中村 大曲先生に新しい抗菌薬の開発状況についてお話をいただきます。このシリーズの前半はCOVID-19と診断の決まった状態での治療の話が主でしたが、まだ菌の同定も感受性もわからない状況での肺炎を見たら、どのようにするのか、どういう抗菌薬を選んでいるのか、その辺からまず教えてください。
大曲 まず仮定として、普通に街中で生活されている方が体調を崩して来られたという前提でお話をしたいと思います。通常は、例えば胸部のレントゲン、場合によってはCTを撮る医師もいるかもしれませんが、肺に影があることを確認します。肺炎の原因となる微生物にある程度の傾向があるので、そもそもどういう菌が感染を起こすかを確認することが大事だと思っています。具体的には、肺炎球菌はやはり頻度が高いですし、高齢者、あるいは喫煙者では、ヘモフィルスインフルエンザが問題になりますし、広い菌の中ではマイコプラズマ等も問題になります。要はそれらが治療の対象になるのですが、先生がおっしゃるとおりで、例えば会って10分とか15分で原因となっている菌がすぐにわかる状態にはまだなってはいないです。
中村 そうですね。
大曲 そのときには、先ほど申し上げたような菌、一般的には肺炎球菌とかヘモフィルスインフルエンザ、あるいはモラクセラ・カタラーリスといった菌のことを想定して、それらをおおむね治療できるような、外さない抗菌薬を選んで治療しています。
中村 例えばどのようなものを選ばれていますか。
大曲 これは医師によって多少考え方の違いがあるかもしれませんが、一般的に使われるのは、例えばペニシリン系の抗菌薬、アンピシリン、それに例えばスルバクタムを一緒に合わせたものを使うこともありますし、第3世代のセファロスポリン、よく使われるのはセフトリアキソンですが、これらを使うこともあります。
ただ、それだと抗菌薬としてはまだかなり広域なのです。その場合、例えば治療の前に喀痰が取れれば、グラム染色を顕微鏡で見て、ある程度菌がわかる場合があります。それで例えば肺炎球菌らしいということがわかれば、ペニシリン系の抗菌薬で治療することも可能です。
中村 例えばニューキノロンのようなものもお使いになりますか。
大曲 今のようなかたちで選んでいくと、実はニューキノロンを使うことは私自身はあまりないです。ただ、患者さんがもともと肺の病気を持っていて、何度も感染を繰り返している場合があります。そうすると、ニューキノロンでなければ治療ができないような微生物で状態が悪くなっていることが現実にあります。そうしたときが使う場面ではないかなと思います。
中村 そのうちに菌の同定ができて、感受性もある程度わかり、正しいものを選んでいくことになりますか。
大曲 そこをいかにきっちりやっていくのかが治療を成功させるポイントであり、薬を適正に使って耐性菌を作らないようにする意味でも大事ではないかと思います。
中村 今、いろいろな種類の抗菌薬が私どもの手元で使えるようになりましたが、これからどのような新しい抗菌薬の開発が行われていくのか。あるいは、実際に行われているのか。その辺のお話をいただけますか。
大曲 特に抗菌薬の開発に関しては、例えばこの10年、20年ぐらいは主にグラム陽性球菌といわれるような、わかりやすいところで言うと、黄色ブドウ球菌、なかでも薬が効きにくいMRSAなどに対しての治療薬の開発が非常に活発だったと思います。昔からバンコマイシンという薬がありますが、例えばリネゾリド、テジゾリドといった薬も出てきて、そちらに関してはだいぶ進んできました。
一方で、最近になってむしろ問題になってきたのが、いわゆる薬の効きにくいグラム陰性桿菌、多剤耐性のグラム陰性桿菌です。昔は緑膿菌が問題になりましたが、むしろ今はカルバペネムを溶かしてしまうような酵素を出す、腸の中にいるような腸内細菌科のグラム陰性桿菌も問題になってきています。アシネトバクターのような多剤耐性菌も同時に問題にはなっています。ですので、こうしたいわゆる多剤耐性のグラム陰性桿菌、これらをカバーするような治療が今、開発対象としては一番求められていると思います。
