ドクターサロン

齊藤

肺アスペルギルス症の病型あるいは概念はどうなっているのでしょうか。

渡辺

肺アスペルギルス症と一口にいいましても、病型は大きく分けて3つあります。一つは白血病などの血液悪性疾患の患者さん、骨髄移植を受けた患者さん、臓器移植を受けた患者さんのように全身的な免疫不全がある場合に罹患する侵襲性アスペルギルス症です。これは急性の病型です。それから、肺に慢性の基礎疾患を持っている方、例えば結核の後遺症、間質性肺炎、気管支拡張症、それからCOPDなどの疾患を持っていて、肺の正常な構造が破壊されているような患者さん、空洞を持っていたり、肺が線維化しているような患者さんに多い慢性肺アスペルギルス症。最後は、アレルギーと感染の中間のようなものですが、アレルギー性気管支肺アスペルギルス症といわれ、喘息を伴うことが多い病型。この3つの病型があるといわれています。

齊藤

健常人は真菌を毎日吸い込んでも、何も病気が起こらないということですか。

渡辺

そうですね。免疫不全があって、好中球数が低下しているような患者さんなどでは感染する可能性がありますし、それから慢性肺疾患を持っていて、肺の構造が破壊されていて、気道線毛上皮などによる異物の排出といった、肺の局所の免疫機構が失われているような患者さんなどでは罹患する危険性があります。ただ、健常な方は毎日アスペルギルスの胞子を吸っていますが、罹患することはほぼないと考えてよいと思います。

齊藤

そういったリスクの疾患を持っている患者さんで、何か異変があると、この疾患は鑑別診断に入ることになりますか。

渡辺

頻度としては確かに細菌感染症やウイルス感染症に比べると低いのですが、患者さんの致命的な部分に関わってくる病気ですので、主治医、特に血液内科や呼吸器内科の医師は必ずこの病気を鑑別診断として念頭に置かれていると思っています。

齊藤

診断の過程はどうなりますか。

渡辺

まず一般的には抗菌薬不応性の肺炎をみたときに、鑑別として挙げるわけですが、臨床症状は非特異的で、一般の肺炎と区別することは困難です。発熱や咳嗽、喀痰、咳などがほとんどで、アスペルギルス症に特徴的なものというのはあまり存在しません。血痰や、胸痛なども比較的特徴的なものとして一応挙げられてはいますが、アスペルギルス症に特異的というわけでもないですし、またすべての患者さんで出現するわけではありません。よって、症状だけから、これが肺アスペルギルス症、これが細菌性肺炎などと区別することは難しいと思います。ですので、一般的には肺炎があり抗菌薬不応性であるという臨床経過が次の診断にいくステップになるかと思います。

齊藤

画像診断と血液検査を組み合わせるのですね。

渡辺

そうですね。そういった臨床経過、抗菌薬不応性の発熱といった情報に、例えば比較的特徴的な画像を示すこともあります。すべてのアスペルギルス症で特徴的な画像が認められるわけではないのですが、特徴的な画像を示した場合は診断に有用となります。かつ血清診断でアスペルギルス症に特有な診断のツールがあります。例えば、アスペルギルス抗原やアスペルギルスに限らず、真菌症一般に検出されうるβ-D-グルカンという血清診断方法があります。このように、臨床経過、画像、血清検査などを組み合わせてアスペルギルス症を診断していくのが一般臨床のやり方ではないかと思います。

齊藤

最後の確定はどうするのでしょうか。

渡辺

やはり感染症ですので、私としては起因菌をつかまえにいく努力は怠ってはいけないと考えています。先ほど病型として侵襲性、急性で進行も早い、血液悪性疾患等の全身的免疫不全のある患者さんに起こる病型と、慢性の病型というものをお話ししましたが、進行度が侵襲性の場合には極めて急激ですので、原因菌を捉える余裕がない、難しいことが多いと思います。一方で慢性肺アスペルギルス症の場合には比較的病気の進行が緩徐ですので、急性のものに比べると起因菌の同定が可能な例が多いです。やはりアスペルギルス症においても、最終的な確定診断としては、やはりできるだけ起因菌を検出するといった努力をするべきだと考えています。

