ドクターサロン

 齊藤 梅毒ですが、今、日本ではどうなっているのでしょうか。
 笹原 日本では2010年あたりから少しずつ増えて、2016年からさらに増えて、ここ数年は年間6,000人前後の報告があります。非常に増えたまま、おさまらないという状態です。
 齊藤 最近増えたままということですが、疫学的にはどういう状況なのですか。
 笹原 今まで男性が感染者の主体だったのですが、ここ数年の傾向として女性、特に20代前半を中心としたピークがあり、この増加が非常に問題になっています。あとで少しお話ししますが、妊婦が梅毒になってしまうことにもつながる年齢であるため、非常に重要なポイントです。
 齊藤 若い女性ということは、職業の要素はあるのですか。
 笹原 性的な活動度が高いこともあると思いますし、あと気をつけなければいけないのが、最近の日本の疫学では女性の感染者の約3割が性風俗などの従事者であることが報告されているのです。そういった職業に関連しているとか、最近は出会い系アプリとか、不特定多数の方と性的な接触が持てるような時代背景があるので、そういうリスクの中で人数の増加があるのではないかと考えています。
 齊藤 若い女性ということになると、妊娠との関連が気になるところですが、いかがでしょうか。
 笹原 梅毒に感染した状態で妊娠しますと、胎盤を梅毒の菌が通過して赤ちゃんに感染してしまいます。これは先天梅毒といいますが、速やかに治療しないと臓器に不可逆的な変化をもたらしたり、場合によっては死産や流産につながってしまいます。
 齊藤 妊娠してすぐに産婦人科に行く女性が多いでしょうが、そこでスクリーニングがあるのですね。
 笹原 通常、妊娠初期にスクリーニング検査で梅毒のチェックをするのですが、どうしても中には未受診のまま妊娠が進んでしまう方もいます。特にこの未受診妊婦は梅毒に感染しやすい、そういった社会的な背景を持っている方も一定数含まれているといった問題があります。一方で、妊娠初期には梅毒陰性で、妊娠した後に梅毒に感染してしまう方もいます。もちろん、不特定多数の方からうつるという場合もあれば、残念ながらご主人がよそで梅毒に感染してしまって家庭内に持ち込んでしまう例もみています。
 齊藤 梅毒の患者数が高止まりしているということですが、梅毒自体の自然経過で診断が難しいことはあるのでしょうか。
 笹原 梅毒は、まずほとんどは潜伏状態、いわゆる無症状の方が非常に多いことと、症状があっても、すごく痛いなど本人が辛い症状ではないので、性器などに病変が起きても、病院に行くのが恥ずかしいと思っている間に自然におさまってしまうのです。二期の梅毒といいまして、全身に菌が広がってからも、いろいろな皮疹が出たりするのですが、こういうものも様子を見ている間にけっこうおさまってしまうものですから、治療のタイミングを逃すことがよくあります。
 齊藤 症状が治ってしまうので、患者さんが放置しがちということですね。
 笹原 はい。
 齊藤 泌尿器科や産婦人科、あるいは皮膚科等に患者さんが行ければ見つけられやすいということですが、内科やそのほかの科に行ってしまうこともあるのですね。
 笹原 学生時代に皆さんも習ったと思うのですが、梅毒は非常に多彩な症状があり、ほぼすべての診療科に行く可能性があるのです。有名なものでは、目の病変で眼科に行ったりとか、アレルギーのような症状が出たら内科に行くようなこともあると思います。梅毒はすべての診療科において来るものだと認識することが重要かと思います。
 齊藤 検査、診断はどういうかたちで進めていくのでしょうか。
 笹原 昔は、病変部をインク法で暗視野顕微鏡で見ると教科書に載っていたのですが、あれができる人はほとんどいません。今は海外などでPCRを使って菌を検出するということをやっています。残念ながら一般的な培養では殖やすことができないので、培養できない菌として梅毒菌は認識されています。そこで日本では血液検査、血清学的検査で診断を行うのが主流になっています。
 齊藤 血清検査は大きくいって2種類あるのですね。
 笹原 そうです。梅毒の菌体の表面の抗原を認識する抗体を測る特異的抗原検査、それからトレポネーマの脂質、カルジオリピンという脂質に対する抗体を測る非特異的検査の2つに分かれています。この2つを組み合わせて診断をすることになります。
 齊藤 これは今では自動化された検査をやることが一般的なのでしょうか。
 笹原 昔は何倍とかいう検査結果が返ってきていたのですが、今は自動化され、定量法での数字が返ってきます。注意点としては、この2つの組み合わせの結果がどのような意味を持つのかを、いま一度検査結果を見るときに考えていただきたい。
 それから、自動化によってかなり検査の感度が良くなっているので、感染してから日が浅くても反応が認められることがあるのです。この場合、診断基準にまでいかないような低量の値であったとしても、臨床経過が梅毒であれば、少し日を置いてもう一回検査し直していただくことが重要です。ここで検査結果が偽陽性だということで見逃してしまうと治療の機会が失われるので、注意が必要です。
 齊藤 脂質の抗原法と、TP抗原法の2種類で、両方(+)、あるいは両方(-)、それから片方(+)というのがあって、それの組み合わせの意味づけをもう一度しっかり思い出しておくということと、感度が非常に鋭敏になっているということですね。
 笹原 そのとおりです。
 齊藤 治療法はどうするのでしょうか。
 笹原 今まで日本ではペニシリンの筋注用の製剤がなく、高用量のペニシリンを経口で2~4週続けてのんでいただくということをやっていました。ただ、その場合、下痢をしたり、消化器症状があったりして、のみきれないという方もいました。
 齊藤 経口製剤のアドヒアランスに問題があるのですね。
 笹原 はい。
 齊藤 何か新しい対策があるのでしょうか。
 笹原 ここ最近、海外でも使用されているベンジルペニシリンベンザチンという筋注用の持続性のものがあり、感染1年以内の梅毒でしたら注射1回で済むという非常に便利なものができました。今後は外来でもこの製剤を筋注できるので、患者さんにも、医療者側にもウィン・ウィンの薬剤が使用できるようになると思います。
 齊藤 ペニシリンの注射は、かつてアレルギーがあってやめた経緯があると聞いたことがありますが、今回の持続性製剤は、その辺は十分クリアされているのですか。
 笹原 海外では多く使われているものです。私は使ったことがありませんが、国内ではアレルギー歴などを聞きながら、きちんと患者さんに説明をして実施するのが大事かと思います。
 齊藤 梅毒は過去のものと思っていたのが、それなりに増えてきていて、一般の診療でもみられるのですね。
 笹原 はい。
 齊藤 それを開業医は心して診療を行っていくということでしょうか。
 笹原 はい。今でも日本で年間20人程度の先天梅毒のお子さんが生まれています。本当は1例でも出してはいけない病気だと思いますので、これを防ぐことをまず念頭に置き、そのためには早く梅毒を見つけて治すということを皆さんにお願いしたいと思います。
 齊藤 先ほどの検査法の組み合わせと同じで、しっかり思い出していくということですね。
 笹原 そうですね。特に梅毒の場合、性感染症なものですから、見た目で性感染症がありそうとかなさそうということを皆さんおっしゃるのですが、どんな方でも性感染症になりうることを、ぜひ頭に置いていただきたいと思います。
 齊藤 どうもありがとうございました。