ドクターサロン

 山内 バセドウ病・橋本病の周術期管理、術前からの管理ということで、バセドウ自体の手術もありますが、こちらは専門的ということで、今回は非専門医がよく経験する可能性があるバセドウ病の患者さんたちが手術するときの管理についてお願いします。まず普通はコントロールが十分ついているケースに関して、基本的なところをバセドウ病からお聞かせ願えますか。
 橋本 今、山内先生がおっしゃったように、バセドウ病がうまくコントロールがついているケースの場合は通常どおり、今行われている治療を術直前まで続けていただくのが一番いいと思います。手術中、周術期に関しては、薬はのめないですが、1~2日のレベルであれば休薬も十分可能だと思います。
 山内 橋本病はいかがでしょうか。
 橋本 橋本病は、甲状腺機能低下症になっていて、レボチロキシンの補充が行われていない場合は全く問題ないと思いますし、もし補充が行われている場合でも、レボチロキシンの半減期がだいたい48時間ですので、2日程度であれば休薬してもホルモンの低下を認めることはないと思います。
 山内 乗り切れることが多いと思いますが、場合によって消化管の手術のようなかたちで、なかなか経口的に薬を投与できないケースをどうするかですが。
 橋本 バセドウ病のほうはチアマゾールの静注製剤があるので、それらをうまく使っていただくということが一つ。そして、甲状腺機能低下症の場合は、胃管が使えれば胃管からレボチロキシンを粉砕して入れていただきます。なかなか経口摂取、もしくは胃管、消化管を使えない場合、今までは坐薬等を院内調整で作っていたり、静注薬も院内調整でしかなかったので、そういうものを使っていたのですが、最近になってレボチロキシンの静注製剤が上市されて保険適用になっているので、その製剤をうまく使っていただければ、管理はそう難しくないと考えています。
 山内 なかなか便利なものができたのですね。
 橋本 はい。
 山内 さて、是正するときの目標について、事前にある程度準備できるような状況の場合ですが、よく不安定な状況というのも出てきます。このように少しホルモン値をよくしていこうというとき、どういった目標値になるのか、まずバセドウ病からいかがでしょうか。
 橋本 今先生がおっしゃったように、甲状腺中毒症のコントロールがうまくいかないまま全身麻酔下の手術を行うと、非常に重篤な状態である甲状腺クリーゼを発症する可能性が高くなるので、これは何としても避けなければなりません。時間がある場合は、今通常行っている治療の抗甲状腺薬の増量をしたり、調節をしたりして是正を図っていくわけですが、なかなか時間的な余裕がない場合、非常に簡便なのはヨウ化カリウムの50㎎を術前10日ぐらい前から使っていただくと、甲状腺機能はだいたいコントロールされることが多いです。
 ただ、それだけでは不十分というケースもありますので、そうした場合はステロイドを少し使う。具体的にはデキサメサゾンであれば4~8㎎/day、プレドニゾロンであれば30~60㎎/dayを使うことで、これもだいたい術前1週間ぐらいでコントロールがつくと思います。
 なかなかエビデンスがなくて難しいのですが、free T3値を目安としていることが多く、経験的に言って、free T3値が10pg/mLを超えなければ、まず安全に全身麻酔下の手術ができると考えています。
 山内 free T4ではなく、free T3なのですか。
 橋本 free T4のデータがなかなかないということもありますが、実際に働いているホルモンであるT3値を目安にするのが手術に関しては現実的かと考えています。
 山内 次に橋本病ですが、こちらはいかがでしょうか。
 橋本 橋本病の場合は、ほとんどの患者さんが甲状腺機能は正常です。甲状腺機能が正常であれば問題ないのですが、一つ問題になるのは潜在性甲状腺機能低下症といいまして、free T4、free T3は正常だけれども、TSHが正常値よりも高い。TSHが10μu/L以下であればいいのですが、10μu/Lを超えてきた場合は補充が必要になります。また、free T4値が正常から下回ってしまう、いわゆる顕性の甲状腺機能低下症になる場合は、やはり補充が必要になってまいります。
 山内 具体的にはどういった補充療法でしょうか。
 橋本 まずレボチロキシンを、体重50㎏以上であれば25μg/dayぐらいから補充していくことになりますが、罹病期間が長かったり、高齢者、特に85歳以上である場合は12.5μg/day、もしくは6.25μg/dayといった少ない量から補充しなければなりません。心不全の合併もありますので、それの進行や増悪に気をつけながら補充していくわけですが、そうはいっても、なかなか時間がかかります。TSHまで正常にするのはなかなか難しいので、全身麻酔を使った手術の目標としてはfree T4値を1ng/dL以上に持っていくことが、一つの目安になるかと思います。
