コロナ禍で学術集会のあり方は大きく変わりました。オンラインでの学術集会は自宅や職場からの参加を可能とし、これまでは敬遠されがちだった国際学会にも「オンラインであれば」ということで初めて参加された方も多いことと思います。また画面越しでの発表では原稿を読み上げても不自然ではないので、「オンラインであれば英語での発表も難しくはない」と感じた方も多いことでしょう。このようにコロナ禍は国際学会への参加のハードルを大きく下げてくれました。
では今後も学術集会が全てオンラインでの開催となるかというと、おそらくそうではないでしょう。というのも学術集会に参加する主たる目的の一つが「他の研究者と交流すること」であるからです。そして対面での国際学会が再開された際には、これまで以上に「自分の発表」「他人の発表」そして「発表以外」という3つの場面での交流が重要となることでしょう。
「自分の発表」では研究内容だけでなく、その伝え方も重要になります。近年は学術集会の発表でも「口語的な表現」を使う傾向が強まっており、発表技術の水準も年々高まっています。現に博士論文の研究発表においても豪州クイーンズランド大学発祥のThree Minute Thesis(3MT?)という「3分間で自身の研究の重要性を伝える」という発表形式が国際的に注目を集めており、非英語圏の研究者にも「英語でわかりやすく伝える力」が当たり前のように求められています。オンラインでの発表では原稿を作成してそれを読み上げる形式でも不自然ではありませんが、対面での発表ではそういうわけにはいきません。発表する際にはextemporaneous styleという「準備した原稿を読まずに自分の英語で聴衆に話しかける形式」で臨むことを心がけましょう。こうすることで原稿を読み上げる形式よりも深く聴衆の印象に残すことができます。
ただ多くの日本人医師が「自分の発表」で一番困るのは、「質疑応答の際に会場からの質問を聞き取ることができない」ということだと思います。そこでお勧めするのが「座長を通訳として使う」ということです。学術集会ではどんな口頭発表にも「座長」chairperson/chairがいます。その役目は主に「指定された時間内に担当するセッションを終えること」「質疑応答の論点整理をすること」「会場から質問がない場合には座長自ら質問すること」の3つです。したがって発表者が会場からの質問を理解できずに困ってしまうのは座長にとっても望ましい状況ではありません。もし皆さんが会場からの英語の質問を正しく理解できる自信がない場合は、あらかじめ座長を務める先生に「会場からの英語の質問を正しく理解できる自信がないので、私でもわかるようなわかりやすい英語に言い換えてもらえませんでしょうか?」“I'm concerned that I may not be able to understand questions from the floor correctly. Would you mind paraphrasing the questions into easier phrases so that I can understand them correctly if I have trouble understanding?”と伝えて、「通訳」として助けてくれるようにお願いすることをお勧めします。
また学術集会では「自分の発表」でどのように質問に応答するかだけではなく、「他人の発表」でどのような質問をするかということも重要になります。質問をする際には「他の聴衆の時間を奪って質問をしている」という自覚を持ち、「他の聴衆にとっても有用な質問であるかどうか」を考えてから質問しましょう。また良い質問を考える材料として、original article「原著論文」のdiscussion「考察」の部分で述べられているgeneralizability「研究の限界」や、その原著論文に関するeditorial「編集後記」、そしてcorrespondence「通信欄」というものがあります。「研究の限界」で扱われている内容はその分野の研究者間で議論の対象となることが多いですし、原著論文を批評している「編集後記」ではその研究の価値と研究の限界への批評が述べられています。また原著論文に関する質疑応答である「通信欄」は、世界中から寄せられた質の高い質疑応答を扱っているため、実際に質問する際に使える英語表現だけでなく、著者がどのような形で世界から寄せられた質問に応答しているのかも学ぶことができます。
このように「自分の発表」や「他人の発表」の場面ばかりが注目されがちですが、国際学会における最大の交流は「発表以外」の場にあると言えます。しかし初めて国際学会に参加して、英語が流暢な(少なくともそう見える)他の参加者とどのように会話を始めればいいのかわからないという方も多いと思います。そこで最初に声をかける相手としてお勧めするのが「自分の発表と同じセッションとなった発表者」です。自分の発表と同じセッションとなったということは、彼らの研究領域は自分のそれと近いものであるわけですし、何より彼らは自分の発表を聴いているという「身近」な参加者です。そういう意味では学術集会後に「人脈」となる可能性が高い参加者と言えます。具体的には発表前後に座長を通して挨拶をし、懇親会でも声をかけ、学術集会後にメールを送るなどするといいでしょう。また「他人の発表に良い質問をした参加者」も声をかけるには良い相手です。良い質問をしたという事実だけで優秀な参加者とも言えますし、自信を持って質問をする人はその学会である程度の地位を築いた人であることが多いので、その「良い質問にコメントをする」という形で声をかけると交流のいいきっかけとなるでしょう。また国際学会では海外の大学院留学を通して人脈を築いた方とそうでない方とでは、人脈に大きな差があります。しかし短期間で同じ目的に沿って活動すれば、その作業を通して海外の研究者と短い時間で人脈を築くことも可能です。そこでお勧めするのが「ワークショップでタスクフォースを務める」ということです。準備作業を通して海外の研究者と意見交換する技術と、型に縛られない英語力も身につきます。
コロナ禍が収まって気軽に国際学会に参加できるようになるにはまだしばらく時間がかかりそうですが、次回国際会議に参加する際には「自分の発表」「他人の発表」そして「発表以外」という3つの場面で、世界の研究者との対面での交流を楽しんでみてください。