中村 実際に登場しつつあるのですか。
大曲 実際に登場しつつあります。例えば、もともとある第3世代のセファロスポリン、例えばセフタジジムという薬に、先ほど申し上げたような抗菌薬を溶かすような酵素、βラクタマーゼを止めるような薬、例えばアビバクタムですとか、そうしたものの合剤の開発に取り組まれています。
中村 これは経口ですか。点滴ですか。
大曲 主に点滴です。確かに経口で行う治療は非常に求められています。例えば、今日本では大腸菌の中でも20%以上が第3世代のセファロスポリンが効かないようなESDL産生菌に変わってきています。これらは頻度も高く、大腸菌の感染症というと、尿路感染など、要は我々がよく見るような感染症が多いのですが、それらをうまく治療するという意味で、内服の治療が求められているのだと思います。実際にはこうした多剤耐性菌の内服治療はなかなか開発がたいへんらしくて、これからそれが出るのを期待したいと思います。
中村 実際に開発の努力はされているわけですね。
大曲 開発の努力はされています。ただ、ちょっと懸念しているのは、こうしたいわゆる多剤耐性菌向けの治療薬の開発はなかなか困難でして、実は20年、30年前に行われていたほど活発に行われていないのが正直なところです。
中村 そうですか。
大曲 そうなのです。開発自体が簡単ではないということも一つあるようです。もう一つは、開発には当然コストがかかるのですが、実はこういう多剤耐性菌向けの治療薬というのは、医療者の立場からすれば、すごく大きな売り上げにつながるわけではないのです。ですので、開発費用を回収できない。開発費のほうが上回ってしまうこともあるようでして、そういう困難な面もあります。
中村 メリットが少ない。でも、実際に頻度が多くなれば当然ニーズが高くなるわけですが。
大曲 もちろんそれもあると思います。ただ、こういう傾向は世界的にもそうらしく、最近特にG7の国、イギリスやアメリカでも議論されています。実際少し変わってきているのは、治療として当然必要な薬剤で、でもたくさん生産量が必要なわけではない薬剤というのは国民の健康を守るために国として支えていく必要があるだろう。そのために、きちんとそうした薬剤がずっと市場に出回り続けるように、国として法律を作ったりしてサポートをするといったことは始められています。
中村 実際に私ども臨床の立場で時々困るのは、蜂窩織炎(phlegmone)を見たときです。菌の同定もしにくいですが、それはどう治療されますか。
大曲 一般的な蜂窩織炎、患者さんが込み入った持病を持っているなどの状況ではなくて起こる蜂窩織炎の場合は、通常は黄色ブドウ球菌か、あるいはA群β溶連菌が原因のことが多いです。ですので、そういう場合は例えば第1世代のセファロスポリンのセファゾリン、点滴であればこの薬剤で十分効果が期待できると思います。内服でいえば、セファゾリンの内服薬に当たるものがあります。例えば、セファレキシンといった薬を使うということもありますし、医師によっては内服薬ではペニシリン系でアモキシシリンとクラブラン酸の合剤を使う方もいます。
ただ、患者さんが込み入った持病をお持ちだったり、非常に重症の場合は、先ほどの黄色ブドウ球菌や溶連菌だけが原因とは言い切れない場合もあります。そういうときには、例えば大腸菌とかクレブシエラのようなグラム陰性桿菌が問題になることも全くないわけではありません。そういうときは第3世代のセファロスポリンのような広域抗菌薬を使わなければいけない場面もあります。ただ、通常の診療をしている中でそういうことに出会うのは極めてまれではあります。
中村 これからぜひ私どもが使いやすく、副作用も少ない抗菌薬が登場してくるといいと思います。ありがとうございました。
新型コロナウイルス感染症の最新情報と感染症対策の重要課題(Ⅲ)
新規抗菌薬の開発状況
国立国際医療研究センター病院国際感染症センターセンター長
大曲 貴夫 先生
(聞き手中村 治雄先生)