 山内 こちらはfree T4を使われるのですね。
 橋本 はい。補っている製剤がT4ですので、やはりT4で反映されると考えています。
 山内 なるほど。なかなか細かいし難しいところではありますが、大事なポイントですね。特に最近、潜在性の甲状腺機能低下症は高齢者で多いですね。高齢者の手術も非常に増えていますから、このあたり、ぜひチェックしていきたいところですが、周術期の検査項目から甲状腺機能が抜けていることが多いのではないでしょうか。
 橋本 おっしゃるとおりで、本当に問題になると思います。特に高齢者の場合は症状が非常にあいまいで、はっきりしないことが多いし、甲状腺が腫れていないとか、そういうことも多々あります。術前にはfree T4とTSHはぜひスクリーニングとして先生方に測っていただければと思います。
 山内 甲状腺機能が十分コントロールされないまま手術に入っていった場合、例えば麻酔でのトラブルといったものでは何かありますか。
 橋本 それは非常に問題がありまして、特に、甲状腺中毒症の場合はクリーゼの問題があります。かなり周知されていると思うのですが、甲状腺機能低下症の場合はTSHまで正常化させていたほうがよくて、TSHまで正常化されていない甲状腺機能のまま全身麻酔を行うと、麻酔の覚醒までに非常に時間がかかってしまうという問題が指摘されています。
 山内 なかなかたいへんな問題ですね。
 橋本 はい。
 山内 さて、今いろいろホルモンの値についてご紹介いただきましたが、次に症状が出ているようなケースに関しては、重視されるのでしょうか。それとも、目をつぶっても大丈夫なのでしょうか。
 橋本 それも非常に重要な問題です。バセドウ病、すなわち甲状腺中毒症の場合は頻脈が問題になりますので、動悸や手指振戦などがあって、脈拍数が高い場合はやはり術前にコントロールしなければなりません。ですので、βブロッカーを使って術前にコントロールする、もしくは周術期にランジオロールといったβブロッカーを使ってコントロールすべきだと思います。
 山内 橋本病はいかがですか。
 橋本 甲状腺機能低下症の場合は心不全が一番の問題になってくると思います。症状のあるなしにかかわらず、胸部のレントゲン写真やBNP値などで心不全が疑われる場合は、心不全の治療を主眼とした周術期管理が重要になると思います。
 山内 そちらはかなりたいへんそうですね。
 橋本 そうですね。ただ、慎重にやればさほど大きな問題にはならないと思いますが、そこに気がつかないで、そのまま突き進んでしまうとちょっと問題かと思います。
 山内 確かにそのとおりですね。実際、気がつかれないまま手術にいってしまってというケースもけっこう多いのではないかと思いますが、これは何かあるのでしょうか。
 橋本 例えばバセドウ病は、コントロールがうまくいっていない方が交通事故などの外傷でどうしてもその日に手術が必要になった場合、チアマゾールはすぐには効きませんので、周術期の管理としてはステロイドを使っていく。目安としては、プレドニゾロンであれば先ほど申し上げたような30~60㎎/dayぐらいで周術期を管理できると考えています。
 甲状腺機能低下症の場合は、これもすぐにはレボチロキシンは効かないですし、そこで補ったところで大勢に影響がないので、やはり先ほど申し上げましたように、心不全の有無によって、心不全がある場合はそれに主眼を置いた周術期の管理をしていくことが一番重要なポイントになると思います。
 山内 そうすると、どちらかといいますと、甲状腺機能はさておいてというわけではありませんが、心不全管理に集中するところも出てくるのでしょうか。
 橋本 甲状腺機能低下症の場合は、もちろん年齢、罹病期間、そしてTSHの値を含む甲状腺機能の低下のレベルによってかなり重篤度が変わってきます。ですので、先ほど申し上げましたように、レボチロキシンを補ってもすぐには効きませんので、やはり心不全を特に重視して管理すべきだと思います。
 山内 糖尿病ですと、コントロールが悪いまま手術を行った場合の不成功率といいますか、オッズ比みたいなものが出ていますが、甲状腺機能に関してはいかがでしょうか。
 橋本 これは残念なことに、なかなか信頼のおけるエビデンスが今のところ内外にありません。ですので、どうしてもエキスパートオピニオンとして経験のある施設もしくは術者、そして甲状腺内科医の意見が重視されると考えています。
 山内 わからなかったら専門家に意見を求めるのが一番の早道だということですね。
 橋本 一言ご相談いただければ、ある程度の助言はできると思います。
 山内 ありがとうございました。