はじめまして。
「発音」と聞くと「どうせ日本人は英語の発音が下手だと言いたいのだろう?」と身構える方が多いと思いますが、そういうお話ではありません。もちろん読者の中には「発音が気になりすぎて英語を話すことに苦手意識がある」という方もいらっしゃると思いますが、外国語の発音が正しくできないのは日本人だけではありません。むしろ英語圏の人の方が外国語の発音には無頓着とも言えます。
日本語の「酒」「カラオケ」「空手」などは、英語圏でもそのままsake, karaoke, and karateと表記されますが、その発音は米国ではそれぞれ「サァキィ」「キャリィオキィ」「ケラァティ」のようになります。どれも本来の日本語の発音とは異なりますが、米国ではすでに定着してしまっている発音です。
医学用語の発音に関しては、日本ではできるだけその言語での発音に似せたカタカナ表記を使います。ですから日本ではPurkinjeを「プルキンエ」、Wernickeを「ウェルニッケ」のように本来の発音に似せて発音しています。しかし英語圏では本来の言語の発音に頓着することなく、そのまま英語として「プゥキンジ」や「ゥワァーニキィ」のように発音します。したがって日本人の医師が英語を話す際には、これらの医学用語を英語圏での作法に従って発音する必要があるのです。
多くの日本人医師は「日本語の中で使われている医学用語の発音」を学んでから、さらに「英語の中で使われている医学用語の発音」を学ぶことになります。このように二重の手間がかかるわけですから、英語での医学用語の発音を苦手とする日本人医師が多いのは当然と言えます。
私はこれまで数多くの医学部で医学英語教育の機会をいただいていますが、reninやanion gapの「英語での発音」を知っている学生さんや医師の方はほとんどいません。どちらも日本語では「レニン」と「アニオンギャップ」のようにカタカナで定着していますので、英語ではそれぞれを「リーニン」や「アナィォンギャッ」のように発音するということはほとんど知られていないのが現状です。
このようにカタカナで定着している用語の発音には注意が必要ですが、さらに発音を難しくしているのが国や地域による発音の違いです。Vitaminは米国では「ヴァィタミン」のように発音しますが、英国では「ヴィタミン」のように発音します。また「呼吸困難」を意味するdyspneaは米国では「ディスニィア」のようにpは発音しませんが、英国では「ディスプニィア」のようにpも発音します。
また英語圏の臨床現場では「正しい発音」とは異なった発音が使われる場合もあります。「内転」と「外転」は英語でそれぞれadductionとabductionとなり、前者は「アダクション」、後者は「アブダクション」のように発音されます。しかしこの2つの発音は似ているため、明確に区別する目的で前者は「エー・ディー・ダクション」、後者は「エー・ビー・ダクション」のように発音されることがあります。日本語で「私立」を「しりつ」ではなく、「わたくしりつ」のように発音するのと同じ理由と考えるとわかりやすいかもしれません。
同じように英語圏の臨床現場では「正しいアクセント」とは異なったアクセントが使われる場合もあります。「甲状腺機能亢進症」「甲状腺機能低下症」を表現する際には、hyperthyroidism/hypothyroidismのようにhyper-/hypo-を使いますが、これらは英語の母国語話者でも聞き分けるのに注意が必要になります。したがって臨床現場で発音する際にはhyperthyroidism/hypothyroidismという本来の部分にアクセントを置くのではなく、hyperthyroidism/hypothyroidismの部分にアクセントを置いて発音する場合があります。これらは確かに「正しいアクセント」とは言えないのですが、正確に伝える必要がある場面では実際に使われているアクセントなのです。
このように医学用語の発音は実に多様ですので、非常に難解に感じる方が多いのも当然です。「正しい発音ができないと正しい聴き取りができない」のは事実ですが、「発音が気になりすぎて英語を話すことに苦手意識がある」となってしまうのも勿体無いことです。
昔は医学用語に多様な発音があるということを知ることは困難でしたが、現在はYouTubeなどの動画を使って、医学用語が英語圏でどのように発音されているかを簡単に調べることが可能です。そうすることで医学用語の正しい読み方を確認することができるだけでなく、「伝染性単核球症」infectious mononucleosisがmonoと、「褐色細胞腫」pheochromocytomaがpheoと呼ばれたり、「ヘマトクリット」hematocritが日本語のように「ヘマト」ではなくcritと省略されて表現されていることもわかるようになります。
このような発音の話となると、「大人になってから身につけるのは無理だろう」や「発音に注意をするのは学修効率が低いのでカタカナ英語でも十分だろう」という反論が常にあります。確かに正しい発音はコミュニケーションを取る上で優先順位はそれほど高くはありませんが、細かな違いを意識することで、確実にこれらの音を区別することができるようになるだけでなく、それまで意識しなかったカタカナ英語からも新たな発見をすることもあります。
「学ぶは真似ぶ」と言われているように、まずは医学用語が英語では実際にどのように発音されているかを動画を使って調べていただき、その発音を真似ることを楽しんでいただけたらと思います。