ドクターサロン

 大西 中浜先生、抗菌薬耐性菌、AMRと抗菌薬の適正使用についてお話をうかがいます。
 まず初めに、薬剤耐性菌の現状と問題点についてですが、現在、世界的に耐性菌が非常に増加して問題になっています。サミットにも取り上げられて、日本からもアクションプランが出ましたが、そのあたりからお話しいただけますか。
 中浜 大西先生が言われましたように、国際的に多くの抗菌薬耐性菌(AMR)が増加したことで、感染症の重症化や死亡率の増加が起こり地球規模での重大なリスクになっているという認識から、2016年の伊勢志摩サミットでも大きく取り上げられました。
 その際に日本から発表されたのが、AMR対策アクションプランです。
 大きくは6つのカテゴリーから構成されていますが、臨床に直結するテーマは「抗菌薬の使用量と耐性菌の分離率を低下させる」という対策案です。
 内容を一部紹介しますと、抗菌薬全体の使用量を2013年に比較して2020年には33%減少させる、経口セフェム、キノロン、マクロライド薬の使用量を半減させる、さらに注射用抗菌薬の使用量を20%減少させるなど、なかなか厳しい成果目標です。
 耐性菌の分離率でも、ペニシリン耐性肺炎球菌を15%以下に、MRSAを20%以下、キノロン耐性大腸菌を25%以下に減少させるという目標なのですが、臨床微生物学の観点からは達成することは非常に厳しいと、当時すでに感じていました。
 最近発表されたAMR臨床リファレンスセンターの調査結果では、アクションプラン開始後3年目の2019年の経口抗菌薬の消費量は、2013年に比較して約12%の減少にとどまり、注射用抗菌薬に至っては約12%増加しています。
 また各耐性菌の分離率の低下も、目標値には程遠いレベルの成果しか得られていません。これらの数字からも、AMR対策の実効性を上げることの難しさが理解できます。
 大西 わが国の臨床現場ではかなり多くの方に抗菌薬が投与されていると思うのですが、その中で経口抗菌薬は開業医も盛んに処方するケースが多いと聞いています。そのあたりの現状と課題について教えていただけますか。
 中浜 わが国では毎日200万人に抗菌薬が投与され、そのうちの90%は経口抗菌薬であると発表されています。また経口抗菌薬の70%近くは開業医で処方されているといわれており、その状況からAMR問題における開業医の責任は非常に大きいといえます。
 その一方で、私が過去に行った医師600人と3,600人を対象とした2回のアンケート調査では、開業医と病院外来医での風邪症候群に対する経口抗菌薬の処方行動は、開業医がやや処方率が多いのですが、2群間に大きな差はありませんでした(図1)。
 また私のNPOで肺炎球菌やインフルエンザ菌など4菌種7万8,000株の10年間の耐性率変化を、開業医由来株と病院外来株で比較しましたが、ほとんど差はありませんでした。これらのことから外来AMR問題を論じる際には、開業医のみではなく病院外来医も同様に対象にするべきだと考えています。
 今もご紹介したように外来AMR問題として最も重要視されているのが、風邪症候群に際しての抗菌薬投与です。私の2016年の調査では風邪症候群に抗菌薬を投与するのが症例の10%未満と少ない医師は60.1%でしたが(図1)、東京医科歯科大学の具教授の2020年の調査では、処方を減らした医師が70%と10ポイント近く増加していて、AMR対策の効果によって臨床医の行動変容がみられています。
 しかし外来での抗菌薬の処方については、もう一つの問題があります。それは患者さんやその家族からの抗菌薬処方の希望です。私の調査では患者さん側からの抗菌薬処方の要求が22%あり、説明しても納得が得られなければ抗菌薬を処方する医師が56.5%いるという結果でした(図2)。
 このように患者サイドの要求に押し切られて医師が処方されているという側面もあります。
 大西 患者さんや国民への啓発活動が非常に重要かと思うのですが、具体的にはどのようにしていったらよいでしょうか。
 中浜 AMR対策では、医師のみならず患者サイド、言い換えれば国民への啓発の重要性がクローズアップされています。
 そこで私は2018年に7施設で患者さんを対象とした意識調査を実施しました。患者さんの内訳は一般診療科600人と小児科保護者600人の計1,200人で、半数が小児科保護者なので女性の比率が74%と多く、そのうち半数以上が30~40歳でした。
