池田
BPHの治療の際に、たくさん薬を使っている方がいるので心配だという耳鼻科医からの質問です。古典的なBPHというのは、前立腺が肥大するからいろいろな症状が起き、それで患者さんが治療に来ると考えていたのですが、最近の考え方はどうなのでしょうか。
山西
古典的には前立腺が大きくなることと、そのために尿の出口がふさがれる(膀胱出口閉塞)。その結果症状が起きる。その3つを備えたものが古典的なBPHという言い方をされていますが、通常の治療では前立腺の大きさを見るとか、閉塞があるかどうかを調べることはまずできませんし、必ずしも前立腺の大きい方が症状があったり、排尿障害が起きるわけではないので、今は症状を中心に治療する。この症状を、下部尿路症状、lower urinary tract symp toms(LUTS)というのですが、薬物療法もこのLUTSを対象とした治療が中心になっています。当然保険診療としては、LUTSは病名ではありませんので、前立腺肥大症(BPH)という病名をつけ、治療をするのが一般的になっています。
池田
以前からある古典的なBPHというよりは、もっと大きく包括して治療していくということですね。
山西
おっしゃるとおり、広い意味で症状を治療するということになります。男性の場合には多かれ少なかれ、中高年を過ぎると、前立腺腺腫は存在するわけで、BPHを示唆する、男性LUTS、すなわちBPH/maleLUTSといいます。
池田
従来ですとBPHは尿が出にくくなって排尿に時間がかかる。あるいは、進むと尿閉になる。そんなイメージがあったのですが、実際にLUTSとはどういう内容を訴える方が多いのでしょうか。
山西
まず男性の場合はいきなり出なくなってしまう(そういう方もいますが)方よりは、膀胱刺激症状といわれていたように、蓄尿症状、すなわち頻尿、夜間頻尿、尿意切迫感(我慢ができずに漏れそうになる)などの初発症状が多くなります。男性の場合、漏れることは少ないのですが、蓄尿症状、過活動膀胱症状は前立腺肥大症の50~75%に見られるといわれています。
症状が進み、膀胱出口部閉塞が生じると、排尿困難が生じ、さらに進行すると尿閉が見られる可能性があります。
池田
私がイメージしていた尿閉までいくのは本当に末期で、最初の頃はどちらかというと、おしっこに行きたいとか、そういうイメージなのでしょうか。
山西
だいたいそういうことです。
池田
抗コリン薬を用いて過活動膀胱などの症状を抑えようという治療があるとうかがったのですが、その前に何かほかの治療をされるのでしょうか。
山西
いきなり抗コリン薬を使うと膀胱の収縮力が抑えられますので、男性の場合には残尿が増加したり、尿閉のリスクが高くなったりする可能性があります。したがって、第一選択としては、前立腺の収縮を抑えたり、膀胱の知覚過敏を抑制したり、膀胱、前立腺への血流を増強する作用のあるα1遮断薬とPDE-5(ホスホジエステラーゼ5)阻害薬(タダラフィル)などの薬が使われます。
体積30mL以上の大きい前立腺に対しては、5α還元酵素阻害薬(デュタステリド)を使用し、前立腺を縮小させます。これらの薬は排尿障害だけでなく、蓄尿障害も改善させる作用があります。
池田
それでだいたいの方が落ち着いていくのでしょうか。
山西
50~60%の方はこれらの単剤で蓄尿症状は取れます。完全に治るというところまではいかなくても、軽減されます。しかし、これらを単剤使用・併用しても過活動膀胱の症状、蓄尿症状が取れない場合には、過活動膀胱の治療薬としての抗コリン薬やβ3作動薬を併用することが、ガイドラインで推奨されています。したがって、抗コリン薬を単剤で使うことはガイドラインでも推奨はしていません。
池田
どちらかというと抗コリン薬の使用は最後のほうに取っておくというかたちですね。
山西
