ドクターサロン

 齊藤 今、AIDSあるいはHIVに関して、世界ではどうなっているのでしょうか。
 塚田 世界では、2020年の時点でHIV陽性者は3,800万人前後と推定されています。
 齊藤 その国の医療状況あるいは経済性などと関係するのですか。
 塚田 世界中に感染者はいますが、特に感染者が多い地域はサハラ砂漠以南のアフリカ、あるいは世界の中でも貧しい地域です。
 齊藤 そういった中で日本はどうなっているのでしょう。
 塚田 日本は累計の報告者数が3万人を超えたところですが、世界の中では感染者が少ない地域に属すると考えていいと思います。
 齊藤 さて、診断法は今、どういうふうにするのですか。
 塚田 HIVのスクリーニング検査、いわゆる「抗体検査」を血液検査で行って、もしそれが陽性になった場合には確認検査で診断を確定します。
 齊藤 検査する時期はどう考えられていますか。
 塚田 スクリーニング検査は感度が非常に高いので、感染のリスクとなる行為があってから1カ月もすれば、検査をすれば陽性に出る可能性が高いので、疑った時点で血液検査を行っていただくのがいいと思います。
 齊藤 ハイリスクの行動とはやはり性感染症でしょうか。
 塚田 世界的には、薬物を使用するときの注射器具の使い回しで感染する方もいますが、日本では性感染症として感染した方が多く、その中でも特に男性同士で性交渉を行う方々が一番リスクが高いといわれています。
 齊藤 そういう方々はハイリスクということで、自分で検査を受けることがあるのですね。
 塚田 自身でリスクを自覚されている方に関しては、定期的に保健所で検査を受けたり、性感染症のクリニックで定期的に検査を受けたりしている方もいます。
 齊藤 一般の外来に訪れたときにそれを一応念頭に置くというのは、どうしてでしょうか。
 塚田 お話をうかがっている中で、男性同士の性交渉があることを本人がおっしゃったときには、もちろん検査を考えていただきたいのですが、そうではない場合でも、例えば梅毒など性感染症を見つけたとき、あるいは帯状疱疹や口腔カンジダ症といった体の抵抗力が少し落ちたときに出てくるような疾患を見たときには、ぜひ考えていただきたいと思います。
 齊藤 HIV感染の初期は風邪のような症状になるのですか。
 塚田 HIV感染症の急性感染期、感染してから2週から1カ月ぐらいの時期に、軽い方では風邪のような症状、重い方だとインフルエンザとかEBウイルスの初感染のような症状で病院にいらっしゃることがあります。
 齊藤 そうしますと、COVID-19と似ているのでしょうか。
 塚田 そうですね。発熱等一部の症状は重なりますので、熱で病院にいらして、コロナの検査をしたけれども陰性が続いている場合、HIVの急性感染期の可能性がないかを考えていただくのはとてもいいことだと思います。
 齊藤 まず急性の感染があって、そこで発見できればたいへんよいですね。
 塚田 そうですね。
 齊藤 HIV感染症がわかった後はどうなるのでしょう。
 塚田 おそらく日本ですと、診断がついた方は「拠点病院」というHIV感染症の診療に慣れた施設に紹介されることが多いと思うのですが、今は治療が非常によくなっていて、診断がついたらできるだけ早く治療を始めることになっています。
 齊藤 治療薬は何種類か使うのですね。
 塚田 3種類の薬剤の併用療法を行うことが多いのですが、この治療ができるようになった1990年代後半頃は、1日10粒とか15粒、副作用に耐えながらのむというたいへんな治療でした。今は治療がどんどん良くなって、特に最近は治療に必要な成分が1粒に含まれた「1日1回1錠」の治療薬でしっかり治療ができるようになっています。
 齊藤 3種類の薬が1つになった配合剤を1日1回のめばいいのでしょうか。
 塚田 そうですね。1日1回1錠で十分コントロールできます。
 齊藤 副作用もかなり少ないのですか。
 塚田 最近の薬では副作用もほとんど感じられなくなってきましたね。
 齊藤 患者さんはとても楽になったということですが、費用負担はどうなるのですか。
 塚田 ウイルスの薬なので、薬の価格自体は非常に高いのですが、本人が費用の問題で治療の継続を諦めることがないように、身体障害者手帳制度を使って本人の負担を減らすための方法が整備されています。