 その調査の結果、風邪に対して抗菌薬は効果があると考える人は全体の81.8%と多く(図3)、風邪の際に抗菌薬処方を医師に希望した経験があるのは25.9%でした(図4)。先ほどの私の医師対象のアンケートでは21.7%でしたが、ほぼ近似した数字と思われます。 一方で、74.1%の人が抗菌薬処方を希望していないことは、大部分の患者さんが医師の治療方針に従っているとも考えられ、今後の啓発対象は残りの25.9%の少数派ともいえます。その25.9%の希望者に、もし医師から風邪に抗菌薬は効果がないことを説明されたらどう感じるかときいてみますと、91.9%の人がその後は抗菌薬を希望しなくなることがわかりました(図5)。やはり医師の説明の力は、我々が思う以上に説得力があるようです。
 続いて抗菌薬を希望した人に「抗菌薬を処方しない医師に対する印象」をきいてみますと、90.7%が受診を続けることもわかりました(図6)。ですから、医師は臆することなく患者さんに説明をしても大丈夫なようです。
 そこで、1,200人全員に医師の説明を受けた経験をきいてみますと、全体の17%の人しか医師から説明を受けていませんでした。この結果から、今後はさらに医師サイドからの説明対応が望まれます。
 それではどのように抗菌薬の適正使用を説明すれば説得力が生まれるのかを、メッセージテストを用いて調べてみました。このメッセージテストとは、ひとつのテーマに対し異なる視点の選択肢を提示し、メッセージの受け手側に「何を伝えることが最も相手の心に響くのか」を検証する方法です。テストは私のクリニックで100人の患者さんを対象に、5つの選択肢を提示して実施いたしました。その結果は「耐性菌による将来の抗菌薬の効果減少のリスク」が52%と圧倒的に多いものでした(図7)。
 ここまでの結果から国民への意識改革の処方箋をまとめますと、主たる訴求ターゲットは30~40代の女性で、訴求ポイントは「不適切な抗菌薬使用は、体内に耐性菌を生み、将来の貴方の感染症治療のリスクになりますよ」と、なります。そして広報の手段としては、医師からの直接説明が最も効果的であるといえます。
 大西 今後の展望としてはどういった点が重要な課題だとお考えでしょうか。
 中浜 先にご紹介しましたアクションプラン対策は5年間実施され、2021年の具教授のグループの調査では、医師サイドと患者サイドにも抗菌薬の適正使用の意識変容が確かに認められるようになっています。
 これはこの5年間の対策を実施してきた効果と評価されます。
 そこで今後の展望としては、まずはこの5年間のAMR対策の実績を踏まえて、2016年版に続く新しい「AMR対策アクションプラン」を作成することだと思います。
 この5年間の対策の中で注目されるのは、2018年に作られた「小児抗菌薬適正使用支援加算」です。これは3歳児以下を対象とする小児科外来診療科と小児かかりつけ診療科で、小児科専門医師が上気道炎や下痢症の初診患者に対して、抗菌薬を投与しない理由を説明すると80点の加算を算定できるものです。
 この加算が実施されて以降、小児科での抗菌薬投与のレセプト数が減少したと報告されています。やはり加算設定は強いインセンティブとなりうるので、この適正使用支援加算を時限的でもいいので、内科や耳鼻科にも拡大していただきたいです。個人的には、この「加算設定」が最も即効的で効果的なAMR対策になると考えています。
 それからやはり学校教育の段階で、抗菌薬適正使用の必要性を教育することは大切ではないかと考えています。
 私は小学校6年生を対象に、年に1回、禁煙の講義をしてきましたが、授業を聞いた後の子供たちの表情は真剣そのものでした。小さい時からの知識の注入は、将来的にも影響するものと実感しています。
 また先ほどの患者アンケートでは、有効性のあるAMRの広報としては、テレビ番組やインターネットでの拡散が一番効果的という意見でした。その他にも少数意見ですが、母子手帳に記載する、風邪薬の薬袋に説明用チラシを入れるなどユニークな提案もありました。
 耐性菌によって世界中で毎年70万人の人が死亡しているといわれ、この耐性菌の脅威はますます増悪していくことは確実です。
 今後も行政と臨床医が現状をトレースしながら、忍耐強くAMR対策を立案して実行していくことが、最も求められることだと思います。
 大西 重要な課題についてお話しいただき、どうもありがとうございました。