そうです。第一選択薬で改善しない場合に併用します。その場合も、尿が出にくくなることはありえますので、尿閉にならないか気をつけ、残尿量を測れる施設では残尿をモニターすることが推奨されています。尿閉になる患者さんは1%以下ぐらいなので、頻度としては少ないほうですが、残尿量に気をつけながら使う必要があります。
池田
質問は耳鼻科領域の医師で、抗ヒスタミン薬をよく出す科です。抗ヒスタミン薬は、第一世代、第二世代、いろいろありますが、BPHの症状、あるいは本当にBPHがある方はどのような抗ヒスタミン薬を選択すべきなのでしょうか。
山西
第一世代、古典的な抗ヒスタミン薬は、抗コリン薬作用を持っている薬物が多いと思います。そういう薬物を使うと、添付文書にもおそらく尿閉や重度の下部尿路閉塞がある方、前立腺肥大症の方は使用注意と記載されていると思います。したがって抗コリン作用を持っていない薬を選んだほうがよいと思います。
池田
基本的には第二世代のものということですね。
山西
そうですね。そのような薬を使用すれば、排尿障害はまれだと思います。
池田
第二世代もたくさん種類がありますよね。先生が推奨されるような第二世代の抗アレルギー剤というのはあるのでしょうか。
山西
特に排尿障害の予防のために推奨する薬はないのですが、第一世代を除けば、それほど問題にはならないと思います。「眠くなりません」といっているような薬は抗コリン作用が少ないと思いますので、おそらくどの薬もそれほど問題にはならないと思います。
池田
確率論でちょっと申し訳ないのですが、第二世代の抗ヒスタミン薬で尿路に影響が出る確率というのはわかっているのでしょうか。
山西
わかってはいません。単独では非常にまれだと思っていただいていいと思います。私たちの診療でも、尿閉で受診される患者さんがいますが、抗ヒスタミン薬単独以外に抗コリン作用を持っているような薬剤、例えば鎮静薬、鎮痛薬、抗パーキンソン病薬、精神病薬など種々の薬剤を併用している高齢者が多いので、その相加作用で排尿障害が出現する可能性があります。抗コリン負荷(anticholinergic burden)という用語が最近用いられるようになっていますが、種々の抗コリン作用の薬を併用することによる副作用が問題にされています。特に高齢者ではポリファーマシーが問題にされていると思いますが、特に抗コリン作用を持った種々の薬を併用されている患者さんは危険と考えてよいと思います。しかし1剤だけで何か問題になるということはめったにはないと思っていただいていいと思います。
池田
ほかにどんな薬をのんでいるかをまず聞くということですね。
山西
そうですね。私たちのガイドラインでも服用薬の種類はまず聞きましょうというようにしています。抗コリン作用を持っている薬をのんでいる確率は高いと思って治療しています。
池田
先生方のご経験で、そういった抗コリン作用がある薬を複数のんでいて、それをだんだん減らすと尿路症状が良くなるとか、そういうご経験はありますか。
山西
本当に尿閉になるような薬、特に精神科領域でたくさんそういった薬をのんでいるような方は、薬を調整していただくだけで排尿障害が取れる場合があります。
池田
逆に、泌尿器専門医以外は、ただ単純にBPHが進んだのかと思ってしまうと思うのですが、そういった薬の影響も考えて、なるべく薬の種類を減らして単純化していくということですね。
山西
そうですね。もう一つは、抗コリン薬で認知障害が問題視されていますが、OABに使うような抗コリン薬は中枢への移行が少ない薬が多いのです。オキシブチニンは中枢移行がある程度あるといわれていますが、その他の薬は中枢への移行はあまりないといわれています。ただし、ほかの薬と一緒になると、ときに高齢者においては認知障害などが起きるという報告もありますので、そちらもお気をつけいただいたほうがいいと思います。
池田
抗コリン作用のある薬はなるべく種類も量も減らすことで、認知のほうにもいい影響があるかもしれないということですね。
山西
おっしゃるとおりです。
池田
どうもありがとうございました。