 齊藤 となると上限も、収入によるのでしょうが、それほど払わないでいけるということですね。
 塚田 現状の制度では月2万円が上限になっています。
 齊藤 経過観察には所定の検査があるのですか。
 塚田 治療を始めた時期は、血液の中のウイルスの量とCD4陽性Tリンパ球数(CD4数)を毎月測って体の免疫状態を把握するのですが、今の治療は非常に強力ですので、治療を始めて3カ月から半年もたてば、血液の中のウイルスは検出感度未満まで下がる方がほとんどで、その後は多くの方が3カ月ごとの受診になります。
 齊藤 病気を征圧した状態で1日1回1粒の薬をずっと続けるということになりますか。
 塚田 現在の治療はずっと続ける必要があります。
 齊藤 患者さんの服薬アドヒアランスに関してはどうですか。
 塚田 日本の患者さんは非常にまじめに薬をのんでくださる印象があって、通っていらっしゃる方のほとんどがウイルス量もしっかり下がった状態を維持しています。
 齊藤 初期は拠点病院で治療を開始して、安定してコントロールされたら、そういった治療に慣れた開業医が治療していくことになりますか。
 塚田 まだ東京や大阪、大都市部に限られますが、こういう治療に慣れた開業医が定期的に見てくださるケースは増えてきています。
 齊藤 そのようにAIDSで死亡することはなくなってくると、長期の患者さんが出てきて、どういった問題が起こるのでしょう。
 塚田 早期に診断がついて、きちんと治療をすれば、HIV感染症の有無にかかわらず生命予後は同等といわれていて、我々の施設でも最高齢層だと80代の方が大勢います。しかし、HIV感染症の治療は非常にうまくいってコントロールできても、日和見疾患以外の一般的な合併症、例えば認知症や、動脈硬化性の疾患や悪性腫瘍を発症して、最終的にそのような合併症で命を落とすことになります。そういう合併症が出てきたときに、HIV感染症があるからということで一般の医療機関でなかなか受け入れていただけないのが現在の最大の問題の一つだと思います。
 齊藤 例えば、高血圧、糖尿病になった場合、HIVの有無にかかわらず、同じようにコントロールしていくのでしょうか。
 塚田 そうですね。一般的な高血圧、糖尿病の治療薬で治療します。薬物相互作用、薬の飲み合わせへの配慮は必要ですが、これも昔と違って相互作用の少ない薬が増えており、問題になることは以前ほど多くありません。
 齊藤 認知症はなかなか難しいと思いますが、手術が必要になる病気ではどうですか。
 塚田 特にがんの場合に問題になりますが、治療に関しては、HIVがあってもなくても、手術の方法はもちろん同じですし、血液を介するHIV感染リスクも、治療でHIVがコントロールされていれば非常に低くなります。もし万一血液曝露事故、いわゆる針刺し事故のようなものが起こったときにも、予防内服を適切に行えば、その事故に遭った方がHIVに感染するリスクはゼロに持っていくことができますので、HIV感染症があるから一般の医療機関で治療できないということは私はないと思っています。
 齊藤 HIV感染症患者さんの状況は随分変わってきたということですが、完全になくなる可能性はあるでしょうか。
 塚田 文献レベルでは骨髄移植を行うことで治癒したという報告が数件ありますが、一般的な治療ではありません。現在の多剤併用療法では、治療の手を休めるとまたウイルスが増えてきてしまうので、現時点では根治ではなく、一生付き合っていく疾患と考えざるをえないと思います。
 齊藤 世界的にもAIDSのコントロールで、何か対策はあるのですか。
 塚田 HIV感染症は誰からうつるのかといえば、治療していない方からです。HIV感染症があっても、その方が治療を受けて、ウイルスが低いレベルに抑えられれば、その方からはうつらなくなりますので、世界中の共通の戦略として、できるだけ早く診断する。そして、診断がついた方を早期から全員治療しウイルスを抑制する。これが共通の戦略になっています。
 齊藤 日本はそういった意味ではかなり進んでいると考えていいのですか。
 塚田 日本は、診断がついた後に関しては、おそらく世界でも一番成績がいい国の一つだと思います。ただ、診断に至っていない方の割合というのは、もしかしたらほかの国よりも多いかもしれなくて、そこに関してはぜひ実地の先生方のお力添えをいただきたいところです。
 齊藤 どうもありがとうございました。