ドクターサロン

 齊藤 抗菌薬の安定供給の課題ということですが、一般的に薬のライフサイクルはどうなっていますか。
  まず開発するメーカーが創薬して新しい薬剤を創る。そしてその新薬をいわゆる先発品というかたちで市場に出して、それが広く使われて、開発した会社はその投資を回収するという格好になります。ある程度時間がたつと、今度は安価な後発品が出てきます。そうしますとさらに広くいろいろな方に使われるようになっていきます。先発品を開発した会社がそれまでに投資を回収できていれば、それを新たな開発に回すというかたちで、新しい薬剤につなげていくというライフサイクル、これが長くいろいろな薬剤で行われています(図1)。
 齊藤 高血圧の薬も、糖尿病の薬も、心不全の薬も、どんどん新しいものができて、それがガイドラインで推奨されて、使われていって、患者さんが恩恵を受ける。それで開発した企業も利潤が上がって、次の薬の開発に向かえるという流れですね。
  そうですね。
 齊藤 そういった中で抗菌薬はどうですか。
  抗菌薬に関しては、新薬の開発がかなり滞ってきています。そのために、私たちが使っている抗菌薬のほとんどはもう長年使われており、ほぼすべて後発品になっているという状況です。
 齊藤 新薬を創る会社が必ずしもそこに力を入れられないという状況なのでしょうね。
  そうですね。抗菌薬を開発しても、市場として魅力がないというところかと思います。
 齊藤 生活習慣病ですと新薬が出て、いい結果が出るとガイドラインで推奨されて、どんどん使われていきますが、抗菌薬の場合はどんどん使うということはないのですね。
  やはり最近、薬剤耐性の問題が大きくなっていますので、抗菌薬は全体に抑制的に使う流れになっています。 それから新薬についても、せっかく新しい薬剤が出たのに、耐性が出て使えなくなっては困るということで、どちらかというと大事に使いましょうということになっていく。そこがほかの分野の薬と違うところだと思います。
 齊藤 今使っている抗菌薬の多くはジェネリックになっているのですね。供給が不足した事例があるのでしょうか。
  日本で最も大きな問題になったのは、セファゾリンという第一世代セファロスポリンの注射剤が不足したことです。これは2019年に起こりました。この薬は日本の医療現場で多く使われていますので、足りなくなったときは、多くの病院が代替薬を入手しようと動きましたが、代替薬も足りないというような事態になり、非常に多くの病院で抗菌薬をどうやりくりするかに苦労しました(図2)。
 齊藤 なぜそうなったのでしょうか。
  もともとこの薬もいわゆるジェネリックなのですが、その中で最も大きなシェアを持っている会社が、原薬の輸入をできなくなったことが一番の理由です。海外で原薬を購入して、日本で最終的な製品にして販売するという流れなのですが、その原薬工場で問題が起きて、日本での生産が止まってしまったのです。
 齊藤 輸入頼りということで、こういうことは今後も起こりうるということですか。
  はい。今、抗菌薬はそのほとんどがジェネリックになっています。そして海外から安い原薬を輸入するというパターンになっていますので、海外の工場で何か問題が起こると日本の抗菌薬が足りなくなることが、いつ起こってもおかしくない状況になっています(図3)。
 齊藤 そういった不安定供給の問題とともに、海外の原薬製造に関してもコストが上がってきているのでしょうか。
  海外では、まず安い原薬を求めて、中国やインドの会社に集約されてきました。ただ、そういった国々でも次第に賃金が上がっていったり、最近は環境問題への対応が必要になってきたり、これまではかなり安かった原薬も少しずつ値段が高くなってきていると聞いています。
 齊藤 供給ルートについて何か対策をされるのでしょうか。
  日本として一つの供給ルートに頼っていては、そこでトラブルが起きたときにすぐ薬が足りなくなってしまうので、できるだけ複数のルート、サプライチェーンを確保していくことがとても大事になります。そもそも海外の製造に依存していることを多くの現場の医療従事者は知らなかったことかもしれませんが、海外といっても、様々な会社から供給を受けることで、まず一つ安全性を高めることができると思います。
 齊藤 学会でもそういう危機感が共有されているとうかがいましたが。
  基本的な抗菌薬が入手できないと、様々な医療の存続に関わります。そこで、感染症関連の学会では主な抗菌薬のリストを作って、少なくともこの薬剤は確実に確保するようにというような要望を出している。そして、厚生労働省でもそれを踏まえて関係者会議を行って対策の話し合いが行われました。
 齊藤 具体的にはどういったことを要望しているのでしょうか。
  まず先ほどお話しした、できるだけ複数の供給ルートを確保すること。それだけではなくて、これは国の政策にも関わるのですが、薬価があまり安くなってしまうと、安定供給のために投資することができないということが起きます。やはり薬価は一定のところをきちんと確保する必要があるだろうと思います。あとは、供給不足が起きたときの対応をきちんとシステムとして作っておいて、できるだけ早く対応できるような仕組みも必要ではないかと思います。
 齊藤 ジェネリック使用がたいへん増えてきて、今回は、抗菌薬で供給不安定の問題があったようですが、生活習慣病などの領域でもありうることなのでしょうね。
  そうですね。新薬の開発がどんどん進んでいる領域は、いわゆるライフサイクルが回ります。ただ、特にジェネリックが中心になっている領域ですと、同じようなことが起きうると思います。
 齊藤 そこに対してはもうそろそろ、対策を考えておかないといけないのでしょうね。
  抗菌薬で見えてきた問題は、昔から使われているほかの薬にも影響しうるということになります。厚生労働省も抗菌薬以外の薬剤も含めて対策が必要だということでリストアップをし、これから具体的に対策を進めていくという段階だと理解しています。
 齊藤 今、新型コロナウイルスで皆さん、たいへん忙しいので、こういった面に気が回らない部分もあるかもしれませんが、非常に重要な問題ですね。
  私たちは医薬品が常に安定してそこにあると思って仕事をしているところがあります。これをきちんと継続するということは、医療そのものの継続につながる大事な問題だと思っています。
 齊藤 日本の問題としてお話しいただいたのですけれども、これは国際的にも問題となりうることでしょうね。
  世界的に同じ構造になっているところがあり、例えば米国あるいは欧州でも抗菌薬が不足するという事態がしばしば起きています。決して日本で足りなければ同時にアメリカでも足りないというわけでもないのですが、それぞれの国でも大きな問題だということで、様々な対策が今始まっているところです。そういう意味でも、国際協力というかたちで一緒に動いていくことも必要かもしれません。
 齊藤 イギリスでは何か対策が打たれたのですか。
  イギリスでは新薬の開発で対策が打たれ、新薬を開発した会社がかかった費用、投資したコストを確実に確保できるような仕組みを作って、薬のライフサイクルをきちんと回すための新しいビジネスモデルを国として作ろうという動きが出ています。
 齊藤 企業の社会的貢献も非常に重要だということですが、国とうまく共同して、薬がなくなるという問題が回避されないといけないでしょうね。
  そうですね。医療にとっては基本的な、かつ重要な問題だと思います。ぜひこういった問題にも注目していただければと思います。
 齊藤 どうもありがとうございました。