体が物の上でどういう状態で、どれぐらいの時間維持できるか、この辺がキーになるかと思います。
山内 基本的にはウイルスの生存期間という話になるのですね。生存期間はウイルスによってかなり異なるものなのでしょうか。
柳元 いろいろな研究がされています。実験的な研究が多いのですが、数時間程度で感染性を失ってしまうものから、8日、9日といった長期間にわたって感染性を維持するようなものもあります。ですので、病原体の性質によっていろいろそこは違ってくるかと思います。
山内 あとは環境でも随分生存期間は変わってくるのでしょうね。
柳元 はい。例えば温度や湿度がウイルスの生存に適した少し乾燥ぎみの場合で、ウイルスの種類にもよるようですが、体温の周辺ぐらいまでの温度だと、ウイルスは長い時間生存できるようです。あとは、実験的環境ですと、少し温度が低いほうが長く生きるという報告もあります。
山内 温度に関しては適温があるのですか。
柳元 そうですね。
山内 乾燥状態のほうがウイルスにとっては生き残りやすいと考えてよいのですね。
柳元 これまでの報告では、多くの場合、そうなっています。
山内 ちなみに、ウイルスは細胞ではありません。生きている、死んでいるという定義は何かあるのでしょうか。
柳元 基本的にはこの文脈で生きている、死んでいるという話をするときには、続けての感染性があるのかどうかが非常に重要になってきます。新型コロナウイルスで耳にされている方が多いかと思いますが、遺伝子を調べるPCR検査、こういったものは遺伝子の断片であったり、死んだウイルスであってもPCRがかかった場合には陽性という結果になるので、そういった検査だけで生きているかどうかまでは確認ができません。ですので、例えばある試料、ドアノブのぬぐい液などを細胞にかけて感染が成立するかどうかということまでを試さないと、そこにいたウイルスが生きていたかどうかまでは確認ができません。
山内 感染力があるものを生きていることにすると考えてよいのですね。
柳元 そうですね。そのように考えられています。
山内 日本で発生した客船などの事例がありますが、例えばドアノブではどの程度生きているか、あるいはもう感染力を失っているかといった検証はなされたのでしょうか。
柳元 客船の話で申しますと、国立感染症研究所が乗客が退去した後に、600カ所ぐらいから検体を取って、そのうちの1割ぐらいで、先ほど申し上げたPCRのようなかたちでウイルスが検出されたことが報告されています。ただ、実際には検出された検体で細胞にウイルス感染を確認することはできなかったようです。
山内 ちょうどお話に出てきましたが、ウイルスは実験室で細胞のように培養、というわけにいかないと思います。ウイルスの場合は培養細胞を使って維持していくと考えてよいのですね。
柳元 おっしゃるとおりです。ウイルスによって多少細胞を選り好みしますが、ウイルスを増殖させるのに使える細胞があるので、それを使ってウイルスを殖やしたり、その後の実験に用いたりしています。
山内 少し話が戻りますが、会話をしていて、唾液などで、例えば食べ物の表面に落ちていったウイルスをまた口にしてしまったら、実際は接触感染的にうつるのではないかという懸念もありますが、これはいかがなのでしょうか。
柳元 おっしゃるようなことは懸念されます。ただ、実際に感染者の唾液から出たウイルスが食べ物の上で生きているかどうかに関して申しますと、食べ物が非常に熱かったりする場合には、なかなかウイルスが生きた状態で存在するのは難しいかと思います。一方で、直接口に運ぶものですから、物の上についた量では問題にならない程度であっても、直接口の粘膜にたどり着く可能性はあるので、そういう点では食べ物への付着は注意が必要かと思っています。
山内 ウイルスにとって食べ物の上というのは生きやすい場所と考えてよいのでしょうか。
柳元 実際に最適な環境は、スムーズな表面、プラスチックのようなもののほうがいいと考えられているので、パンや肉や野菜など、でこぼこしたものはひょっとしたら少し生存には不利な環境なのかと思います。
山内 アクリル板はかえって危ないということはないのでしょうか。
柳元 アクリル板自体はウイルスの生存には有利だと思います。ただ、アクリル板は我々がその後、触れたり、なめたりする場所ではないので、ここにいくらウイルスがついていても構わないかと思います。
山内 最後に入院病棟のクラスターに比べて外来のクラスターはあまり聞きませんという質問はいかがですか。
柳元 入院病棟の場合、クラスターの多くは質問のような接触感染というより、患者さんをケアする中で非常に近接して生じるような接触感染であったり、エアロゾル感染、空気感染的なものも含めて原因になっていると思うので、クラスターが起こる経路がかなり違うかと思います。あとは、外来での新型コロナウイルス感染に関してはほとんど耳にしませんが、これは実際に物からヒトへの感染というのはかなり少ないことがいろいろな研究で報告されています。通常の清掃や消毒が行き届いている環境で、かつ利用される方も手の衛生に気をつけているということであれば、基本的には安全な環境と考えていいのではないかと思います。
山内 どうもありがとうございました。
COVID-19の感染経路
東京大学保健・健康推進本部教授
柳元 伸太郎 先生
(聞き手山内 俊一先生)
ウイルスが宿主対宿主で感染するということは一般医師では常識と思います。新型コロナウイルスが閉鎖空間でエアロゾルになって感染することは理解できますが、ドアの取っ手や手すりなどから何日もたって感染したという事例は多いのでしょうか。
また、入院病棟のクラスターに比べて、外来でのクラスターはあまり聞きませんが、実際についてご教示ください。
神奈川県開業医