齊藤

治療とも関わりが出てきますか。

渡辺

起因菌が同定されるということは、検出された菌種までわかるということになります。一口にアスペルギルスといいましても、起因菌として最も多いのはアスペルギルスフミガーツスというもので、そのほかにもヒトに病気を起こすアスペルギルスとして、アスペルギルスニゲル、アスペルギルスフラーブス、アスペルギルステレウスなど多数あります。それぞれ薬剤感受性のパターンが異なっていますので、アスペルギルスが検出されたからそれで十分とせずに、やはり菌種まで同定する必要があると思います。また、最近では本来のアスペルギルスとは違った薬剤感受性パターンを持つ、いわゆる獲得耐性を有した菌株も増加しているという報告もあります。よって、できれば菌種同定に加えて薬剤感受性試験も考慮するべきであると考えています。

齊藤

その後は治療に向かいますね。

渡辺

最も多く使われているのは、抗真菌薬の中でもアゾール系抗真菌薬といわれているものです。なぜそれが最も多く使われているかといいますと、まず一つはアゾール系薬というものは比較的副作用が少ないので、主治医がそれを使用しやすいといったことがあります。もう一つは、これも重要なことだと思いますが、静注薬と経口薬、両方の剤形が存在しているということがあります。これは治療期間と密接につながってきます。アスペルギルス症はどうしても治療期間が長期になりますので、静注薬と経口薬が両方存在しているアゾール系薬は治療を行うにあたって非常に有利といったこともあります。

そういったことからアゾール系薬が第一選択になりますが、先ほど先生がおっしゃったように、病型や病態によってはほかの、例えばポリエン系のアムホテリシンBであるとか、場合によってはエキノキャンディン系を選択していくといったかたちになると思います。

齊藤

治療は長期になるということですが、予後はどうでしょうか。

渡辺

残念ながら現段階では必ずしも予後が良好とはいえません。侵襲性のアスペルギルス症では死亡率が50%ぐらいといわれていますし、慢性アスペルギルス症の場合には比較的進行が緩徐ではありますが、長期的な予後で見ますと5年生存率がやはり50%といった報告もあります。これだけ抗真菌薬が上市されている現在であっても、まだまだ非常に難治の疾患であるといえると思います。

齊藤

話題が変わりますが、先ほどのハイリスク者の中にCOVID-19の患者さんも入っているのでしょうか。

渡辺

今話題となっているCOVID-19の患者さんに合併する肺アスペルギルス症もありまして、COVID associated pulmonary asper gillosisの頭文字を取って、CAPAといわれています。COVID-19が世界的に蔓延し始めた2020年春頃からCAPAの報告は数多く上がっています。

齊藤

そういった病気ですが、予防が非常に重要ということになるのでしょうか。

渡辺

そうですね。特に血液悪性疾患の領域では真菌症の予防のために予防薬、主にアゾール系薬の内服、投与がなされている。特に寛解導入療法とか、骨髄移植を受ける前などでは積極的にアゾール系薬の予防投与が行われています。そもそも、真菌自体が土壌とか水とか空気の中など、ありとあらゆる環境に生息しているものですから、真菌胞子を毎日毎日、我々は吸入しているのです。健常人であれば、特に問題はないですが、免疫不全のある方などでは感染の危険性がありますので、そのような患者さんに関してはHEPAフィルターとか、陽圧換気で管理されたバイオクリーンルームに収容するといったことが今、一般臨床では行われていると思います。

齊藤

院内アウトブレークの報告もあるのでしょうか。

渡辺

アスペルギルス症のアウトブレークは世界的に報告されています。その要因というのもすでに分析されていて、最も多い要因は病院の改築、新築、建築に伴うものです。例えば、改築に伴って古い病棟を壊すことで、天井裏や壁紙の裏等にすみついていたアスペルギルスの胞子が、それから工事で地面を掘り返すことによって土の中に生息していたアスペルギルスの胞子が大量に舞うことになり、それをたまたま血液悪性疾患の病棟の患者さんが暴露することになってアウトブレークが起こったと分析されています。

齊藤

ありがとうございました。