ドクターサロン

 池脇 住友先生は学校心臓検診のガイドラインの委員長をお務めということで、この質問に対しては先生以上の的確な方はいらっしゃらないので、お忙しい中、来ていただきました。
 学校心臓検診について調べたところ、小学校1年、中学校1年、高校1年で行うことが義務づけてあり、しっかりしているなと思いました。しかも最初に始まったのが1954年ですから、60年余りの歴史があるということで、日本では非常に普及している検診だと思った一方で、そのやり方は地域によってまちまちなところがあるようです。今はどういう状況なのでしょうか。
 住友 学校心臓検診は世界でも日本だけで行われている心臓検診システムです。心臓検診のやり方は、全員の心電図を撮ることは決まっているものの、そのやり方に関しては地域に任されているのが現状です。地域によっては省略4誘導心電図と心音図を記録している地域も、12誘導心電図だけを記録している地域もあります。
 池脇 学校心臓検診で心音を鑑別するという質問ですので、おそらくこの医師は学校医で、児童・生徒さんの聴診をされるような状況にあると思いますが、必ずしもすべてのところで聴診を行っているとは限らないのでしょうか。
 住友 学校医が聴診をするのが一般ですので、ほとんどの学童が心音を聴診されていると思います。
 池脇 一方で、省略4誘導心電図、それと心音図によって、これはおそらく人がかかわらずに、機械が両方一緒に記録するというやり方の地域もあるのですね。
 住友 そうですね。そういう地域もあります。
 池脇 住友先生はどういうかたちが望ましいと思われているのでしょうか。
 住友 なぜ心音図の記録が最初に始まったかといいますと、学校心臓検診が始まった当初は心疾患が入学時までわからないことが多く、心音で心疾患が見つかる患者さんが多かったために心音図の記録が始まりました。ところが、現在は乳児健診が非常に進んでいるので、心雑音が聴こえるような心疾患は学校心臓検診が始まる前に見つかっているのが現状です。それで現在では心音図の必要性が少なくなってきており、心音図を撮らない地域が増えてきています。むしろ12誘導心電図のほうが情報量が多いのではないかということになり、12誘導心電図を撮ることが推奨されるようになってきています。
 池脇 小学校以降の学校心臓検診での心音の役割は、以前に比べるとちょっと下がってきているのは事実なのですね。
 住友 はい、そう思います。
 池脇 とはいえ、小学校以降で見つかる心疾患も、この後、先生に解説をいただけると思います。それをいかに効率よく拾い出すかということが質問の医師の意図のようですね。そうはいっても、心音には、Ⅰ音、Ⅱ音、Ⅲ音、Ⅳ音、あるいは過剰心音など、いろいろとありますので、まずそのあたり、解説いただけるでしょうか。
 住友 それでは、心音の解説から始めます。心音にはⅠ音とⅡ音があり、Ⅰ音は房室弁の閉まる音、Ⅱ音は大動脈および肺動脈弁の閉まる音といわれています。
 Ⅰ音で、一番はっきり聴こえるのは僧帽弁の閉鎖音です。この閉鎖音は心尖部ではっきり聴取されますが、Ⅰ音が亢進するのは僧帽弁狭窄のときといわれています。Ⅰ音は心室の圧の上昇の度合いであるdP/dT、つまり、心室圧の上がるスピードが速ければ速いほど亢進するといわれています。
 Ⅱ音は大血管の弁が閉まるときの音です。肺動脈圧は一般的に20㎜Hg以下ですので、肺動脈弁はこの低圧で閉鎖します。肺動脈の圧が高い、肺高血圧になると、肺動脈弁の閉まる圧が数倍に強くなるため、Ⅱ音が亢進します。 またⅡ音は、普通の方は大動脈、肺動脈の順番で閉まり(図1)、呼気で分裂幅が狭く、吸気で広くなります。これを呼吸性Ⅱ音分裂といいます。ちょっと正常なⅡ音の分裂を聴いてみたいと思います。「ドッドッ、ドッドッ、ドッドッ」。呼吸性のⅡ音分裂までは録音していませんが、このようにⅡ音はわずかに分裂しています。
 吸気でⅡ音の分裂が狭くなるものを奇異性Ⅱ音分裂といいます(図1)。これは大動脈弁狭窄症、左脚ブロックで認められる現象です。
 それから、肺動脈弁狭窄、右脚ブロックなどでは吸気でも呼気でもⅡ音の分裂が非常に広くなります。「ドッドッ、ドッドッ、ドッドッ」、これを異常Ⅱ音分裂といいます(図1)。この心音は右脚ブロックのⅡ音の分裂です。 それから、Ⅱ音の分裂幅が吸気、呼気で変わらない分裂を固定性Ⅱ音分裂といいます(図1)。これは心房中隔欠損のときに聴こえる音です。「グーガッ、グーガッ、グーガッ」、このようにⅡ音の分裂が広くて収縮期雑音が聴こえるのが心房中隔欠損のときの心音です。
 また、一般的に正常な方では聴こえないのですが、Ⅲ音、Ⅳ音は心臓の容量負荷であるとか、心臓の機能が悪い心不全などを起こしている方で聴こえる心音です。Ⅰ音の前に聴こえる心音をⅣ音、Ⅱ音の後で聴こえる心音をⅢ音と呼び、Ⅲ音とⅣ音の両方が聴こえると4つ心音が聴こえます。「ドドッドッ、ドドッドッ、ドドッドッ」、このような心音をギャロップといいます。このような心音が聴こえた場合には必ず異常であるといわれています。
 次に心雑音について簡単にお話ししたいと思います。心雑音には収縮期の雑音と拡張期の雑音があります。収縮期駆出性雑音という雑音はダイアモンド型の雑音で(図2)、収縮中期に雑音が強くなる雑音です。「グオン、グオン、グオン」、このような雑音を収縮期駆出性雑音といいます。収縮期駆出性雑音は大動脈弁狭窄、肺動脈弁狭窄などの大血管の弁の狭窄で聴こえる雑音です。これに対して雑音の大きさが収縮期で変わらない雑音を汎収縮期雑音と呼びます(図2)。これは心室中隔欠損あるいは房室弁の閉鎖不全で聴こえる雑音です。「グオーン、グオーン、グオーン」、このような雑音です。
 それから拡張期に雑音が聴こえる病気もあります。僧帽弁狭窄症では拡張中期に雑音が聴こえます(図3)。「ガアアッ、ガアアッ、ガアアッ」このような雑音が僧帽弁狭窄症の雑音です。
 それから、Ⅱ音の直後から聴こえる雑音を拡張早期雑音といいます(図3)。これは大動脈弁、肺動脈弁の閉鎖不全で聴こえる雑音です。「ゴーッ、ゴーッ、ゴーッ」、このような雑音が大動脈弁閉鎖不全の雑音です。拡張期雑音は収縮期雑音と鑑別が難しいのですが、もし雑音が収縮期か拡張期かわからない場合には、必ず脈を取りながら収縮期か拡張期かを確認しながら聴くことが大切です。
 それから、収縮期と拡張期にわたる雑音で代表的なのは連続性雑音といわれる雑音です(図4)。動脈管開存症の雑音は、「ガガドーン、ガガドーン、ガガドーン」、このように収縮期と拡張期と両方にわたる雑音です。
 それから、大動脈弁閉鎖不全と狭窄を合併すると、収縮期駆出性雑音と拡張早期雑音が両方聴こえます。このような雑音はto and fro murmurと呼びます(図4)。「ドンツー、ドンツー、ドンツー」、このような雑音です。
 それから、正常な方で聴こえる雑音(無害性心雑音)も学校心臓検診で問題になります。1つは静脈こま音という雑音で、これは鎖骨下静脈を流れる血液の音だといわれていて、高調性な連続性雑音です(図5)。
 それから、Still雑音といわれる雑音も、正常な方で聴こえる雑音で、胸骨左縁下部で聴こえる収縮期駆出性雑音です(図5)。「ゴロンゴロン、ゴロンゴロン、ゴロンゴロン」、この雑音は小児では比較的よく聴こえます。
 最後に肺動脈の血流音(Pulmonary flow murmur)というものもあります。これは乳児健診などでよく聴こえますが、肺動脈弁狭窄のような雑音になります。「ゴーッ、ゴーッ、ゴーッ」、このような雑音です(図5)。胎児期にあった動脈管が閉鎖すると、肺動脈の主幹部は太いのに、末梢がまだ細いために圧格差が生じることによって、肺動脈に流れる雑音が聴こえるのが原因だといわれています。無害性心雑音の鑑別方法を表に示します。
 以上のように、雑音が聴こえても、必ずしも有害性の雑音であるとは限らないことに留意して、心雑音が聴こえた場合には鑑別をしていく必要があると思います。
 池脇 実際に雑音を聴かせていただきながら解説をいただきました。ありがとうございました。